第31話 断章 レルフェアのとある日 ②


 お婆さんの語りは続く。


「そんな訳だからね、何とか休ませられないかなってお節介を焼いてしまったの。ウチのお店のお手伝いをして欲しいって依頼を出してね、ギルドにツバメちゃんに受けさせてくれないか〜って。今のレルフェアちゃんみたいな感じよ」


「ツバメも、この仕事を……?」


「えぇ。ツバメちゃんも凄く計算が出来る子だったわねぇ。子供たちのことも好きみたいで、とても評判が良かったわ」


 それは想像ができる。ツバメはきっと子供に好かれる人だ。優しい目で目を合わせて人の話を凄く真摯に聞いてくれるし、落ち込んでいると頭を撫でてくれる。私もツバメの傍にいるとホッとするから、わかる。


 それにお婆さんにはお見通しだったみたいだけど、ツバメは隠し事が上手だから、子供たちを前にして戦争帰りみたいな雰囲気は出さないだろう。


「ツバメちゃんに無理を言ってここに泊まってもらったりしてねぇ……たまに、うなされている日があったから、きっと辛いものを沢山経験してしまったのでしょうね」


「…………」


 私は、ツバメのことをまだまだ全然知らない。でも、なぜかその苦しそうなツバメの姿が鮮明に頭の中で再生された。


 胸が、とても痛い。


「そうして過ごしてる時に、スタンピードが起きたわ。とても恐ろしい日だった」


 お婆さんはその日を語る。


「警戒門の仕組みは知ってる?」


「刻んである魔法陣で街を守るって聞いてはいるわ」


「ええ。あれが起動するとね、街を覆う結界が出来るの。凄く頑丈な結界でね、むかーし戦争で砲弾が飛んできた時もビクともしなかったわ」


 サラッと言われたけれど、ここも戦争に巻き込まれたことがあるって事実にビックリする。なんとなく、ずっと平和な街だと思い込んでいた。


「でも、そんな結界が割れかけていたの。その日もここに居たんだけど、ここからでも北に大きな魔物が何匹もいるのが見えていてね……真夜中だったから見えづらかったけど、門の近くの光に照らされて黒くてとても怖い魔物が何十匹も浮かんで見えた」


 黒くて門を越えるほどに大きな魔物……多分、トロールだ。


 人間の三倍以上の大きさに、殴った武器が壊れるほどの硬さを誇る黒い鉄肌、武器を作って罠だって作る知能の高さに、戦闘の際は必ず仲間を呼ぶというかなり危険な魔物……だったはず。


 それが、何十匹……想像して鳥肌が立つ。きっと絶望的な景色だ。


「本当にとても怖くてねぇ……ドンって揺れる度に、結界がミシミシとひび割れていく音が聞こえたわ。音を聞いて家から飛び出してきた周りの人達も、みんな同じ方向を見て泣いたり悲鳴を上げたりしてた。そんな中でツバメちゃんが一人で向かったの」


 目を瞑り、その景色を思い出すようにお婆さんは語る。


「これからすることは人に教えないでね、って。そう言ってツバメちゃんは空に駆け上がって、太陽を作ってみせたわ」


「たい、よう……?」


「えぇ。街を照らす大きな黄金の光。それが街の上に生まれたのよ」


 ……意味が、わからない。


 空を駆け上がるのも、太陽を作るのも、戦い方云々の話じゃなくて、おとぎ話のソレだ。


「そして、雨が降った。魔物たちはその雨を浴びるとあっという間に倒れていった。昼間のように明るかったから、街中の人が見てたでしょうね」


 あぁ、だから街の人たちなら誰でもツバメのことを知っていたんだ。いくらスタンピードを一人で解決したって言っても、みんなが目撃してるのは違和感があったんだ。


 でもそれ程までに派手な事をしたのなら、誰もが知っているのも納得出来る。きっと目に焼き付くような光景だったんだろう。


「雨が降りやむと虹がかかってねぇ……真夜中にかかる虹はそれはそれは綺麗だったわ。月と太陽と虹を一緒に見るなんてことはきっともうないのでしょうね」


 ……それは、ちょっと羨ましい。私も見たかった。


「その後、ツバメちゃんは街を出ていこうとするものだから、必死に説得したわ。さっきも言ったけれど、ツバメちゃんは街の人たちのことを沢山助けていたし、子供たちの人気者だった。特にここら辺は住んでいる人が多いでしょう? ツバメちゃんの人柄とかも店番をしてくれたおかげで知っている人も多くてね。誰にも広めない、頼ったりしない。だから一緒に過ごそうって。みんなで説得して何とか街に居てもらうことが出来たの」


「……そっか、だから誰もツバメの戦い方を言わなかったのね」


「えぇ。みんなツバメちゃんが大好きだから。単に英雄だから、助けてくれたから、って理由だけで慕ってるわけじゃないのよ?」


「そっか……そうなんだ」


 胸が暖かくなる。本当に、この街の人たちは穏やかで暖かい。ツバメもきっとそんなふうに思ったんだと思う。ツバメは街の人たちが好きみたいだから。


「それでもしばらくは疑っていたみたいだけどね……私たちの依頼は終わりになって冒険者活動に戻っても誰ともパーティは組まなかったって聞いたし、宿も特定されないように定期的に移してたって聞いたわ。どこかから連れてきた子達に宿を運営させるから出ていったと聞いた時は、もう会えないかもって思ったりしたもの」


 お婆さんは、そこまで言ってから私の手を握った。皺が多くて、細くて、冷たくて、とても思いやりに満ちた手のひらが、私の手を包む。


「だから、貴方たちが来てくれた時にとても嬉しかった。私のパーティメンバーだよ、って、私たちのことをお世話になったから信じられる人だよって、そう言ってくれた時……本当に、嬉しくてね」


 お婆さんの私の手を握る力が強まった。微かに震えているのが、この人がツバメのことを大切に思っていることを伝えてくれる。


「ツバメちゃんが楽しそうで、本当に良かった。私なんて単なるお節介なお婆さんだから、こんなこと言うのは良くないけれど、勝手に娘のように思っていたの。だからね……」


 その願いは、最後まで聞かなくてもわかった。


「……えぇ。私はこれからもツバメと一緒にいるわ」


 だってそれは、私の願いでもあるから。


「……ありがとう。レルフェアちゃんも、何か大変な思いをしてきたんでしょうけど、私でよければいつでも相談に乗るからね。お菓子だって依頼が終わってもいつでも食べに来ていいんだからね」


「……ありがとう」


 ツバメのオマケで気にかけて貰ってるのはわかってる。私なんて、ツバメに比べたらしょうもない事情しかない。けれど、それでもお婆さんの言葉は嬉しかった。


 ……

 …………

 ………………


 仮パーティを組んでから、私たちとツバメは朝から夜まで基本的に同じ時間を過ごす様にしている。私は依頼があったから朝昼は一緒ではなかったけれど、夕方からは必ず集まって話をしていた。


 冒険者にとって、パーティは第二の家族。命を預け、資金を共有し、宿を共にし、寝食を共にする。だから、他人が同じ空間にいることに慣れるためだって説明をされた。私としてもツバメと一緒に居る時間が増えるのは嬉しかった。


 ツバメは今いる宿から出られないから、夕食は一緒に取らないけれど、食事の時も会話だけはしていた。今日もいつも通り集まる予定だったので、お土産のお菓子と一緒にギルドに戻ると、疲れ果ててテーブルに突っ伏しているニュイと、そんなニュイを労わっているツバメを見つけた。


「こんな……しんどい、なんて……聞いてない……!」


「ふふふ……まだまだだね〜?」


「ぐぬぬぬぬ……」


 ツバメがニュイのおでこをグリグリしながら笑って、ニュイが悔しそうにしている。うーん……これは労わってる、のかな?


 というか、なんか、距離感が近い。凄く仲良さそう。


 べつに、ニュイとツバメが仲良くなるのは良い事なんだけど、前みたいにニュイがツバメのことを悪く言うよりは全然良いんだけど……。


 私一人だけ依頼に行って、二人だけの時間が出来てて、ニュイの態度がどんどん変わっていってるのが、なんか、なんか……。


 私、こんなに心狭かったっけ……? ニュイが奪われたような、ツバメが奪われたような……。


「あ、レーちゃん。おかえり。今日もお疲れ様」


 ツバメが私に気が付いてくれたから、一旦考えないことにしよう。


「えぇ、ただいま。何しているの?」


「フェア姉〜おかえり~、ツバメ姉が容赦ないんだよ〜。腕も脚ももうパンパンだよ〜」


 ニュイが突っ伏したまま、嘆く。ツバメの指導はそれなりに厳しかった記憶があるけど、ここまでになるほどだったかな?


「ははは。ニュイニュイは宿に帰ったら教えたマッサージを忘れずにね〜? レーちゃんも手伝ってあげてね」


「えぇ、わかっ――」


「別にフェア姉じゃなくても、ツバメ姉が一緒に宿に来てしてくれればいいじゃん」


 ツバメに話を振られて、ツバメ直伝のマッサージをニュイにしてあげようと思った時、ニュイが私の言葉を遮って、ツバメにマッサージして欲しいと言った。


 ……えっ。


「え、いいの?」


 よくない。


 ツバメのマッサージは教わって毎日寝る前にするようになってから、疲れが取れるし、気持ちいいし、朝起きた時の調子が良くなった。そんなとても効果的なマッサージだ。でも、身体に触れるものだから、ツバメに直接されたことはない。


 私もツバメにマッサージなんてされたことがない。


 されたことないんだけど?


「うん。ツバメ姉が理由を付けて悪いことする人じゃないのは流石にわかってきたし……それとも、するの? ぜんぜん動けない私に、変なこと……しちゃうの? ツバメ姉は、私のことをえっちな目で見てるんだもんね? そっか、厳しい指導はこのためだったんだね……?」


「――ハッ、これはまさか……わからせ指導をしたら、煽り属性を身につけてしまった……!?」


「わからせ……? よくわかんないけど、本当は内緒で凄いことしてたの? ね、ツバメ姉? 教えて?」


「うっ……イタズラな上目遣い。出来る……!」


 え、え、え。


 なんか、突然凄い雰囲気になってる。


 なに、何が起きてるの!?


 ニュイ? ニュイはツバメにそんな感じじゃなかったわよね!? 違ったわよね!?


 え、え、え? 頭が動かない。


 私がいない間に何があったの!? な、ななな、仲良くなり過ぎじゃないかしら!?


「だ、ダメ! 私がニュイのマッサージをするわ!」


 咄嗟にニュイを抱きしめてツバメから庇うように引き離す。ちょっとニュイの首にかかってしまって、ニュイの身体が変な動きをしてしまったけれど、気にする余裕がなかった。


「ぐえっ……だってさ。残念だったね、ツバメ姉。フェア姉、えっちな人から私を守ってくれてありがと!」


「煽られた挙句に熱い風評被害!」


 ニュイが雰囲気を霧散させて私の腰に抱きつく。


 ……へ?


「ということで、フェア姉にマッサージしてもらうので、今日は解散! また明日ね、ツバメ姉。フェア姉、いこ?」


「え、えぇ。わ、わかったわ?」


 疲れて動けなくなっていたと思ってたけど、ニュイは至って自然な動きで私をギルドの外へ連れていく。後ろで呆然としているツバメが、私を見送っていた。


 外に出て、ニュイが抱きしめるのを止めて手を繋いできたから、とりあえず握り返す。これはいつもの事だからいいとして。


「きゅ、急にどうしたの?」


 ニュイの態度が急に変わったことが、どうしても気になった。


 ニュイは立ち止まって真剣な顔で私を見る。


「フェア姉。この二週間でわかったよ」


「な、なにが……?」


 今まで聞いたことの無い真剣な声に、思わず唾を飲んで続きを待った。


「ツバメ姉は鈍感。そして結構えっちな人」


「はい!?」


「だから、鈍感なんて言い訳できないくらいに、攻めて攻めて逃がさないようにすればいいんだよ」


 急に何を言ってるの!?


「フェア姉。ツバメ姉は凄くモテるよ。恋人が欲しいって言ってたし。仮パーティの間に距離を縮めておかないと、逃げられる気がする。なんか、いつでも逃げられるようにしてる雰囲気あるし……本当に仮で終わっちゃうなんてフェア姉も嫌でしょ?」


「え、ええ、え……そ、そうだけど」


「ツバメ姉は私たち・・のことも可愛いって、恋人になれたらいいって言ってた。だからこの冬の間に……村に帰る前に攻めよう」


 覚悟の決まった顔だった。冗談でも何でもなく、ニュイは本気で言っている。私はニュイの主張に圧倒されて、全然言葉が思いつかないのに。ニュイは、ツバメの指導を受けながらずっと考えていたんだ。


 なら、私も考えなきゃ。


 そうだ。仮パーティなんて、そんなの嫌だ。私はこれからもずっとツバメと一緒にいたい。冒険したいんだ。


 だから。だから……つまり、えっと、私がツバメにアピールしなきゃ、いけないってことよね。


 その、さっきのニュイみたいな、お誘いみたいなことを……私が?


「って、待って。それじゃなんでニュイがツバメにあんな感じに……」


 ニュイには、私がツバメにどんな気持ちを抱いているのかを伝えている。これが初めての気持ちだってことも。ニュイはそれを受け入れてくれた。お兄ちゃんへの不義理のはずなのに、応援するって言ってくれた。


 だから……そう。この話は私を頑張らせる為のお話のはず。目の前で実践して見せて私に発破をかけようとしているんだよね? ニュイはツバメのことはよくわかんないって言ってたし……!


「……………………まあ、良い人って分かったし、強くてかっこいいし、恋人になったら甘やかしてくれそうだし。フェア姉が負けちゃうなら私でも良いかな〜って」


 でもそんな淡い期待は、打ち砕かれた。


 ――はっ。ニュイは昔から自分のことを一番に可愛がってくれる歳上が好きだった! それじゃあつまり、そういうことなの!?


「まあ、そういう事だから――頑張ろうね、お姉ちゃん・・・・・?」


 妹の可愛らしい笑みが、とても恐ろしいものに見えたのであった。




※作者より

 断章が思った以上に文字数が膨れ上がってしまったので、閑話はカットとなります。予定変更になってしまい申し訳ありません。そしてデートがカットになったミィちゃんごめんよ……ニュイが思ったよりも良いキャラになってしまったのが悪い(作者の見通しの甘さです)


 この後は二章のイントロとなるお話を投稿してから、二章が始まります。楽しんでいただければ幸いです。

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