第43話 デート前夜
ツバメ姉と約束した日の夜。私はテーブル越しにフェア姉と向き合っている。
ツバメ姉は最初は少し困った表情で断ろうとしていたけれど、罰ゲームも兼ねている約束だって、説得してちょっと強引に進めた。
ツバメ姉も私も、二人で一日を過ごすことはデートだと認識している。
だから恋愛関係だと意外と押しに弱いツバメ姉は、諦めて明日は私に時間を作ると約束してくれた。それでも夕方までって約束になっちゃったけれど……まあ、仕方ないかな。忙しそうだったし、邪魔をしたいわけじゃない。
あの後はツバメ姉は自分の宿に帰っていった。一応誘っては見たけれど、今日のご飯も一緒に食べることは出来ていない。毎日の食事を一緒にすることはツバメ姉が言い出したことなのに、ってチクッと言いたくなったけれど、そこは何とか堪えた。
フェア姉ももちろん私と同じようにツバメ姉のことを心配していたから、帰ってきたフェア姉は今日もツバメ姉がいないことに落ち込んでしまった。私はツバメ姉がいないことに慣れてきているんだけど、フェア姉は毎日変わらずに落ち込んでしまう。
だから私はツバメ姉に悪態を吐いて、フェア姉の気を紛らわせる。フェア姉のことを落ち込ませる事だけはツバメ姉のことを恨んでるからね。
そんなココ最近のお決まりの流れが終わってからは、いつもの報告会……だったんだけど。
「えっ、フェア姉、剣聖さんに勝ったの……?」
「勝ったというか、一本取っただけ。あくまで手加減してもらって、私は何してもいいってルールよ?」
「いやいやいやいや。え、剣聖さんと手合わせして一本取ったんだよ!?」
剣聖さんはこの王国で一番強い剣士だって聞いているし、実際に見せてもらった技は理解の範疇を越えたものだった。
私が同じような実力だって聞いたお師匠と模擬戦して一本取るとか全く想像出来ないし、フェア姉はもっと自分がやった事の凄さを自覚するべきじゃない!?
「ん〜……私は天技を使えたし、事前準備もさせて貰えてたから、そんなに誇るようなものじゃないわよ」
フェア姉は本心からそう思っているようで、喜ぶような素振りは一切なかった。村にいた頃からそうだったけど、自信のなさが悪化してる気がする。
フェア姉のそういうところ、私は好きだけど……ここまでくると、ちょっと心配になってくる。
天技は剣聖さんが使っていた、斬った相手を光に変えてしまう技。それをフェア姉はもう全て身につけてしまったらしい。剣の風圧で木を斬るとかも出来るようになってたし、フェア姉はもう立派な達人だと思う。
でも、私が色々言ってもフェア姉は認めてくれなさそうだった。昔っから私が褒めても頷いてくれないんだ。
「……それ、他の人に言わない方がいいと思う」
だから、忠告という形をとるしかない。
「そ、そんなに?」
私が黙って頷くと、フェア姉は少し戸惑う様子を見せてから頷き返した。
……こういう時、ツバメ姉なら上手に納得させられたのかな。出来るんだろうな。
周りが凄い人ばかりで、同じ時間頑張ってきたフェア姉がどんどん先に進んでいて、なんだか取り残されてしまったような気持ちで少し苦しい。
私にも才能があったら、もうちょっと違ったのかな。
「それで、ニュイの報告は?」
私が思い耽っていたら、私の報告をフェア姉が聞こうとしていた。そうだ、今日のことを伝えないとね。
「明日、ツバメ姉とデートしてくることになったよ」
「えっ」
フェア姉が目をぱちくりさせながら驚く。ちょびっとだけ優越感を覚えて、それから事情を説明。
事情を聞いたらフェア姉は少し悔しそうにしながらも納得した表情になった。本音は一緒に着いてきたいんだろうけど、フェア姉は明日も指導に行くらしい。
「デートの話はわかったわ……その、ツバメをお願いね?」
「うん。任せて。でも本当にフェア姉は来ないの?」
「うん……よく覚えてないんだけど、今のうちに強くならないと後悔する気がするの」
「……?」
フェア姉自身もよく分かっていないのに、何か確信を持っている様子でフェア姉は言う。
「白い子が……いや、白い人……? えっと……とにかく、目覚めるまでもう時間が無いからって」
「目覚めるって何が?」
「わからない。わからないけど……でも、その時に何も出来ないのは絶対に嫌だって思ったのよ」
ふーん、と返しながらご飯を食べ終える。よく分かんないけど、騙されて悪いことしてるってわけでもないし、それならそれでツバメ姉との二人きりのデートを楽しめばいいかな。
……
…………
………………
食事を終えてギルドから出ると、声をかけられた。
「おう、お前さんたち。ツバメを見かけてねぇか?」
私はその声にびっくりして、フェア姉の後ろにスっと下がる。フェア姉が苦笑いしながら、その人に返事をした。
「ドワンガさん? いいえ、私は朝以来見ていないわ。ニュイはさっき会ったみたいよ」
「えっと、はい。さっき、会いました」
ドワンガさんはツバメ姉が“髭”って呼んでる、このギルドのまとめ役の人だ。とても強そうな人で、私はまだちょっと怖い。この街に来たばかりの頃は荒れていたらしいフェア姉が、出会い頭に喧嘩を売ったって話を聞いた時は驚いた。
やっぱりフェア姉は凄いね!
「そうか……少なくとも街にはいるんだな」
フェア姉の凄さを実感しながら、ドワンガさんの言葉を待っていると、変に深刻そうな声で呟いていた。
「「…………?」」
まるでツバメ姉が居なくなっていたかのような言い回しに私とフェア姉が揃って首を傾げる。頻度は減ったし、食事を一緒に取ってくれなくなったけれど、ツバメ姉とはほぼ毎日顔を合わせている。街中を普通に歩いていることもあったし、会うことはそんなに難しいことじゃないと思うんだけど。
「ん? ……あぁ、ツバメが気配を消したら俺なんかじゃ見つけられねぇぞ? お前さんたちはツバメが気配を隠す対象から外してるんだろうさ」
「特定の人を選んで気配を隠さないとか、出来るものなんですか……?」
つい気になってドワンガさんに質問する。狩人の頃にもやってたからわかるけど、気配を消すってそんな融通の利くものじゃない。特定の人だけに気配を見せるとか無理だと思うんだけど……。
「そらツバメだからなぁ……アイツは特定の相手だけに気配をぶつけて釣り上げるとかやってのけるぞ?」
「えぇ……」
剣聖さんやお師匠で意味のわからない技術があることは骨身に染みていたけれど、ツバメ姉も大概な人だよね。
「まあいい。ギルドに伝言を頼もうと思ってたが、お前さんたち、頼まれてくれねぇか」
「いいわよ」
「あ、はい! なんですか?」
ドワンガさんが紙を一枚ポーチから取り出してフェア姉に渡しながら説明する。
「知人経由で来たんだが……東十番でツバメを探してる三人組がいるらしくてな。なんでも方向音痴らしくて、なかなかここに来られねぇから来てくれだとよ」
フェア姉の手元を覗くと、黒の洋服に身を包んだ女の人が三人描かれていた。なんというか、見るからに危なそうな人達だけど……まあツバメ姉なら大丈夫だよね。
「わかったわ。これを渡せばいいのよね?」
「おう、よろしく頼むわ」
§
追加で書き上げた魔法陣を起動して、鳥型に変化した紙を王都に向けて放つ。これで約二千匹の使い魔が王都を守る為に動いてくれるはずだ。条件付けもかなり練り上げたから誤爆の可能性はかなり低いはず。
「今日はこれくらいにしとくかな」
机の上に広げていた魔法陣を片付けて、頭の痛みと身体のだるさを誤魔化すために、軽く肩を伸ばした。
魔王にろくでもない真相を突きつけられてから、もう一ヶ月以上経ってしまった。あれから状況はびっくりするほど変わっていない。復讐鬼の情報は一切ないし、黒の一族に関しても変化なし。
自分が動くことが出来れば変化は起こせるという確信がある。でもレーちゃんたちの傍から離れてしまえば、必ず後悔するとも理解している。けど、このまま動かなくても後悔するだろう。
「……変化は、してないね」
私はスキルでフラグの様子を見て、安堵の息を吐く。
魔王の言葉によって、強制力フラグは新たなフラグに変化した。
――天秤のフラグ。
RPGの『はい』か『いいえ』を選ぶ、もしくはカルマ値によるルート分岐のような、どちらを選ぶのか、その選択を突きつけるフラグ。
片方の皿がもう片方の皿より下に下がった時、選ばれた選択が運命に変わるわけだ。
初めてのフラグという訳じゃないけれど、それなりに珍しいフラグで、フラグのへし折りも可能ではあるけれど、非常に難易度が高い。
なんせ個人のフラグではなく、複数の人間を含めたフラグだ。へし折りの反動もその分大きくなる。いくら私でも王都に住む何万人もの人の苦しみを背負って正気を保っていられる自信が無い。
それに、異世界あるあるかもしれないけれど、魔法のあるこの世界では魔素の影響によって特定のモノに力が宿る。魔法陣はその最たるモノだし、錬金術師や薬師が長く触れてきたモノは他のモノよりも強い影響がある。つまり、天秤には強力な力を宿っている。
前世では公正を意味していることが多かった天秤は、この世界でも長く使われてきており、似たような性質があった。
天秤は価値に対して厳粛なんだ。
もしへし折ろうとすれば、何万もの人間の未来に干渉するだけの価値を私が示さなければならない。
「現実的じゃないよねぇ……」
へし折りではない別の手段でこのフラグを解決しなければならない。その事実を再確認して、私は天秤フラグを見つめた。
今回の天秤には『ニュイとレルフェアを生かす』と『バパールタナ王国の王都を救う』の二つが載っている。
これは私の心を前提に、それらが等価値となることを示す。私にとってレーちゃんたちの存在は、思っていたよりも大きなものらしい。
「……はぁ」
近くの仲間と、遠くの他人、ってだけなら等価値にはならないと思う。でも王都にはそれなりに仲を深めたお姫様もいる。彼女の存在が、天秤に重く載っかっている自覚はあった。
だから、王都に向けて大量の使い魔を放っているわけだ。
私がこの街から離れないだけで、天秤はレーちゃんたちに傾く。食事を共にするだけでも傾く要因になるから、ご飯も一緒に食べられなくなってしまった。
何もせずに過ごせば、あっという間に未来が決まってしまう。
でもお姫様を助けようとすることで王都側にも錘を載せることが出来る。私の行動が天秤に反映されるのなら、両方を助ける意思を示せば天秤は傾かない。
この一ヶ月はこうやって均衡を保つために神経をすり減らしてきた。その間にどうにか復讐鬼の所在と、ニュイニュイに迫る死の危険を排除しようと考えていたんだ。
でも、状況は何も変わっていない。
ラライナチからの続報は皆無。ロロちゃんと一緒に黒の一族を探してみたけれど、遠くにいるという言葉が変わることは無かった。
変わらない状況。圧を増す天秤。
焦りが胸をぐるぐると掻き回す。
均衡を保つのもそろそろ限界が近い。春という明確なタイムリミットがあるからだ。
「どうすれば……どうすればいいの……」
私は寝不足と考えすぎで痛む頭を抱えながら、ベッドに横たわる。
どうすればこの状況が解決するのか、私は……。
……
…………
………………
猫魔王の言葉を聞いてから、毎夜私は悪夢を見ている。
悪夢は普通の夢に比べて記憶に残りやすい。前世の私は、幼い頃に見た突拍子もない悪い夢や、学生時代に見た生々しい悪い夢を死ぬまでずっと覚えていた。
だから、鮮明に脳に刻まれた悪夢が今日も始まると思っていた。
――けれど、私の見ている景色は想定していたものとはまるで別のもの。
でも未知なものではない。よく知っている、思い出すだけで泣いてしまいそうな景色だ。
『私、考えすぎなのかな』
それは高校生時代の記憶。
『考えすぎか。私からしたら中途半端に思うけどね』
西日が赤く黒板を焼くような、下校時刻間際の教室。
私の前には暴力的な太陽の光にも負けない、輝く美貌の同級生。同い年だというのに妙に落ち着いていて、大人びた特別な女の子。
私の唯一と言っていい偏屈な親友。私よりもいつも先を歩いて、先を見ていた、大好きで尊敬していた、とても大切な親友。
『中途半端……』
初めて本気で恋をした人。そして、恋という感情で関係を壊したくないと必死に押し込めた相手。
『そうだ。半端に考え、絶望にぶち当たり、そこで諦める。普段から絶望に気づくまで考えない人からすれば、それは“考えすぎ”だろう。悲観的な人間なら“当然”という返答になる。だが、私からすれば、親友にはそこで止まって欲しくはないな』
関係の始まりは多分、彼女から話しかけられたこと。遠くで見ているだけで足を進めることを恐れた私に、彼女は華やかな香りのする風と共に来た。
『諦めるな、ってこと?』
この日は何だっただろう。彼女には沢山の愚痴を言った。沢山の悩みを吐き出した。そしていつも私と違う視点で見ている言葉を私に渡した。
『そうだ。絶望はある。事実だ。だがそこで思考を止めるな。その先にある希望を見つけるまで、必死に考えるべきだ。だって君は考えないなんて選択を取れない人間だ。どうしたって考えてしまう。それは好ましいと思う。悩み、苦しみ、それでも生きることを選択する人を、私は心から尊敬する』
悲観的と呼ぶには、希望を知っている。夢を宿すその瞳は、現実を確かに見つめている。なんで成人もしていない一人の少女がここまで完成しているのか。私はそれを問いたかった。
でも私の意識から別れた、幼い私が情けなく言葉を続けていく。
『そう……なのかな。色々諦めたつもりなんだけど』
そうだね。私は、昔からずっと諦めてきた。その方が楽だと気がついてしまったから。人間なんてそんなものだって悟った顔をすれば、この世の悲劇を嘆かなくていい。私が他人からズレていることなんて、些事だと誤魔化せる。
『嘘だね。君は心の底で絶望に染まりきらない意思を宿す、そんな人だよ』
でも、そんな自己陶酔を彼女は許さない。私の底にあった本当の意思を暴き出す。
『……宿したところでなんにもなんないじゃん』
そうだね。宿した所で人は変わらない。人間一匹が希望を抱いても、ヒトという生命体は変わることを選べない。
『いいや。そんなことはない』
それでも彼女は否定する。彼女の人生哲学は、私の先を見ている。いつだって私の苦しみの先を知っている。
『私はね、人生とは分厚く読み切れない程の人類という本、その最新鋭の白紙に、たった一行文字を綴るまでの旅だと思う』
歴史の最先端に立つことを許された私たちの生きる意味。次の人に次の一行を渡す旅路。
『……詩的だね』
でも素敵だと思った。
『ふふ……だろう? だから、その一行に書く文字に意思があるかは大切なのさ。何かを成し遂げられるのか、ではない。最後の句点に辿り着くまで自分で在れたのかなんだ』
『親友。絶望しても、君は君で在れ』
§
朝日が目に刺さり、意識が朝の空気の中に呼び起こされる。
「……ケツ、引っぱたきにきたの?」
見たくなかった前世の夢。でも彼女の夢なら、悪くは無いと思えた。絶望してる暇があったら、考えろって言いたいのかな。
彼女らしいなぁ。
「――よしっ! 行くか、デート!」
頬を叩いて、意識をハッキリさせる。
不思議と消えることのなかった頭の痛みは収まっていて、スッキリしていた。
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