第23話 トラブルは突然に

「今回の企画における重要事項は、……なんだっけ?」


 途中まで真面目なトーンで話をしていたコノハが突然くだけた話し方になる。

 それを聞いていたユウヤは手を目に当てて大げさにため息をつく。


「『より自由度の高いバトルと、手軽にできる操作感の融合』だろ」


 仕方なくセリフを伝えるユウヤに、コノハは「そうだった、そうだった」とまるで反省していないような口ぶりで返答した。

 これが小柄なコノハだから許されているが、仮にユウヤがそんな言い方をしたら相手に殴られているかもしれない回答だ。


「ともかくプレゼンで話すこと全てを覚える必要はないが、肝心なところだけは何も見ないで言えるくらいには練習しておく必要があるぞ」


 そう言うと会議の間へ持ち込んでいたペットボトルを開封する。

 そのまま容器を口元へと運び、緑茶を飲む。

 苦みと甘みが口に広がる前に一気に飲み込んだ。


「じゃあ、もう一度始めからだな」

「えええええーーー!!!」


 コノハの抗議の声は会議の間に広がった。


「早くメインビジュアル担当決めないと……」


 珍しくコノハは弱々しい声を上げるが、「後でな」とユウヤは取り付く島もない。


「コノハは改まった場での発表、苦手だろ?なら早めに練習始めないとな」

「ならユウヤがやってよ〜」


 練習を再開すると言うように指摘をするユウヤにコノハはなおも食い下がる。


「プロジェクトリーダーは誰だよ……」


 ため息混じりに返した言葉はユウヤの本音だった。

 ユウヤが出向してくる前日にもコノハはプレゼンをしたらしいが、普段からは想像できないほどにグダグダだったと五嶋から聞いている。

 その話を聞いた際、ユウヤは自分がプレゼンの代行をすると提案をしたが、五嶋は首を横に振った。


「これは赤根のプロジェクトだ、会社を説得して予算を取ってくるのもアイツの仕事だからな」


 その言葉にユウヤは従うことにしたのだった。

 そんな先日の会話を思い出していたユウヤだが会議の間の外を走る足音によって意識が戻された。


「それじゃ、始めから、……ってどうした?」


 練習を再開しようとコノハを見ると、コノハは会議室の外を気にしているようだった。


「ほ〜ら、集中集中」


 そんなコノハにユウヤは発破をかけるが、その言葉に反応せずに扉の方へ視線を向けたままでいる。

 まるで外の気配に集中しているように。

 そのまま微動だにしない姿を見て、ユウヤは本日何度目かのため息をついた。



 ゲーム開発事業部へと足を踏み入れた時、倉科は思わず周りを見回した。

 壁にはこれまで製作してきた作品のポスターがところ狭しと貼られ、通路には販促イベントにでも使ったのであろうキャラクターの等身大POPが置かれている。


(予想はしていたけど、ここはホントにオフィスなのか?)


 そんな疑問が浮かぶが、それを振り払う。


「倉科さんこっちです、急ぎましょう」


 倉科をゲーム開発事業部まで案内していた小豆が、さらに奥へと案内する。

 周りのスタッフたちも、突然入ってきた異色の2人に視線が釘付けになる。

 さらにその2人の真剣な眼差しはただならない事態であることを暗に告げていた。


「一色課長」


 小豆は自席に座る一色へ小走りに寄りながら声をかけた。


「ん、小豆さん?」

「すみませんが、緊急のお話があります」


 突然の社長秘書の来訪に驚く一色に対して、小豆はそんな彼の態度を気にする風でもなく話を続ける。

 普段の彼女からは考えられない行動に、事態の重大さに気が付いた一色は姿勢を正すと「聞きましょう」と答える。


「突然申し訳ありません。IT事業部の倉科と言います」


 一色が聞く態勢になったのを見た倉科は小豆の前へと出る。


「講読館についてお話があります」


 倉科はそう告げると、小脇に抱えていたPCを開く。

 営業担当の持つPCは取引先に画面を見せる関係もあり、そこそこ大型の物が選ばれているが、体育会系で体格の良い倉科が持つと小さく見える。

 ともかく、倉科がモニターにあるメールを表示させ一色に見せた。

 その文面を見る一色の顔は、みるみる赤くなったかと思うと、次の瞬間には青ざめた。


「こ、これはどういう事だ?」


 額ににじむ冷や汗を感じつつ一色は問いただす。


「文面のとおりです。講読館の法務部からワグテイル我が社は不正取引を


 その声はオフィス中に響き渡り、不穏な言葉に皆立ち上がり、人によっては一色の席へと駆け寄った。



「やっぱり気になる!」


 そう言うとコノハ席から立ちあがると、スタスタと会議の間から外へと出ていった。

 そのあまりの行動の早さにユウヤはあっけにとられてしまった。


「おっおい、待てよ!」


 一瞬遅れて反応したユウヤは当然、間に合うはずもなく部屋の外へと飛び出したコノハの後を追った。

 そして会議の間の外へ出ると、そこにはゲーム開発事業部のメンツの半分近くが一色の席の周りに集まっていた。

 集まっていないスタッフもみな席で立ち上がったり、通路に出て一色の方を見ている。

 その人々の合間にユウヤは、姿勢を低くして駆け抜けていくコノハを見つけた。


「すみません、ちょっと通ります!」


 通路に立っている人たちを避けながらコノハを追いかける。

 ユウヤ自身は特に大柄という訳ではないが、通り道は狭く、小柄なコノハのように人の合間を縫って行くのは一苦労だった。

 結局押し合いへし合いしながらもコノハに追いついたのは一色の席の前であった。


「やっと追いついた……」


 肩で息をしながらコノハの横に立つユウヤ。

 そこで見たのは一色と小豆、倉科と言うこの場では考えられないメンツだった。


「せ、先輩!?」


 思わずユウヤは倉科に呼びかけていた。

 その声に弾かれるように倉科がユウヤの方へ振り向く。


「あ、ユウヤか、ちょうどいい」


 そう言いながら倉科は手招きする。

 ユウヤ自身は面倒事に巻き込まれたくないと思いつつも、先輩の言葉に従って倉科の側へと歩み寄った。


「一体何があったんですか?」


 怪訝そうな顔で尋ねるユウヤに倉科は無言でPCの画面を指さした。


「こ、これはどういう事なんだ!?」

「何よこの言いがかり!!」


 画面を見たユウヤとコノハは一色と同じ様な反応をした。

 ……そのまま一同が動きを止める。


「こ、コノハ!なんで勝手に人のPC覗いてんだよ!!」


 最初にツッコミを入れたのはユウヤだった。


「別にいいじゃない、減るもんじゃないんだし」


 頬を膨らませて抗議するコノハに、ユウヤは思わず頭を抱える。

 コノハにはこの手の常識的なツッコミが意味をなさないことは承知しているが、ここは注意せざるをえなかった。


「それに”三人寄れば文殊の知恵”とも言うじゃない」


 さらにあっけらかんと言うコノハの姿に反論する気力も失せてきた。


「……ともかく、対策とかもう考えてあります?」


 コノハのことは一旦放っておくことにしたユウヤは、倉科と一色に問いかける。

 その態度にコノハは不満そうな顔をしているが、一旦無視しておく。


「まだ正式な通達が来たわけじゃないので、まだ具体的な対応はしていない」

「正式じゃあない?」


 倉科の回答にユウヤは反応し、いぶかしんだ目を向ける。


「先方の担当者から個人アドレス宛てに連絡が来たんだよ」

「それって、情報漏えいじゃあ……」


 あきれるような声を出すユウヤに「結果オーライだろ?」と平然と返す倉科。


「……ともかく、先方が正式に通達してくるまでに動くわけには行かないですね、おそらくすぐに動くとは思いますが」


 小豆に向かって一色は言う。

 社長秘書がここに来るということは、その名代であるとの判断からだった。


「いや、待ってください。例え回答を待つにしても対応の準備をしておきましょう」


 その言葉をユウヤが遮り断言した。


「気持ちは分かるが、相手の手の内も分からないのでは対応しようがないのだが?」


 一色自身が強めの語気で反論する。

 彼が政治的に下した判断。

 それを正論で返してきたユウヤの言葉が煩わしかったからだ。

 しかし、その言葉に対して、ユウヤは引き下がらない。


「手の内は分からないですが、不正取引と思われる原因なら推理できるはずです」


 そう断言すると、シャツの胸ポケットに挿したままになっていたボールペンを取り出す。

 そして一色の席の横に置かれた彼専用のプリンターからコピー用紙を1枚引き抜き、デスクの上に置く。

 紙の上に『IT』と『ワグプロ』と書く。

 その2つを1つの円で囲み『ワグテイル』と記入。

 さらにその横に『講読館』を記載する。


「まずIT事業部は講読館から、社内ネットワークのセキュリティ関連の設備設置および保守を受注してます」


 そう言いながら『講読館』から『IT』への矢印を書き込む。

 それを見ながら倉科は無言でうなずく。


「一色課長、今回のゲーム開発の件、サービスの配信元はワグテイルプロジェクトうちですか?」


 ユウヤが一色の顔を見ながら尋ねる。


「ああ、先方にはゲームアプリの配信実績が無いから、うちが配信元パブリッシャーとして業務委託を受ける形になる」

「つまり、両社の間では互いに受発注を受けている構図になるか……」


 一色の回答を聞いたユウヤは『ワグプロ』から『講読館』へと矢印を引きながらつぶやく。

 その図を見ながら、ユウヤは何か既視感を感じていた。

 嫌な記憶が胸の奥を過ぎ去る。


「……先輩、講読館むこうから受注する際に値引きしてませんか?」

「ん?ネットワーク更新との一括してのパッケージングだったのと、不要なところは可能な限り排除したんで、他社向けの提案よりは1から2割は低価格になっただろうな」


 いつになく真剣なユウヤの言葉に倉科は一瞬たじろぐが、すぐに回答した。

 その言葉にユウヤは少し苦い顔をする。


(クソ、全くあの時と同じじゃないか……)


 心の中で悪態をつく。

 なんで倉科が気が付かないのか、自分たちがあの時どれだけ苦労したか憶えていないのか?

 そんな思いにとらわれそうになる自分を必死に現実へと引き戻す。


「課長、アプリ開発についてになる条件ってありましたか?」


 その問いに一色は条件面を思い返す。


「特に無いはずだが、強いて言えばうちが最初の提案だった事もあって、独占契約になったこととPR活動費の一部を講読館せんぽう持ちになっていた事くらいか……」


 そこまで聞いてユウヤは確信に至った。

 講読館の法務部が不正取引と判断していること、それは。


不当廉売ダンピングだ……」


 ユウヤはつぶやくように言ったのだが、周囲にいる人間にはハッキリと聞こえた。

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