第3章 企画書を通すぞ!
第11話 資料の山から……
「うひー……」
思わずユウヤの口からため息とも悲鳴ともつかない言葉が漏れる。
コノハに大見栄を切った以上、ユウヤとしても少なくとも企画を会社に認可させる義務があった。
しかし、コノハの用意した資料は膨大であり、かつそれぞれの資料に一貫性や連続性が無いため判読が難しいため、実質メモ書きと言ってよかった。
結局、出向初日はその資料を見るだけで大半の時間を消費してしまった。(残りの時間は出向に係る手続き)
そして、今日も得意先へ営業に行った後、IT事業部へ寄らずに
「どおしたの、ユウヤ君?」
不意に後ろから声をかけられた。
驚きつつも慌てて振り返るとそこには黄島が物珍しそうに立っていた。
「いや、コノ……じゃない。赤根さんの資料を整理していたんですが……」
そう答えるユウヤに黄島は「ははーん」と意味ありげな声をあげた。
「何か知っているんですか?」
思わず出た問いに黄島はしょうがないなと言った表情をした。
それが誰に対してなのかは分からない。
「あの子の考え方は独特だからね〜。まともに考えると答えが見つからない訳よ」
ヤレヤレと言った感じに話す黄島。
困っている弟を仕方なく助ける姉、そんな表情だった。
「いいわ、ワタシも手伝ってあげる」
そう言うと着ていたカーディガンを自席の背もたれにかけた。
「良いんですか?外出だったんじゃ……」
手伝ってくれるのはありがたいが、黄島の出で立ちを見てユウヤは困惑した。
黄島はいつもに比べれば落ち着いた服装をしていた。
そこからユウヤは社外で打ち合わせが有るものと思っていたためだ。
「違うわよ、君と同じで直行で取引先に行って帰ってきたところ」
そう言うと黄島は笑顔で腕まくりを始めた。
「取引先って言うと委託の依頼元ですか?」
「そーねー」
ユウヤの質問を軽い感じで肯定しつつ、デスクの上の資料を見つめる黄島。
しばらくすると彼女は資料をいくつかの山にへと仕分けていく。
「いい~?奥にあるのがアイデア集、一番重要度が低いやつ」
奥に積んだ山を指さしながら黄島が言う。
「重要ではないけど、後で何か必要になるかもしれないから目を通しておいたほうがいいわよ」
そう言いながら手前右側の束を手に取る。
「これは指示書ね。まあ今回は社内プロジェクトだから『ぶちょー』や五嶋さんの業務計画に沿った要望ってところね」
五嶋を課長ではなくさん付けで呼ぶところが、気になりもしたが今は一旦スルーすることにした。
「で最後の山が現在の企画と仕様の案。まずはこれから目を通しなさいな」
そう言いながら黄島は要望の紙束を持ったまま席へと戻ろうとする。
それを見てユウヤは慌てた。
「き、黄島さん。そっちを先に見なくて大丈夫ですか?」
その言葉に黄島は慌てるな、とばかりに手をふる。
「あの二人のことだから細かい要件までいれていると思うんよ。それ全部満たそうとしたらフツーに矛盾するからワタシの方でリストアップするわー」
そう言いながらデスクに置いてあった蛍光ペンを握ると手早く線を引き出した。
それを見ながらユウヤは要件確認を黄島に任せることにし、自分はコノハの企画のみを確認することにした。
分けられた資料を確認していると要所々々で足りない部分があるが、そこは検討中と考えると逆に全体的なものが見えてくる。
さっきまでは細かいところまで全て拾おうとしていたあまり、全体像がぼやけていたのだ。
コノハのやりたいこと。
それを実現しつつ、会社の要望を達成する。
それが自分に課せられた使命だと考え、資料を読み込むことに没頭した。
「ホレ」
しばらくした後、黄島が線を引き終えた要望書をデスクの上に置いた。
早速手にしたユウヤは斜め読みにそれを確認する。
蛍光ペンが引かれているのは、全体の3分の1程度の項目。
「あの、これペンが入っていないところが必要なところですか?」
「へっ!?アッハハハハ!」
念の為の確認をするユウヤに黄島は笑い出した。
何を笑われたか分からないユウヤは頭に?マークを乗せたまま考え込む。
「な~に、冗談言っているの、線引いたところだけを重要視すればいいのよ」
カラカラと笑いながら答える黄島に対しユウヤは驚きを隠せなかった。
ユウヤにとって、要件は基本的に全てが必須事項だと考えていたからだ。
「いい?この要件ってよく見れば分かるんだけど、ランク付けされているのよ」
そう言いながら、線を引いた項目と引いてない項目を2つの指で指ししめす。
「あ!」
よく見れば線を引いていない方はわずかに行頭にスペースが打たれている。
恐らく半角で入れられたスペースだ。
「でもこの要件って、前後に脈絡、無いですよね。これだと単に行頭にスペース入れただけに考えてしまいますよ」
そうユウヤはぼやく。
彼が今まで見てきた要件や要望はまずは大項目が有り、その下に中項目、小項目が続く感じであり、連続性が有るがため優先順位が分かりやすかった。
しかし、この要件書は全てがバラバラに置かれており、分かりづらい。
「そうねー。実際にはこれらは関連事項なんだけど、担当部署が違ったりするのよ」
そう言いながら黄島は自分のデスクにあったいらない書類を持ってくる。
それを裏にしてユウヤの前に置くと、サラサラと3つの文字を書いた。
それはそれぞれに「開発」「運営」「PR」と書かれている。
「詳しいことは追々分かってくると思うけど、配信型のゲームって大きく分けてこの3部署が連携して業務を行っていくの」
それはゲーム開発についてのハウツー本には書いていないことだった。
ゲーム開発のハウツー本のターゲットはあくまで作る人である。
作る以上、運営は関係してくるが考えてみれば、
そう考えると、現場の意見としての黄島の話しは有意義だった。
「君はプランナーだから、立ち位置としては運営ね。ワタシも同じだけど」
何故か照れたような笑いをしつつ黄島が話す。
「開発やPRも重要だけど、ゲームの見せ方や売り方、方針を決めるのは運営の仕事。開発やPRは運営が決めた内容に沿って各自の仕事をするって感じね」
なるほどとユウヤは納得した。
営業も各企業を回って商談を取ってくる際に、企画営業が大まかな方針を決めている。
それと同じ様に運営チームが方針を決めることで、全体の意思を統一させてゲームを作り提供していくことになるのだと。
ゲーム運営チームの概要を理解したユウヤは、ふと目の前にいる黄島の仕事が気になった。
「そう言えば、黄島さんってデータプランナーなんですよね。具体的には何をしているんですか?」
極めて自然に、話の流れに沿ってユウヤは聞いたのだが、黄島は急に照れたように頭をかきながらそっぽを向いた。
先程も見せた仕草だが、どうやら自分の事を話すのが得意ではない、もしくは照れくさい様だった。
しかし、そんな感じでいたのも少しの間だけであり、黄島は改めてユウヤの方を向いた。
「ワタシはインゲーム、つまりはバトルやスキルなんかのデータを作ってるわ」
そう言いながら小さく胸をはる黄島。
だったのだが、次の瞬間には何故かへこんだように後ろを向いて椅子に手を掛ける。
「まあまあ、そう気落ちしなさんな」
椅子に座っていた別プロジェクトのプランナーの女性が黄島をぞんざいに励ます。
「箕島さんだけだよーそう言ってくれるのー」
「いや、わたしは反面教師としてみてるだけ」
泣き真似をしつつ浪花節のような事を言う黄島に箕島はにべもなく言い放つ。
「オノレ箕島ー!呪ってやるー!」
箕島の首に手を回し抱きつきながら黄島は笑う。
そんな年上女性二人のじゃれ合いを見ながら、黄島の先程の行動が気になった。
「あのー黄島さん、何か有ったんですか?」
その言葉に黄島と箕島はお互いを見ながら固まる。
そしてしばらくすると二人はポンと手を叩いた。
「そうか、部内に周知されたのは君が来る前だもんねー」
黄島がウンウンと頷きながら答える。
「仕方ないのでお姉さんが特別に、ワタシの身の上を話してしんぜよう」
何故か尊大な態度になる黄島に心のなかで首をかしげるユウヤだが、とりあえず話しに乗っておくことにした。
「まあ簡単なことよ、依頼元がサービス終了を宣言したのよ」
「は、はあ。……って、ええええええええ!!」
サラリと言う黄島に対し、ユウヤは一瞬、流しそうになったが次の瞬間、驚きの声をあげた。
「ちょっと、ちょっと大げさすぎない?」
今度は黄島のほうが驚く。
「大げさなもんですか、依頼元の仕事がなくなったんですよ!黄島さんの仕事なくなっちゃうじゃないですか」
あまりにのほほんとしている黄島に、思わずユウヤはムキになる。
仕事がないサラリーマンなんて、明日からどうすればいいんだか……。
「あ、あー。ワタシの為にムキになってくれてお姉さん嬉しんだけど、別にサービス終了を宣言したからってすぐには仕事無くならないし」
ゲームのサービス終了。
それは売り切りではない配信型ゲームをやっていく上で避けては通れない宿命みたいなものだ。
基本的にサービス終了となってしまえば、ゲームの供給は途絶えるのでプランナーたちにとっては仕事を失うことになる。
ただ、サービス終了を宣言したからと言ってすぐに仕事がなくなる訳ではない。
それこそ運営会社の方針にもよるが、宣言後もシナリオなどの追加を行う場合があるため、プランナーの仕事は続くことになる。
もっとも終了日まで仕事が有るかと言えば答えはNOである。
「でも今日、先方に行ったということは具体的な引き上げについて話しをしてきたってことですよね?」
ユウヤがなおも聞いてくる。
彼にとっては取引先から仕事を切られることはある種のトラウマになっていたのだ。
「ん。聞いてきたわよ、ついでにケンカもしてきた」
「ケンカしてきた!?」
笑いながら言う黄島に思わずユウヤは素っ頓狂な声をあげていた。
「そ、ケンカ。だってサービス終了はわたし達の施策やデータのせいだって言うから、キャラクターの扱いとかに関するデータを叩きつけて対抗してやったのよ」
黄島の自信ぶりから全く引かなかったことが想像できる。
ユウヤ自身も何度か取引先担当とぶつかった事はあるが、相手の会社にケンカを売ったことはない。
恐らく黄島個人でなく、会社として問題点を指摘したのだと思うが、なるべくその現場にいたいとは思わなかった。
「それに、サービスが終了したから、ワタシは君たちのプロジェクトのメンバーなんじゃない」
その一言でようやくユウヤは初めて挨拶した時にメンバーとして紹介されたのに、別件があると言われた意味を理解した。
「ああ、なら黄島さんは仕事がなくなる訳じゃないんですね」
心底安心したようにユウヤはつぶやいた。
そんな
「お、
不意に遠くから声が響いた。
見ればコノハがコンビニ袋を片手に下げオフィスに入ってきたところだった。
「……なんで、おっさんみたいなこと言ってんだよ」
思わずユウヤは素で返す。
「気にしない気にしない。あめちゃんでも食べる?」
そう言いながらグミを渡してくるコノハ。
それを受け取りはしつつ、ユウヤの肩は震えていた。
「なに、そんなに嬉しかったの?」
「オレの教育係はお前だろー!!席外すならどこ行くか周囲に伝えておけー!!!」
「えーー!!!」
ユウヤの怒声とコノハの疑問の声がオフィス内に響く。
どこまでも平和な午後であった。
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