あなたは私の前世からの運命の恋人
チャイムン
1.運命の人?盗人?
「あなたは私の前世からの運命の恋人なんです!恋人だったのに引き裂かれてしまったんです!だから、その女に縛られずに、私を選んでいいんです!」
鼻息も荒く大声でそう宣言されて、その場が凍ったように思えた。
誰もが動きを止め、言葉を失った。
そう宣言されたのは、エヴァーグリーン侯爵家の嫡男マリーズ。一歳年下の婚約者のエルムフット侯爵令嬢エリーズをエスコートした、王宮主催の今年の成人祝いの夜会でのことだ。エリーズが今年十五歳を迎え、成人として招待されたのだ。
素っ頓狂な宣言をしたのは、同じく十五歳のダンスベル男爵令嬢ロサリンド。当然ロサリンドも婚約者とおぼしき男性がエスコートしているが、彼も凍り付いているように呆然としている。
ロサリンド・ダンスベルはエリーズが、ある意味でよく知っている娘だ。
全てが凍り付いたかと思われる衆人の中、マリーズがいち早くはっと身じろぎした。
「君、それは…」
とロサリンド・ダンスベルに手を伸ばす。ロサリンド・ダンスベルは頬を赤らめて嬉しそうに首を傾けて上目遣いでマリーズ・エヴァーグリーンを見た。
マリーズはロサリンドの両肩に手を置き、ぐいとばかりに体を近づけた。そしてロサリンドを横に向かせ、後ろにも向かせて、さらに横、そして最後に正面に戻し、そのたびにまじまじと見た。まるで検分するように。
「やっぱり…」
真剣な眼差しのマリーズに、ロサリンドは抱きついた。
「わかってくれると思っていたわ。私のレオンハルト様!」
歓喜の涙を流さんばかりのロサリンドを、マリーズはぐっと遠ざけた。
「私はマリーズ・エヴァーグリーンだ」
ロサリンドは頷いて
「そうね。今世ではマリーズだったわ。ああ、この時を長い間待っていたのよ」
ロサリンドはペラペラと一人語りを始めた。
「前世ではあなたは王子で、私とは身分違いだったけれど真実の愛を貫こうとしたの。でも色んな妨害に会ったわ。悪女の嫌がらせで階段から落とされたり、池に落とされたり、ドレスを破かれたり。とうとう命を狙われて、二人で駆け落ちすることにしたの。追手に捕まりかけて私達は『来世で一緒になろう』って約束して命を絶ったのよ。覚えているでしょう?」
うっとりと手を組んで半ば目を閉じて語るロサリンドに、マリーズは答えた。
「もちろん」
凍ったようなエリーズの心臓が、ぎゅっと潰されるような思いがした。
まさか…
「覚えているわけがない。そんな覚えはないよ」
エリーズの心臓がまた脈打つのを始めたと彼女は感じた。
「覚えているのは君が身に着けているものだ」
ぽかんとするロサリンドを尻目に、マリーズは彼女の周りを回って、次々と装飾品を外していった。
「これは先月のフラワー・フェアでエリーズに贈った髪飾り。後ろに『エリーズへ。マリーズより永遠の愛を』と彫ってある」
エリーズの黒髪に似合うと、銀細工にルビーの花をあしらった扇型のコームを抜き取る。
「これは三か月前の母のお茶会の時にエリーズに贈ったリボン。縁に両家の蔦飾りの銀糸の刺繍、端にそれぞれの名前の金糸の刺繍が入っている」
鮮やかな緑色の幅広のリボンを解き抜く。
「特注のルビーのヘアピン。全部飾りの裏に二人の頭文字が彫ってある。ほら、一ダース」
次々とヘアピンを抜き、床に落とす。ヘアピンは澄んだ音を立てた。
「そしてこれ…」
ぎゅっとロサリンドが首にかけているロケットを握りしめる。
「半年前のエリーズの誕生日に贈ったものだ。金細工に真珠母貝の人魚の細工、チェーンの代わりに黒真珠にしたんだ。そして私の肖像画が入っている」
ぐっと力を込めて一捻りすると、ブチっと切れて小粒の黒真珠が床に散らばる。
「エリーズも覚えているだろう?全部盗難届を出したからね」
「ええ…」
エリーズは小さな声で答えた。
ロサリンドはまだ続けていたのね。
屋敷の中にロサリンドの手の者がいるのだわ。
使用人を疑いたくなかった。
なくなったものの所在はわかったが、これから悲しい調査が待っていると思うと、気が塞ぐエリーズだった。
マリーズは気づいていないが、エリーズは気づいていた。
今夜ロサリンドが来ているドレスも盗まれたものの一つだった。
エリーズの体に合わせて誂えたので、ロサリンドの体には当然合っていない。
肩は破けそうなほどつっぱっているし、胸元はだらしなくたるんでいる。それなのに身幅もつっぱっているし、胴回りも弾けそうだ。裾は短く、くるぶしがみえるほどだ。そこから覗くサテン張りの舞踏靴も、エリーズのものだった。
この夜会用ではなく、先月の伯母のマデリーンが主催する夜会用に作ったものだ。マデリーン伯母が
「赤よ!絶対にあなたには赤!この深い赤の絹地がいいわ」
と言い張って作らせたのだ。
結局、家に届いてすぐになくなってしまい、これも盗難届が出されている。
伯母のリンデンバウム侯爵夫人は大変な怒り様で、
「下手人はただじゃおかなわ!年頃の娘のドレスを盗むなんて!」
と、自ら人手を雇って探させている。
娘のいないマデリーン・リンデンバウムはエリーズを可愛がっており、この成人の夜会にも出席している。もちろん、エリーズと同様、ロサリンドのドレスに気づいているだろう。
エリーズがマデリーン伯母を見ると、扇の影でメイドに何やら囁いていた。いつも優しい笑顔のマデリーン伯母のその冷たい表情に、エリーズの鳩尾のあたりが重く冷えるのを感じた。
「エルムフット家の盗難事件の盗人の頭目は君だったんだね」
マリーズが冷たい声でロサリンドに言う。
当のロサリンドは真っ青な顔色になっている。髪は装飾を全部抜かれてざんんばらになり、体に合わないドレスを不格好に着ている。
「どうやら、この場に盗人がいるようですね」
重々しい声が響いた。
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