三話 放課後の話

「鼻の下のばして、随分とだらしないわね」


 相変わらず不快感を露わにして面と向かってそう言ってきたのは白雪しらゆきだった。

 まぁ事実なので否定はしないけど、どうして絡んでくるのだろう?


 中学の時から、とある一件を機に俺に対して辛辣に言ってくるのだ。ほっといてくれればそれでいいのに、そんなに俺が目障りなのか?

 まぁ残念なことに高校まで一緒だから、ソレが嫌なのかもな。


「そっか、ごめんね」


 面倒なのでとりあえず謝って話を終わらせておく。そんなに俺が腹立たしいというのならさっさと離れてあげよう。

 しかし俺のそんな対応はお気に召さなかったようだ。


「……そう」


 どうしてそう感じたのかと言うと、彼女の顔に陰が刺したからだ。目は鋭いままなのだが、どことなく眉尻が下がっているように見え、そのせいなのか悲しそうにも見える。


 しかし、そんなことは気にせずに俺は彼女から離れた。後ろからボソッと呟く声が聞こえたが、関係ないか と気付かないふりををした。


「……私には、見せてくれないのね……」


 その声はあまりにも小さく、内容までは聞き取れなかった。



 彼女から離れた俺は一人で廊下を歩き、帰路に着く。ちなみに先程のできごとは日直の仕事を終えて教室から出ようとした時のことだ。今日は俺が当番だったのさ。

 まさかあんなことを言うためだけにわざわざ待ってたとかじゃないよね?

 そんな事はないと信じたい。


 ちなみにしげる貝崎かいさきと一緒に帰った。もっと仲良くなればいいんだアイツら。

 春波はるば山襞やまひだも今日は用事があるからと先に帰っている。まぁ待っててもらうのも申し訳ないしね。二人とも本当に申し訳ないという態度で、近いうちに必ずと言っていた。


 すたすたと歩いて下駄箱まできた俺は、靴に

履き替えようとソレを取って下に置いた。

 靴を履き替えているその最中、後ろから肩を叩かれる。振り向くとそこにいたのは白雪であった。

 緩んでいた靴紐を結び直して座り込んでいる俺を、相変わらずの鋭い目で見下ろしていた。


「もし良ければ、一緒に帰りましょう」


 どうして話しかけてきたのかと困惑している俺に、彼女は妙な提案をしてきたのだった。



 彼女の真意が読めず訳の分からない状況の中 二人の靴が地面を擦る音が鳴る。俺たちを取り巻くのは沈黙だが、今はそれが心地よく感じた。

 本来ならばその感覚はいい事のはずなのだが、なんせその理由ワケが " 何を言われるか分からないから " ということを鑑みると、悲しい気持ちになりそうだ……まぁいいか。


蔵真くらまくんは、春波さんたちが好きなの?」


「えっ……あぁ、まぁいい子たちだとは思うけど……昨日カラオケに誘ってくれたし」


「えっ、カラオケ?」


 満を持して口を開いたと思ったら変なことを問われてしまったが、とりあえずあったことだけは伝えておいた。

 実際 春波たちだってただ遊び相手が欲しいとかそんなとこだろう。遊んだからって好きとかはないはずた。

 そうじゃないとクラスメイト全員に気がありますとか言ってもおかしくないじゃん。 

 まぁさすがにそれは極端だけど、それでも遊びに誘ってくれたからといって変に意識するのも勘違い野郎だし、俺にそんな気質はないと思う。


 なぜか俺が彼女らと遊びに行ったと聞いて白雪の顔色が悪くなったような気がした。どうしたんだ?


「……それなら、今から私たちも遊びに行きましょう」


「は?」


 流石に意味が分からないので思わず変な声出ちゃった。今まで冷たかったくせにどういう風の吹き回しだ?

 俺の声に彼女はビクッと肩を震わせ、おそるおそるといった様子でこちらを見る。


「……いや、かしら?」


「嫌っていうか、俺たちはそんな関係じゃないでしょ。というか白雪さんさっきからなんか変じゃない?」


「そう……かしら」


 いや変だよ。鼻の下を伸ばしてだらしない と言ってきたと思えば今度は一緒に帰ろうだの 遊びに行こうだの、俺たちは友達でもなければあるのは無関心だけだ。いや、彼女には嫌悪があったか。

 それなのにいきなり距離を詰められても迷惑ですらある。

 春波はフレンドリーに接してくれたけど、白雪とは今まで一度も明るい雰囲気になったことはないし、これからもないだろうと断言できる。


「いきなり一緒に帰ろうとか、遊びに行こうとか……今まで白雪さんって俺のこと嫌いだと思ってたんだけど?」


「そんなことない!」


 今までそう思っていたことを質問として出すと、彼女は声を張り上げて返した。自分でもソレに驚いたようでハッとして口元に手を当てている。


「……あなたの事は嫌いじゃないわ。それどころかずっと気になってて目で追ったりしてたくらいよ……あの時から」


「あの時?」


 そのあの時に心当たりがなく、思わずオウム返しをしてしまうと彼女はコクリと頷いて続けた。


「そう、中学の時に起きたアレよ……分かるでしょ?」


 分かるでしょ?と言われても、出てくるのはあまりいい思い出ではない。むしろそれが原因で今まで嫌われていると思ってたくらいだ。


 意味が分からずに思わず足を止めて呆然としている俺に彼女は真正面に立ち、ふふっと笑い俺の両手を握ってほんの少しだけ引くようにした。


 初めて見た彼女の笑みは、すごく綺麗だった。


「私のシャーペンがあなたの机から出てきた時のこと、覚えてるでしょう?」


 白雪の言ったそれは俺にとって嫌な思い出であった。

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