エピローグ

 ボイドとリゼの死闘から、六時間あまりが流れ、深夜零時。

 帝国北方にある森の果て、巨大なピネール滝の正面に、五つの人影があった。


「……尾行は?」


 皇帝の短い問いに対し、


「ありません」


 皇護騎士ロイヤル・ガーディアンのリーダー、断剣だんけんのロディが、素早く簡潔かんけつに答える。


「よし」


 皇帝は小さく頷き、そのまま滝の裏へ――薄暗い洞窟へ入った。

 ひんやりと湿った空気を肺に含みながら、人間一人がギリギリ通れる細道ほそみちを進むと、ぽっかりと開けた空間に出た。

 壁面に埋め込まれた魔水晶の光で最低限の明るさは確保され、部屋の中央部に黒い長机と白い椅子が置かれている。


 そこは『裏殿りでん』と呼ばれる秘所ひしょ

 皇帝が他国の使節しせつと極秘会談を行う際、重用ちょうようしている場だ。


「……ふぅ……」


 ルインが息を吐きながら、椅子にどっかりと腰を下ろすと、その後ろに皇護騎士の四人が控える。


(さて、どうするか……)


 目下もっかの悩みについて、虚の統治者ボイドについて思考を巡らせる。


(あの男は『王の器』。いずれ俺と同じ、『国家』という大舞台に上がってくるだろう……)


 皇帝はボイドのことを極めて高く評価していた。


(だがしかし、今はちんけな新興しんこう組織、うつろを率いる『お山の大将』に過ぎん! 奴がさらなる飛躍を遂げ、手の届かぬ存在となる前に……帝国・皇国・霊国からなる『三国連合』で叩き潰す!)


 ルインが強く拳を握り締めたそのとき、裏殿りでんの両端に描かれた二つの魔法陣が、ほとんど同じタイミングで起動する。


(……来たか)


 空間支配系で最上位の一般魔法<転移>が起動し、数人の護衛を連れた赤い着物の老爺と白い法服ほうふくの老婆が――皇国こうこく霊国れいこくの使節団が現れた。


「よくぞ参られた、さぁこちらへ座ってくれ」


 皇帝が立ち上がり、もてなしの言葉を掛けると、


「お招きくださり、ありがとうございます」


「お呼び立ていただき、光栄に存じます」


 皇国と霊国の特使とくしは頭を下げ、椅子に腰を下ろした。


 帝国・皇国・霊国の要人ようじんが一堂に会すこの場に、『四大国』の中で唯一、王国だけが招かれていない。

 皇帝ルインは、現国王バルタザールこそ高く評価しているものの……。

 その子孫は――特に傲岸ごうがんな第一王女と尊大そんだいな第二王子は、『喋るゴミ』とくさしている。


 早い話が、王国は『沈み行く泥船どろぶね』と見限ったのだ。


「うぅむ……何やら獣臭いと思えば、霊国の猿がいたのか」


「不浄な気に満ちているかと思えば、皇国の蛮族ばんぞくがいらっしゃったのですね」


 皇国と霊国の特使は、顔を合わせるや否や、すぐに互いのことをけなし合う。

 両国は折り合いが悪く、まさに犬猿の仲だった。


 そこで登場するのが、話術にけたルインだ。


「まぁ待て。この場は、私の顔を立ててくれないか?」


「……失礼しました」


「申し訳ございません」


 彼が緩衝材かんしょうざい&潤滑油じゅんかつゆの役割を果たすことで、三国会議はかろうじて成り立っている。

『皇帝』としてはもちろん、『中間管理職』としても有用な男だ。


皇国こうこく霊国れいこく、知恵の足りん馬鹿どもではあるが……。世界にとなえる『超軍事大国』だ。馬鹿とハサミはなんとやら。こいつらを上手く使い、うつろごとボイドを叩き潰してくれる!)


 世界最高峰の頭脳×超軍事大国との繋がり、これが皇帝の武力であり、『奥の手』だった。


「まずは感謝しよう。突然の呼び掛けにもかかわらず、よく応じてくれたな」


火急かきゅうの要件と伺いました」


「何か問題でもありましたか?」


 その言葉を受け、皇帝は重々しく頷く。


此度こたび集まってもらったのは他でもない。『虚』という闇の組織について――」


 ルインが本題を切り出したそのとき、特使たちが同時に「待った」を掛ける。


「……何者だ?」


「……どなたでしょう?」


 その直後、カツカツカツと革靴が床を叩く音が響いた。


 暗がりの奥から現れたのは、


「――申し訳ない、少し遅れてしまった」


 漆黒のローブをまとう、仮面を被った謎の男。

 背後には、青髪の美少女が付き従っている。


「「「……!?」」」


 皇護騎士の四人と使節団の護衛たちが、迅速じんそくに警戒態勢を取る中、


「ボイ、ド……っ(あり得ん、何故ここを――裏殿りでんの場所を知っている!?)」


 皇帝は驚愕に瞳を揺らし、


「……厄災ゼノの転生体……っ」


「……虚空因子の継承者……ッ」


 皇国と霊国の特使は、強い憎悪の念を放った。


 一方、


「私の組織について、なんのお話かな?」


 涼しげな顔をしたボイドは、優雅な所作で椅子に腰掛け、おだやかな口ぶりで問い掛ける。


「陛下、どういうことですか……?」


何故なにゆえあの男が、会談の場に……?」


 特使二人の鋭い視線を受け、


「こ、これは、その……っ」


 皇帝が口籠くちごもっていると、ボイドが『助け舟』を出した。


「実は先日、我が友ルインより、お誘いを受けましてね。『帝国・皇国・霊国による三国会議を開くので、是非うつろも出席しないか』、と」


「……はっ……?(こいつ、何をふざけたことを……!?)」


「今の話は、本当なのでしょうか……?」


「我々の立場は、ご存じのはずでは……?」


 怨敵ともから地獄のパスを受けた皇帝は、


(これは『踏み絵』だ。虚との関係を優先するのか、皇国と霊国を取るのか。ボイドは「この場で選べ」と言っている……っ)


 現状を瞬時に理解し、


(奴は巨獣の軍勢をほふり、色欲の魔女を討ち取った、正真正銘の化物。しかし、たとえどれだけ強かろうとも、帝国・霊国・皇国からなる『三国同盟』には勝てないッ!)


 0.2秒で思考をまとめ、瞳を鋭く尖らせた。


「ボイド、キミをここへ呼んだのは他でもない。我等列強諸国は、闇の組織うつろに対し、『宣戦布告』を――」


 そのとき、


「おっと」


 ボイドはうっ・・かり・・手を・・滑ら・・、記録用の魔水晶を落としてしまった。


 次の瞬間、『とある映像』がデカデカと壁面に映し出される。

 そこは帝城ていじょうの一室、ボイドと皇帝が仲睦なかむつまじく語り合っていた。


【どうだろう、帝国わたしと組む気はないか?】


【実に魅力的な話だね。是非、その方向で調整しよう】


【今日は、虚という新たな同盟が生まれた素晴らしい日だ。久しぶりにワインでも開けようかな】


【虚にとっては、初めての同盟国となる。長きにわたる良い関係を築きたいモノだ】


 祝賀しゅくがムードがただよう中、映像はブツリと途切れた。


「これは失礼」


 ボイドはわざとらしく謝りながら、足元の魔水晶を<虚空渡り>で回収する。


「なっ、ぁ……っ」


致命の一撃クリティカル』を受けた皇帝は、魚のようにパクパクと口を動かし、


「……随分と楽しげでしたな」


「……親密な間柄あいだがらとお見受けします」


 皇国と霊国の使者は、疑惑の目を向ける。


「ま、待ってくれ! これには、その……深いわけがあるんだ!(ボイドめ、いつの間にあんなものを……っ。いや、今はこの窮地きゅうちしのがなくては……ッ)」


 皇帝はなんとか言葉を繋ぎ、必死に言い訳を考えるが……。

 そんな猶予ひまを与えるほど、悪魔の『詰め』は甘くない。


「――アクア、今だよ」


 ボイドが小声で呟くと、


「はっ」


 五獄の第三席は、小さくコクリと頷いた。


 それからほどなくして、皇帝のもとに一本の<交信コール>が届く。

 銀影ぎんえい騎士団団長のダンケルからだ。


(――陛下、大至急お伝えしたいことがッ!)


(後にしろ! 今それどころではない……!)


 ルインはそう言ったが、ダンケルは強引に報告する。


(東方の城塞じょうさい都市レバンテに、『巨大な触手』が出現しました! 先日、破壊の限りを尽くした、例の化物です!)


(な、にぃ!?)


(さらに同様の個体が、北方・西方・南方の戦略拠点を襲撃中! 四方を完全に包囲されております!)


(このタイミング……まさか!?)


 皇帝がバッと目を向けると、ボイドは愉快げに肩を揺らす。


「ルイン殿、顔色が優れませんが、大丈夫ですか? まる・・で触・・手の・・化物・・にで・・も襲・・われ・・てい・・るか・・のよ・・うだ・・


「ぐ……っ(『悪夢の触手事件』も、全てこいつの仕業だったのか……ッ)」


 今更わかったところで、もはや後の祭りだ。


「陛下、何故ボイドを会談に招いたのか、お教え願えますか?」


「回答如何いかんによっては、今後の関係を見直さざるを得ませんよ」


 両国の特使が答えを迫り、


(東方城塞じょうさい、半壊! 西方基地、大破たいは! 南方司令部、陥落! 北方要塞ようさい、壊滅! 陛下、御命令を……!)


 ダンケルが指示を求める中、


「さぁルイン殿、どうぞご決断を」


 極悪貴族は一人、邪悪に微笑んだ。


(考えろ、考えろ、考えろ……っ。ここは帝国の――いや、『世界の分水嶺ぶんすいれい』だ。俺の選択が、次の判断が、人類の未来ゆくすえを決める。大国による『秩序の統治』か、ボイドによる『混沌の圧政あっせい』か……ッ)


 絶体絶命の窮地に追いやられた皇帝は、


(奴はゼノの転生体、いずれ世界を掌握し、厄災を振りく。だが、現在はまだ成長の途上、叩くなら今しかない……っ。言え! 言うんだ! 『三国同盟による宣戦布告』を叩き付けろッ!)


 血液・糖分・魔力、あらゆるエネルギーを燃やし、ルインブレインをフル回転させる。


 一方のボイドは、『確信』していた。


無理・・だよ・・何千なんぜん何億なんおくと思考を重ねても、ルイン・ログ=フォード・アルヴァラに、その決断は下せない。だってキミは――ボクと『同類』だからね)


 原作ホロウとルインは、ロンゾルキアでも極めて高い知性を誇り、その思考回路は非常に似通っている。


(ボクの行動方針は一つ――)


(俺の行動方針は一つ――)


 瞬間、


((――メリットとデメリットを天秤てんびんに掛け、自分にとってより有益なたくを選ぶ!))


 二人の思考が完全に一致シンクロした。


(この場、この時、この瞬間における最適解は……っ)


 皇帝は覚悟を決め、自身の導き出した答えを述べる。


「わ、我等列強諸国は――うつろと手を取り、世界平和を目指そうじゃないか!」


 両手を大きく広げ、笑顔を取りつくろい、なんとか絞り出したその言葉は、裏殿りでん全体へ空虚に響いた。


 重苦しい沈黙が流れる中、


(くくっ、ちたね!)


 極悪貴族は満足気に頷き、パチパチパチと拍手を打つ。


「さすがは我が友ルイン、実に素晴らしい提案だ」


「あ、あぁ、ありがとう、我が友よ」


 皇帝は顔を引きらせながら、皇国と霊国の特使とくしへ目を向ける。


 しかし、


「陛下……いや皇帝・・ルイン・・・、その答えは、我々の望むモノではない」


「ボイドは邪悪な虚空因子を継いだ『次代の厄災』。奴の手を取ることなど、天地がひっくり返ってもありません」


 特使二人は椅子から立ち、裏殿りでんの端に描かれた、魔法陣のもとへ向かう。


「ま、待て、話せばわかる!(こんの、大馬鹿どもめ……っ。お前たちは何も理解していない! ボイドがどれほどの脅威ばけものかを!)」


 皇帝は声を張り上げ、えんを繋ごうとするが、


「さようなら、悪魔に魅入みいられし下賤げせんの者よ」


「あなたには失望しました。二度と会うこともないでしょう」


 特使たちの心は固く、取り付く島もなかった。


 ボイドはその様子をたのしそうに眺めながら、おもむろに声を掛ける。


「おや、もうお帰りになられるのですか?」


「厄災ゼノの転生体。貴様は世界の敵、いずれ決着を付けようぞ」


「『虚空因子』は、この世に存在してはならぬ忌物いぶつ。必ずや消し去ってくれましょう」


 堂々と宣戦布告を行った二人は、<転移>の大魔法を発動する。


「ぁ、待って……っ」


「「「「陛下……!?」」」」


 気付いたときには、もう走り出していた。


 理性ではなく感情で。

 それは理外の行動だ。

 知略を捨てた、本能の発露はつろ


(頼む、お願いだ、行かないでくれっ! お前たちに見捨てられたら、俺は――我が帝国は、あの恐ろしい悪魔に喰い尽くされてしまう……ッ)


 皇帝ルインは走る。

 意地も矜持ほこりも捨て。

 唯一の希望へ、手を伸ばす。


 しかし……現実は残酷だ。

<転移>の魔法は正常に起動し、皇国と霊国の使節団は、それぞれの国へ帰還した。


「~~っ」


 皇帝の手はむなしくも空をき……足をもつれさせた彼は、前のめりに倒れ伏す。


「……ぅ、ぐ……ッ」


 ここにルインの『奥の手』は――最後の希望は、ついえてしまった。


「あ、あぁ……あ゛ぁあああああああああ゛あ゛あ゛あ゛……っ」


 薄暗い洞窟に、全てを失った男の慟哭どうこくが響きわたる。


(終わった、十年掛けてつちかった信頼関係が、夢にまで見た帝国の覇道はどうが……ッ)


 人生の最下層、絶望のどん底。


 しかし、『捨てる神あれば拾う神あり』。

 奈落ならくに沈んだ皇帝へ、救いの手が差し伸べられる。


「大丈夫ですか、ルイン殿……?」


 優しい仮面かおを張り付けたその男は、神は神でも『邪神』のたぐいだ。


 ルインは逡巡しゅんじゅんしつつも、


「……感謝する」


 ボイドの手を取った。

 否、取らざるを得なかった。


(おめでとうルイン、これでキミも『家族』だ!)


 第五章の主目的メインターゲットを攻略したボイドは、


「しかし、困ったものですね。皇国も霊国も、本当に頭が固い」


 満足気に微笑みながら、ゆっくりと仮面・・を外・・した・・

 深紅しんくの髪が零れ、真っ赤な瞳が浮かび、端正たんせいな顔立ちがあらわになる。


 その瞬間、世界の時が止まった。


「「「「「なっ!?」」」」」


 皇帝も皇護騎士ロイヤル・ガーディアンも、石像のように固まってしまう。


「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク……っ」


 ルインは思考能力を失い、


「ば、馬鹿な……っ」


 断剣だんけんのロディは声を震わせ、


「おいおい、冗談だろ……ッ」


 剛槍ごうそうのギオルグは大口を開け、


「もうやだ、助けて、クマさん……っ」


 人形遣いのマーズはぬいぐるみを抱き締め、


「事実は小説より奇なり、ですね……」


 叡智えいちのジェノンは魔法書を落とした。


「皇帝ルイン、あなたほどの知者ちしゃであれば、どこか思い当たる節があったのでは?」


「……無論、考えてはいたさ。いや、正確には考えないようにしていた。それ・・は『最悪のパターン』だからな……っ」


 皇帝は生涯最大の衝撃を受けながらも、冷静に盤面を整理する。


(ホロウ=ボイドということはつまり……っ)


 これまで集めてきたホロウとボイドの情報が、それぞれ単独では理解できなかった行動が、点と点が線になって繋がっていく。


(エインズワース家の後継ぎニアとの繋がり・不可解な死を遂げた大翁ゾーヴァ・突如失脚した王国の好々爺ヴァラン・異例の出世を果たした謎の聖騎士エリザ・虚が執拗しつように大魔教団を狩る理由・レドリックで消された天魔十傑ラグナ天喰そらぐい討伐戦の真の狙い・帝国貴族との頻繁な会合・犯罪結社ウロボロスへの攻撃・色欲の魔女と闘技場で戦う意義……)


 世界トップクラスの知性を持つルインは、誰よりも早く理解した――否、理解してしまった。

 ホロウが打ってきた小さな布石、その先に続く『遠大えんだい緻密ちみつな計画』。


嗚呼あぁ……『完璧』だ。もうレールがかれている、ホロウが頂点に立つ道筋ルートが。五年、いや十年……いつからこの絵を描いていた? これほどの才を持ちながら、どれほどの努力を重ねた? 怠惰傲慢な極悪貴族? ふざけるな! こいつは謙虚堅実な極悪貴族くそったれだ……ッ)


 絶望的な状況だが、ルインは皇帝、帝国をあずかる身だ。

 たとえどのような時でも、自国の利を最優先に考えなくてはならない。


(そう遠くない未来、世界は厄災にまみれた地獄と化す。そのとき帝国うちが最も利するには、今どんな手を打つべきだ? 王国との縁を手繰たぐるか? いや、あそこは泥船なうえ、ホロウに毒されている。皇国・霊国との関係は……修復できん。当然だ、俺が逆の立場なら、裏切り者うちなど即座に切り捨てる)


 現在の盤面を整理したところ、完全に『孤立無援』の状態だ。


(つまり、帝国はもう……)


 皇帝が顔を上げると、虚空の王が不敵に微笑んだ。


「そう、俺と組むほかない」


「ぐ……っ(いや、まだだ! 世界は広い、皇国や霊国以外にも、強者つわものは存在する! 例えばそう、『大魔教団』の手を――)


「――なるほど、大魔教団の手を借りるという策もあるだろう。しかし、あそこのトップは、中々に役者だぞ? なんの手土産もなしに同盟は結べん。散々利用された挙句、いしにされるのが関の山だろう」


「ご、御忠告……痛み入るよ(馬鹿な、俺の思考を先読みした!?)」


 ルインの知性は、原作でも最上位だが、決して『No1』じゃない。

 ロンゾルキアで最高の頭脳を持つのは、極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルクだ。


 しかし両者の差は、今のように絶望的な開きが、生まれるほどのモノじゃない。


(ボクが完勝できた理由、それは――『原作知識チート』だ!)


 ホロウは知っている。

 皇帝の思考・帝国の戦略・第五章の流れ、ありとあらゆる情報が手中しゅちゅうにある。


 一方のルインは、何も知らない。

 ホロウの狙い・ボイドの正体・第五章の行く末、ありとあらゆる情報が欠けている。


 元の知力でも劣っているうえ、情報面では目も当てられぬ大敗。 

 その結果が、この一方的な蹂躙劇じゅうりんげきだ。


「……初めて会ったぞ、自分より頭の切れる人間と」


「俺も初めて会ったよ、自分と近しい知力の人間と」


 両者の格付けが無事に完了したところで、


「これからは同志として、『世界平和』を目指そうじゃないか」


 世界最強の極悪貴族は、飛び切り邪悪な笑みを浮かべながら、右手をスッと伸ばし、


「……あぁ、よろしく頼む……っ」


 皇帝は苦々しい表情で、静かにそれを取る。


 ここにうつろと帝国の極秘同盟が、正式に樹立した。



 皇帝を味方に引きり込んだボクは、帝国の遥か上空に浮かぶ、『黄金の時計塔』へ飛んだ。


「おぉー、原作と同じで綺麗なところだなぁ……」


 壁・柱・床はもちろん調度品ちょうどひんに至るまで、全てが黄金でできている。

 それでいてまったく嫌味な感じがなく、むしろ高貴な印象さえ受けるのだから、不思議なものだ。


(エンティアの禁書庫もそうだけど、魔女って自分だけの居場所フィールドを持ちたがるのかな?)


 そんなことを考えながら、豪奢ごうしゃ螺旋らせん階段を上り、時計塔の最上階へ――天空庭園エアロ・ガーデンへ移動する。


「おぉ、これは絶景だな……!」


 雲の上から見るロンゾルキアは、どこまでも広く美しかった。


(この世界を思いっきり楽しむためにも、過酷な『ホロウルート』を攻略しないとね!)


 決意を新たにしたボクは、庭園中央の椅子に座り、『恒例のアレ』を――第五章の振り返りを始める。


(しかしこの章は、凄い密度だった……)


 まずは人界じんかい交流プログラムを利用して、帝国に潜入。

 犯罪結社ウロボロスを狩り、競馬場と闘技場という大きな資金源を確保した。


 次にハイゼンベルク公爵として、魔女の舞踏会に出席。

 多くの有力者たちと繋がりを持ち、帝都横断脅迫ツアーを経て仲良しになった。


 今度は虚の統治者ボイドとして、皇帝と極秘会談を実施。

 お互いの夢――世界平和について語り合い、親密な関係を築くことに成功した。


 そこから闘技場に場所を移して、色欲の魔女リゼと戦闘。

 片手間で相手しながら、市民の避難と治療を行い、人々の信頼を勝ち取りつつ、虚空の力を見せ付けた。


 最後は裏殿りでんに出向いて、秘密の会議に参加。

 ボイドと皇帝が特別な間柄だと見せ付けることで、皇国と霊国を牽制けんせいし、帝国を孤立させた。


(第五章は自由度が高いから、立ち回りは大変だったけど、その分リターンも多かったね!)


 特に負けイベントを突破した『特殊クリアボーナス』として、色欲の魔女リゼを家族に迎えられたのはデカい。

<黄金の雷>と<未来の色見いろみ>、起源級オリジンクラス固有コレクションが同時にゲットできた。

 極めて強力なこの二つの魔法は、第六章以降の攻略に役立ってくれるだろう。


(ここまで大きな成果を残せたのはやっぱり、第四章でハイゼンベルク家を継げたおかげだ)


 四大貴族の当主だったからこそ、帝国貴族と関係を持てたり、皇帝と繋がることができた。

 この世界に転生して早六年……毎日の地道な努力と積み重ねが、大きな実を結んだのだ。

 今後も怠惰傲慢は封印して、謙虚堅実に生きて行こう――改めてそう思った。


(後はそうそう、忘れちゃいけないのが、『主人公』アレン・フォルティス)


 第五章の途中、『魔女の秘跡ひせき』とかいうふざけたイベントのせいで、勇者の固有ちからが覚醒してしまった。

 具体的には、<物理反射アタック・カウンター>から<全反射オール・カウンター>に進化した。


 でもあれは回避不能の『強制イベント』だし、最初から想定していたことだから問題ない。


(今のアレンの実力は、先々代勇者ラウル・フォルティスと同じぐらいかな?)


 少しずつ強くなっているけど……第五章終了時点としては、正直めちゃくちゃ弱い。

 ニアやエリザとどっこいどっこい、とてもじゃないけど、主人公とは呼べない水準レベルだ。


(ふふっ、いいぞ! メインルートにおけるアレンの存在感が、章を重ねるごとにどんどん薄くなっている!)


 実際に今回、主人公は色欲の魔女リゼと戦うことなく、闘技場の片隅にポツンと座っていた。


(激しいラストバトルを眺める傍観者Aアレン、それはまさに『モブ』そのものっ!)


 このまま『主人公モブ化計画』を進めれば、アレンを物語の本筋から追い出す日も、そう遠くないだろう。


 第五章を総括そうかつすると……主目的メインターゲットの皇帝ルインを落とし、色欲の魔女リゼを家族にしつつ、主人公のモブ化を進められた。


(くくっ……素晴らしい! 今回も最高の出来だね!)


 ボクが満足気に頷き、


(さて、第六章はいよいよ――)


 次の章へ思考を傾けたそのとき、一本の<交信コール>が入った。


(――ボイド様、ルビーです。急ぎ、御報告したいことがございます。もしよろしければ、お呼びいただけないでしょうか?)


(うん、いいよ)


<虚空渡り>を使い、ルビーを目の前に転移させる。


「お手をわずらわせてしまい、申し訳ございま……っ!?」


 彼女は一瞬、時計塔の美しさに目を奪われるも、


「――失礼しました」


 すぐに仕事モードへ切り替えた。


「急ぎの報告って、何かあったの?」


「監視対象、第55代クライン王国国王バルタザール・オード・クラインが死亡しました」


「……そうか、ったか」


 バルタザールと初めて会ったのは、第四章の中盤、王国が四災獣しさいじゅうの襲来に揺れていたときだ。


 ボクは父を天喰そらぐい討伐戦の指揮官にするため、欲深い王族たちを下がらせるため、ボイドとしてバルタザールに接触。

 瀕死の彼に大量の魔力を分け与えることで、ほんのちょっとだけ寿命を伸ばしてあげた。


「バルタザールは死の直前、こちらの手紙をボイド様に書き残しました」


「手紙?(そんなイベントあったっけ……まぁ、いいや)」


 魔力で封蝋ふうろうを溶かし、中の羊皮紙ようひしに目を落とす。


 仮面の友へ


 久しいの、元気にやっておるか?

 今回筆をったのは他でもない、ボイドに感謝を伝えるためじゃ。

 お主の慈悲じひにより、儂はなんとか生き永らえ、正しい指揮官を選べた。

 あの未曽有みぞうの国難を、四災獣天喰そらぐいを討ち取り、王国の滅亡を防ぐことができた。

 感謝しても感謝し切れぬ。

 まぁボイドはへそ曲がり故、「自分のためだ」と言うのだろうな。

 だが、多くの民が救われたのは、間違いなくお主のおかげじゃ。

 本当にありがとう。

 願わくば、王国の未来に慈悲を掛けてやってくれ。


 死に掛けの爺より


 もうすぐ死ぬというのに、国のことをうれうなんて……心底理解しかねる考えだ。

 でも、こういう一本筋の通った人間は、自分の信念を貫いた生き方は――かっこいいと思う。


「……バルタザールの最期さいごは、どんな感じだった?」


「ボイド様への感謝を述べ、安らかな顔で眠るように……」


「そっか、満足したのなら、それでいいや」


 バルタザールは『超』が付くほどの善人だから、できれば助けてあげたかったんだけど……『寿命』は難しい。


(今度こっそり、お酒でも供えに行こうかな)


 ちょっぴりセンチな気分になりつつも、思考をしっかり切り替える。


(さて、第六章はいよいよ王選おうせんだ!)


 ここは原作ロンゾルキアにおける、『中盤の山場やまば』。


(過酷な権力闘争を勝ち抜き、次代の王になることができれば……ボクは『国家』という大舞台に立てる!)


『王』という地位は――別格だ。

 権力・発言力・影響力、全てにおいて圧倒的。

 帝国はもちろんのこと、皇国や霊国とも渡り合える。

 ホロウルートの攻略においても、絶大な威力を発揮するだろう。


(今の王国は沈み行く泥船、四大国で最弱なんだけど……)


 そんなのは、些細なことだ。

 最初から強いモノを強くするより、弱いモノを強くしていく方が面白い。

『都市経営のシミュレーションゲーム』と同じだね。


(ボクが国王となったあかつきには……『原作知識』と『日本にほん知識』で、文明をゴリゴリと発展させて、『世界最強の超大国』を創り上げるっ!)


 ふふっ、夢が広がるね!


(ただ、第六章の攻略難易度は、これまでで一番高いんだよな……)


『大量のルート分岐ぶんき』と『理不尽な死亡フラグ』が複雑に絡まり合って、異常な難しさになっている。


(でも、下準備・・・はもう済ませた!)


 王選という難所なんしょを越えるため、これまでに多くの『布石』を打ってきた。

 ボイドタウン・魔法炉まほうろ・ニュータウン事業・二重スパイ・大ボスコレクションなど、大量の手札を集めたうえ、『100通りの攻略チャート』を用意している。


(これだけの備えがあれば大丈夫だ!)


『世界の修正力』や『主人公のご都合主義』という、理不尽なイベントが襲い掛かって来ても、きっと完璧に対応できる。


 準備は万端。

 計画も完璧。

 ついに舞台は整った。


「さぁ、『王位おうい』をりに行こうか!」

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