第3話 これって観光? 初デート?(前編)

僕は昨日の約束通り、中西さんとの親同伴デート……ではなく、京都観光をするために準備をしていた。ちなみにうちの母さんからは夜に電話があったので、ものすごく適当に返事をしている。


馬鹿正直に「超絶可愛いハーフエルフの女の子が隣人で、お母さん共々、初日から距離を縮めまくってます。明日は3人で京都観光をします」なんて言おうものなら、始発で『ごあいさつ』をしに来かねない。


「お待たせ。お母さんは17時の新幹線で帰るから、それまではみんなで楽しもうね」


ああ、今日の中西さんもフレンドリーで可愛い。昨日とまったく変わらない態度に、ほっとしてしまう。後ろにはエルフィナさんも控えている。しかし、これだけの超絶美人エルフ母娘が観光地を歩いていたら、写真を撮ろうという人でパニックにならないだろうか?


でもその疑問を口にすると、エルフィナさんは笑顔で「ええ、それは大丈夫よ。これまでにも、そんなことはなかったから」と答える。まぁ、本人たちに経験がないなら大丈夫なんだろうけど、ちょっと心配だ。


「哲郎くん、今日は銀閣から回りたいんだけど、良いかな?」

「良いよ。定番だけど、やっぱり定番は間違いないよね」

「それから、お母さんが湯豆腐を食べたいんだって」

「そうなの。私の我がままだけど、良いかしら? もちろん、ちゃんと奢るわよ」

「ありがとうございます、ご馳走になります」


こうして僕たちは、アパートを出ると歩いて鴨川を渡る。桜はまだ咲き始めたばかりで、薄いピンクの花びらがところどころに顔を見せる程度だ。それでも、暖かい春の陽気と、古都の静かな風情は、僕の心を穏やかにしてくれる……しかし、観光客が多い。どこにいても外国語がたくさん聞こえてくる。


「でも京都って、本当に観光客が多いよね。スーツケースを運んでる人も多いし」

「そうだね。私も、ぶつかっちゃったりしないか、ひやひやだよ」


僕たちはしばらく歩き続け、坂を上って、銀閣にたどり着いた。この距離だと、ちょっとした運動だ。途中からバスにしようかなとも思ったんだけど、あのすし詰め状態を見ると、中西さんたちが痴漢されそうで嫌だったんだよね。拝観料を払って、大勢の観光客と一緒に中に入っていく。


「わぁ、やっぱり風情があるね。私、室町時代が好きなんだ」

「漫画で人気の北条時行とか?」

「そうだね、でもあれは足利尊氏の時代だから、初期なんだ。銀閣は中期以降だね」


まぁ、僕も分かってはいるんだけど。門をくぐると、中西さんは足利義政や銀閣寺が建てられた背景について熱心に解説を始めた。テンションが上がっていて、とても流暢だ。


「この慈照寺は、応仁の乱の後に足利義政が建てたんだよね。東山文化の象徴とも言える場所で、日本文化に多大な影響を与えたんだよ。あの頃の文化って、茶室とかもそうだけど、とってもおしゃれな感じがするよね」


僕に教えることが楽しいらしくて、とても嬉しそうに解説してくれる。僕はそんな中西さんの表情が愛くるしくて、寺よりエルフ状態だ。


「すごいね、そんなに詳しいなんて」

「実はね、私は文学部の歴史学科に進むんだよ。だから、こういうことを勉強するのがとっても好きなの」

「えっ、実は僕も同じ文学部の歴史学科だよ」

「そうなの? なんだ、じゃあ私が解説したこと、分かってたの? やだ、早く教えてよ」

「ごめん。中西さんが嬉しそうに教えてくれたから、つい聞き入っちゃった」

「あら、あなたたち、そんなところまでお揃いなのね」


まさか、学科まで一緒だなんて……中西さんは嬉しそうにしてくれている。じゃあこれからは受ける授業もほとんど一緒だから、同じ時間にアパートを出て、同じ授業を受けて、学食も一緒に……えっ、こんな幸せな時間を4年間も過ごせるとか、本当に良いの? 反動で交通事故に遭いそうで怖い。


でも、中西さんに別の彼氏ができたら、一気に地獄の4年間となりそうだ。早く告白できるくらいに仲良くならないと……。


銀閣を一通り観光すると、僕たちはゆっくりと哲学の道を歩き始めた。桜の花はまだ咲き始めたばかりだけど、この場所には独特の静けさと美しさがある。満開の頃には、もっと人が多くなるんだろうなぁ。右手にはカフェが立ち並んでいるけど、雰囲気に合った感じでおしゃれ感満載だ。


いつか、こんなところで中西さんとお茶をしてみたいなぁ……でも学生の財力では、自販機のジュースを買うのが精一杯だ。現実は厳しい。


「ねぇ、今度お茶をしに来ようよ。私も、あんな風に哲郎くんとお茶してみたいな」


と思ってたら、まさかの中西さんからのお誘いを受けた。羨ましそうに、いちゃついているカップルを見つめている。いや、勘違いしてはいけない。中西さんは彼氏募集中ではあるけど、僕に気があると勘違いしてはいけない。エルフィナさんが言うところのハードルが低すぎるから、気軽に誘ってくれてるんだ。


「でも、お金がもったいないんじゃない?」

「あら、そんな支出なら大歓迎よ。チアリちゃんがレシートを送ってくれたら、特別お小遣いで補填してあげるわ……もちろん、アレを買ったときもね?」


最後の方だけ、エルフィナさんはごにょごにょと中西さんの耳元でささやいた。それを聞いた中西さんの顔が発火する。どんなことを言われたんだろう……気になる。気になるけど、結局尋ねるほどの勇気はないのだった。

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