十三話

 確かに俺は繭奈まゆなに対して、元々これと言った印象はなかった。せいぜい可愛いとか、綺麗な人だなってくらい。

 だから、わざわざ気をやる存在でもなかったんだ。


「他の男の子たちって、どうにも変な目で見てくるじゃない。例えば鼻の下を伸ばしたり、逆に嫌悪したり」


「あぁ、確かに」


 彼女は今でこそ顔を赤くしたり微笑んだりと、俺だけ(多分)に見せてくれる可愛らしい姿がある。

 しかし知っての通り普段から友人たち以外にはかなり厳しい物言いや冷たい態度なのも相まって、彼女を悪く言ったり嫌悪感を隠さない連中は確かにいた。

 それは男女共に少数派だったけどね。


 それでも彼女に近付くのは大体性欲が理性を押しのけているヤツらだ、そういうのはやっぱり分かるらしい。さすがにここまで欲を先走らせている連中というのは少数だけど。

 ただその少数派と先の少数派が合わされば嫌でも多く感じてしまうようだ。しかもこれはクラスメイトだけではないので尚更。


「そんな連中に辟易していたところに、龍彦たつひこくんの存在があると本当に落ち着くの。例えて言うなら騒がしい、それこそゲーセンみたいな場所から静かな公園にでも行くような?」


「はぁ……」


 その例えは分からない訳では無いが、何より繭奈がゲームセンターのことをゲーセンと略して呼んだことに少しだけ面食らってしまった。

 意外な一面であるが、それだけ彼女のことを知らないとい示唆でもある。今までの事を考えれば当たり前だが。


「素っ気ないけれど、でも変に意識したり露骨に避けたりしないあなたのことは私にとって、ただの良い人って印象を持たせたわ」


 本来ならばそれは残念な事なのかもしれない。

 良い人止まりって言葉もあるくらいだ、ただの良い人というのはそれだけ相手への意識イメージが中途半端ということだから。


「そんな " 良い人 " だったあなたが、あの時私のシャーペンを持っていったということで意識するようになる……これは前に話したわよね?」


「それは、聞いたね」


 春波はるばたちとカラオケに行った次の日、突如として一緒に帰ろうと言った繭奈から聞いた言葉。

 彼女が、実は俺のことが好きだったと言ってくれたあの日のできごと。


「今までほどよい距離感だった人が実は私のことを好きだったなんて驚いたけど、それなら正直に言ってくれれば良かったのにって思うくらいでそこまで嫌ではなかったのよ、変な話だけどね」


 俺の膝に座ったままの彼女が滔々と続ける。


「それ龍彦くんを気にし始めたきっかけ。まぁ実は犯人があなたじゃなかったわけだけど……それでももしあなたが私を好きでいてくれたらって、そんな妄想をするくらいには、中学生だった時だけでも結構気になっていたわ。もしかしたらもう好きだったかも」


 そんなまさか…と言いたくはあるものの、繭奈の真面目な様子がそれを許さない。


「それからはずっと届きそうで届かない龍彦くんへの気持ちが強くなって、それを持て余す日々……ずっと恥ずかしかったのよ、私は。だからあなたに冷たく、そして厳しい言葉を放ったの……ごめんなさい」


 あの事件からずっと、どうして繭奈が俺に対して特別冷たかったのかを話してくれた彼女は伏し目がちに、そして寂しそうに謝った。

 罪悪感かは分からないが、それによっていつもより小さく見えた彼女をそっと抱き締める。

 どうしてかは、分からないけど……そうしたくなった。それだけだ。


「つまり、俺は特別扱いだったって事?」


「そう、ね……無理矢理良くいえば そう ってところかしら」


 少し前までは嫌われていると思わされ、いざ蓋を開ければ好きでしただなんて困惑必至だろう。

 実際 この光景が妄想や夢ではないかと思ってしまうくらいだ。でも、彼女から感じられる体温や感触は本物たしかなものだった。


 なんで今更…とは思うが、それこそ彼女の性格なのだろう。ついついそういう態度をとってしまうだけで、悪気も嫌悪もなかったということだ。


「そっか……なら、良かったのかな?まぁ嫌われてないのなら、別にいいか」


 俺は繭奈を抱き締めたまま、その頭を撫でながらポツポツと話す。

 それを聞いている彼女は何も言わずギュッと俺の服を握った。その胸中は曇っているのだろう。


「だから、気にしないでよ。まぁ色々と混乱してるけど、そこはこれからゆっくり飲み込んでいけばいいからね」


「龍彦くん……ありがとう、大好き♪」


 繭奈は俺の言葉を聞いて安心したように顔を綻ばせ、頬に手を添えてそっと唇を重ねた。

 まさかの展開こうどうに驚いてしまうが、俺も彼女に合わせて目を閉じる。


 俺たちは、これからどうなるのだろうか?

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