第36話:帝都横断脅迫ツアー

 聖暦1015年7月12日。

 皇帝おもちゃとの極秘会談を済ませたボクは、帝都に構えるハイゼンベルク家の別宅で目を覚ます。


「ふわぁ……っ」


 時刻は朝の七時。

 顔を洗って歯を磨き、朝支度あさじたくをしながら、これからの予定を考える。


(この第五章は、七日間の『人界交流プログラム』で構成されている。残された時間は、今日を含めて後四日。単純な時間経過で物語は進み、やがて最終ステージ『闘技場』へ移行する……)


 ここで問題となるのは、「エンディングまでの四日間をどう過ごすか」、だ。


(ふむ……)


 いつもの貴族衣装に着替えつつ、人界交流プログラムの流れをおさらいする。


(今日は帝城ていじょうで、宮廷魔法士の特別講義。明日はノクス平原で、たい亜人・魔獣を想定した総合演習。明後日あさって聖堂せいどう跡地あとちで、レドリック魔法学校と帝国魔法学院の摸擬戦。最終日は闘技場で、『最強の女魔剣士おんなまけんし』の戦いを見学……)


 じっくりと考えた結果、


(うん、やっぱり『全カット』だね)


 あまり『旨み』を感じないので、バッサリ割愛かつあいすることにした。

 平たく言うと、サボるのだ。


(今更、帝国魔法学院と競い合ってもな……)


 向こうの代表ワイズリーくんとは、既に格付けを済ませている。

 彼らと切磋琢磨せっさたくましたところで、あまり得るモノはなさそうだ。


 いや、楽しいとは思うよ。

 人界交流プログラムのイベントはどれも、メインストーリーを追体験ついたいけんできるものばかり。

 ボクのような原作ファンにとっては、文字通り『夢のような時間』になるだろう。


 でも、


(メインルートの攻略が順調だからと言って、原作のイベントをエンジョイするのは――『怠惰傲慢』な行いだ)


 この世界を楽しむのは、『地獄のホロウルート』をクリアしてからでいい。


(幸運にもボクは、第四章という超序盤で、ハイゼンベルク家を継ぐことができた。今はこの『圧倒的な優位性』を活かして、地道にコツコツ『アドバンテージ』を積み上げる!)


 それこそが、『謙虚堅実』な姿勢だろう。


(第五章のクリアに必要なフラグは、昨日までに全て回収済みだし……。残りの時間は、第六章以降を見据えて、ハイゼンベルク家の強化に使おうかな)


 帝国の『裏』はもう支配したから、今度は『表』の侵略だね。


 ボクは魔女の舞踏会で、大勢の有力者たちと歓談の約束を交わした。

 既にタネはいている、そろそろ収穫の時期だ。


(彼らをおどしてまわ――ゴホン、彼らとお話して、『絆』を深めよう!)


 今後の方針を定めたところで、<虚空渡り>を使い、漆黒の渦に右手を突っ込む。


「えーっと、確かこの辺りに……あった」


 分厚い『報告書』を取り出し、表紙をペラリとめくる。

 そこには帝国貴族たちの極秘情報スキャンダルが、証拠付きでリスト化されていた。

 アクアたち帝国担当のうつろに頼んで、有力者たちの身辺を洗ってもらったのだ。


(ふむふむ……いいね。よくまとめられている)


 ホロウブレインを起動して、報告書を丸暗記しつつ、


(まずは『大貴族』エドゥアル公爵。次に『女帝』ミランダ辺境伯。それから『豪商ごうしょう』ゲール会頭かいとう。最後はやっぱり『大法官だいほうかん』の――)


 これから首輪をつける相手をチェックしていると、コンコンコンとノックの音が響いた。


「入れ」


「はっ」


 扉が静かに開かれ、燕尾服えんびふくの老紳士が――執事長のオルヴィンさんが入ってくる。


「急に呼び出してすまないな」


「何をおっしゃいますか。主から招集を受ければ、一も二もなく参ずる、執事として当然のことです」


 彼はそう言って、礼儀正しく腰を折った。


 これからボクは、帝国の有力者たちと歓談にのぞむ。


(ハイゼンベルク家の当主が、付き人も連れずに向かうのは……さすがにちょっと格好がつかない)


 っというわけで、オルヴィンさんに<交信コール>を飛ばし、こちらへ来てもらうよう頼んだ。


「では、行くぞ」


「どちらへ……?」


「『帝都横断おうだん脅迫ツアー』だ」


 ボクは執事長を連れて馬車に乗り込み、大貴族エドゥアル公爵の屋敷へ向かった。


「――ようこそホロウ殿、さぁどうぞこちらへ」


 上機嫌なエドゥアルに案内され、立派なダイニングへ移動し、豪華な料理を囲む。


此度このたびはお招きいただき、誠にありがたく存じます」


「こちらこそ、貴重な時間をたまわり、心よりお礼申し上げます」


 先の予定が詰まっているので、挨拶もほどほどに本題へ入る。


「ときにエドゥアルきょう、『皇帝暗殺計画』は順調ですか?」


「へ、陛下の暗殺!? なんと不敬なことを! たとえ冗談であっても、許されることでは――」


「――こちらの依頼書は、貴方が大魔教団へ送ったモノですよね?」


「何故、それを……っ」


 謀反むほんを口外しない代わりに、ハイゼンベルク家に忠誠を誓ってもらった。


 次に帝都の最高級ホテルへ移動し、ミランダ辺境伯と歓談を行う。


「いけませんねミランダきょう、魔水晶は帝国の重要な戦略物資です。皇帝陛下の許可も取らず、無断で横流しするのは、国益に反しているかと」


「あらあら、証拠もなしに随分なモノ言いだこと」


「こちらの売買契約書には、貴女あなたと亜人連合のサインがあるのですが……」


「……何がお望みかしら?」


「くくっ、話が早くて助かります」


 亜人連合との裏取引を見逃す代わりに、ミランダ領の鉱山を一部割譲かつじょうしてもらった。


 今度は会員制のBarへ向かい、大商会連合の会頭かいとうゲールと対面する。


「ゲール殿、確かに男という生き物は、多種多様な『情欲』を抱えております。しかし、今年で還暦かんれきを迎える貴方が、『赤ちゃんプレイ』に入れ込むというのは……如何いかがなものでしょう?」


「はて、なんのことかな……?」


「こちらの魔水晶に録画が残っております。いやしかし、地獄のような映像だ……。とてもご家族には見せられませんね」


「どうしてこんなものが……っ」


「そう言えば、飲み物の注文がまだでしたね。哺乳瓶ミルクでよかったでしょうか?」


「……あぁ、人肌ひとはだで頼む」


 ゲールの特殊性癖を――『おぎゃり願望』を出汁だしにして、ハイゼンベルク家と大商会連合の『包括的な商契約』を結んだ。


(くくっ、イイ気分だね、いたタネを収穫するのは……!)


 ボクは帝都を西へ東へ駆け回り、多くの有力者たちと親睦しんぼくを深めていった。


 それから三日が経つ頃、帝国はハイゼンベルクいろに染まり、


(ふふっ、順調順調……!)


 大きな『充足感』を抱いたボクが、次の標的ターゲットのもとへ、馬車で移動していると、


(坊ちゃまはいったい、どんな魔法を使ったのだ? 帝国に入ってわずか数日で、名のある貴族たちと渡りをつけ、さらにその弱みまで握るとは……っ。やはりホロウ様こそ、次代の王となるべき御方だッ!)


 対面に座るオルヴィンさんが、何故か急に涙を流した。


「……おい、どうした?」


「どうかお気になさらず」


 彼はそう言いながら、白いハンカチで目元をぬぐう。


「具合が悪いのなら、すぐに病院へ――」


「――いえ、本当に大丈夫です。ただ……」


「『ただ』、なんだ?」


「坊ちゃまの成長が、嬉しくて嬉しくて……っ」


「そ、そうか……」


 なんだかよくわからないけど……喜んでいるのならいいや。


(さて、最後は『彼』だな)


 ボクは懐から手帳を取り出し、帝国横断脅迫ツアーの最終目的メインディッシュ――大法官オルバ・ネイザースの情報を再確認する。


(オルバは五百年前から皇帝を支える、ネイザース一族の現当主。帝国法務省のトップを務め、『法の番人』と呼ばれる堅物かたぶつだ)


 忠臣ちゅうしんの中の忠臣、最も古株である彼は、皇帝の『重大な秘密』を知っている。


あれ・・はルインの『奥の手』だ。なんとしても取り上げないとね)


 彼の希望を完全にみ取り、絶望のどん底へ叩き落とすには――ボクへ依存させるには、オルバ・ネイザースを口説き落とし、『あの情報』を吐かせなくちゃいけない。


(ふふっ、たのしみだなァ……!)


 第五章の終幕フィナーレを想像するだけで、腹の奥から『黒い愉悦ゆえつ』が湧きあがった。

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