第25話:ドックン

「ありがとう。みんなのおかげで、『魔女の秘跡ひせき』を乗り切れそうだよ」


 ボクがお礼を伝えると、


「よくわからないけれど、あなたの力になれたのなら嬉しいわ」


「もったいなき御言葉でございます」


「どういたしましてです!」


 ダイヤ・ルビー・アクアの三人は、それぞれ「らしい」返答をした。


「さて、お互いに忙しい身だし、今日はこの辺りで解散にしよう」


 ボクが指をパチンとはじけば、ダイヤとルビーの前に漆黒の渦が生まれ、


「それじゃまた会いましょう」


「いつでもお呼びくださいませ」


 二人はそう言って、それぞれの持ち場へ戻っていった。


 一方、


「……あれ、私は……?」


 ポツンと取り残されたスライムむすめは、ポカンとした表情で小首をかしげる。


「アクアには悪いんだけど、もう少し付き合ってもらえないかな? ほら、ボクと複製体がリンクするには、キミに触れておかなくちゃだし」


「はい、かしこまりました!」


 残業をお願いしたにもかかわらず、彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。


 それからボクは<虚空渡り>を使い、自分の複製体を魔女の秘跡――その近くにある裏路地へ飛ばした。


「これでよしっと。それじゃ早速、あっちの複製体と五感を繋いでほしいんだけど、具体的にどうすればいいのかな?」


「はっ、お手を拝借してもよろしいでしょうか」


「うん」


 ボクが右手を差し出すと、アクアはそこへ自分の左手を重ね――がっしりと指をからめた。

 所謂いわゆる『恋人繋ぎ』というやつだ。


「えっと……?」


「申し訳ございません。『完璧な同調』をするためには、『濃厚な接触』が『必要不可欠』でして……どうかご了承いただけると幸いです」


「なるほど、そういうことか(確か原作の設定では、軽く触れているだけでよかったはずだけど……。ちょっと仕様が違うっぽいな)」


「はい、そういうことなんです!(ぐへへぇ、役得やくとく役得ぅ……っ)」


 アクアは真面目な顔で頷きながら、何故かジュルリとよだれをすすった。

 相変わらず、面白い子だ。


「こっちはいつでもオッケーだから、そっちのタイミングで同期してくれる?」


「はい、かしこまりました! それでは行きますね!」


 次の瞬間、不思議な刺激が脳裏を走り、


「――おっ?」


 気付いたときには、複製体とリンクしていた。

 視界に広がるのはうつろみや――ではなく、帝国の薄暗い裏路地。


「ほほぅ……」


 手・脚・頭、自分の意思で複製体を動かすことができた。


(なんというか、不思議な感覚だなぁ……)


 裏路地にいる『複製体の自分』も認識できるし、うつろみやにいる『本体の自分』も認識できるし、両者を同時に動かすこともできる。

 二つの視界・二つの感覚・二つの存在、まるで体が二つに分かれたみたいだ。


「ボイド様、お加減はいかがですか?」


「うん、イイ感じ。ちょっと慣れは必要だけどね」


 虚の宮にいる『本体』を操作し、アクアの質問に答えた後は、再び意識を『複製体』へ戻し――『実験』を始める。


(さてまずは、<虚空渡り>を……っと、なんだこれ?)


 目の前に生まれたのは、不安定な『黒色の薄靄うすもや』。

『漆黒の渦』とはまるで違う、とても弱々しいモノだ。


(これは……駄目だな)


 ポイントAとポイントBが、座標同士が上手く接続されていない。


 その後、いろいろと試した結果、


(……なるほど、だいたいわかってきたぞ)


<虚空憑依>・<虚空流し>・<虚空玉>など、基本的な虚空は一通り使える。


 ただ、『出力』が低く、『精度』も悪い。

 おそらく<虚空憑依>をまとっていても、『五獄クラス』の攻撃は飛ばし切れないだろう。


 複製体には『虚空因子』が宿っていないため、魔力を寄せ集めて無理矢理それっぽいモノを再現した、って感じだ。


(『虚空モドキ』しか使えず、魔力と膂力りょりょく本体オリジナルの1%……いや、それ以下か)


 ラグナ程度ならボロ雑巾にできるけど、五獄をまともに相手取るのはキツい――ってのが、忖度そんたくなしのリアル評価だろう。


(大ボスを狩れるぐらいの力はあるし……メインルートの攻略には、めちゃくちゃ使えそうだね!)


 そうして複製体のスペックを念入りに確認していると、何やら賑やかな声が聞こえてきた。


(これは……)


 裏路地からひょっこり顔を出すと、


(おっ、やっぱりそうだ!)


 レドリック魔法学校と帝国魔法学院の生徒たちが見えた。

 彼らはこの通りを北上し、魔女の秘跡へ向かう――今回の『人界交流プログラム』では、そういう予定が組まれているのだ。


(よし、行くか)


 ボクは裏路地から移動し、先頭を歩く馬カスのもとへ向かう。


「あらホロウくん、もう家の仕事はいいんですか?」


「はい、つい先ほど貴族との歓談が終わったところでしてね」


「なるほど。私達は魔女の秘跡へ行くところなんです。よかったら一緒にどうでしょう?」


「えぇ、そうさせていただきます」


 あらかじめ馬カスには、「今日は途中で合流する」と伝えてあるため、スムーズにコトが運んだ。


 ボクが学生の列に加わると、帝国魔法学院の連中が騒ぎ出す。


「ホロウの野郎、うちとの『人界交流プログラム』を蹴って、呑気に貴族と歓談だぁ!? 舐めた真似しやがって、ぶち殺してやるッ!」


「おい馬鹿、やめとけ! ワイズリーの二の舞になるぞ!」


「あんたが行っても、<障壁ウォール>で地面に埋められて終わりよ」


「ホロウは正真正銘の化物、オマケに性格はドブのように腐ってやがる」


「みんなの前ではずかしめられたうえ、ボロ雑巾になるだけだ……」


 既に『格付け』を済ませているため、無駄な血が流れることなく、平和的に収まった。


(ワイズリーくん、キミの尊い犠牲は、決して無駄じゃなかったよ!)


 ボクがそんなことを考えていると、両サイドからニアとエリザが身を寄せてくる。


「ねぇホロウ、貴族との歓談って、絶対まともなやつじゃないでしょ?」


「今度はいったい誰を脅して来たんだ?」


「まったく、失礼な奴等だな……。俺がそんなことをすると思うか?」


「思う。なんの躊躇ちゅうちょもなくやる人だわ」


「思う。なんの躊躇ためらいもなくやる男だ」


 へぇ……よくわかっているじゃん。

 付き合いが長くなって来たからだろうか。

 臣下二人組は、ボクのことをよく理解していた。

 なんだかちょっと嬉しいね。


「まぁ確かに、そういうお茶目なところがあるかもしれん。ただ、今回は本当に違う。脅迫めいたことは何もしていない」


「ほんとにぃ?」


「本当なのか?」


「あぁ、ハイゼンベルク家の当主として約束しよう」


 そう、ボクは脅迫めいたことはしていない――まだ・・、ね。


 アクアたち帝国担当のうつろに調べてもらった『汚職の情報スキャンダル』を使い、帝国に蔓延はびこる邪悪な大貴族を脅して回るのは、明日・・だ。


 つまり、今日・・は何もしておらず、嘘を言ったことにはならない。


(それにしても……<完全再現パーフェクト・コピー>の精度は素晴らしいな!)


 馬カスはもちろんのこと、ニアもエリザもまったく気付いていない!


(この複製体を上手く使えば、いろいろと面白いことができるぞ!)


 ボクが心の中で悪巧みをしていると、


「……ホロウくん、だよね?」


 正面に回ったアレンが、ジッとこちらを見つめる。


 大きな空色の瞳・透き通るような白い肌・綺麗な長い睫毛まつげ、どこに出しても恥ずかしくない『絶世の美少女』だ。


(――って、違う違う違う!)


 こいつは当代の勇者!

 悪役貴族ボクの宿敵だっ!

 そもそも美少女でもなんでもないッ!


(ふぅー、落ち着け、心を乱すな)


 小さく息を吐き、荒れた気持ちを静める。


「どうした、俺の顔に何か付いているのか?」


「うーん? ちょっと違和感があるなぁって思ったんだけど……ごめん、ボクの勘違いだったみたい」


 彼はそう言って、天使の微笑みを見せる。


 ――ドックン。


 その瞬間、『二つの意味』で心臓が破裂するかと思った。


(なんて可愛かわい……じゃなくて、どこに違和感を覚えた!?)


 ダイヤさんほどの精度じゃない。


 しかしアレンは、『ナニカ』に引っ掛かっていた。


(『勇者の直感』、とでも言うのか……?)


 やはりアレン・フォルティスは、いろいろ・・・・意味・・危険・・

 早急になんらかの対策を打つ必要があるな。

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