第14話:煽り

 聖暦1015年7月10日。

 犯罪結社ウロボロスを叩き潰し、帝国の裏社会を支配した翌朝、


「ふわぁ……」


 ホテルのベッドで目覚めたボクは、グーッと大きな伸びをする。

 顔を洗って歯を磨き、貴族スマイルの練習をして、レドリックの制服に着替えた。


(……確か今日から、『帝国魔法学院』との合同授業が始まるんだっけな)


 自分の描いた『第五章の攻略チャート』を頭の中で振り返りながら自室を出て、集合時間ギリギリにホテルの入り口へ到着する。


(おーっ、随分と豪華なお出迎えだね)


 そこにはなんと、立派な馬車が十台も停まっていた。

 これも全て『帝国持ち』なんだから、本当に『至れり尽くせり』だ。

 また後で皇帝にお礼を言っておかなきゃね。


(しかし、楽しみだなぁ……っ)


 今晩ついに、第五章の主目的メインターゲットである皇帝と対面する。

 原作でもかなりの人気キャラだし、ロンゾルキアを愛するファンとして、本当に楽しみだ。


(ふふっ、早く時間が過ぎないかなぁ!)


 そんな風に胸を躍らせていると、


「……29……30……31。よし、みんな揃っていますね」


 生徒全員を確認した馬カスが、コホンと咳払いをする。


「これより馬車で北上し、帝国魔法学院へ向かいます。もうこのホテルには戻らないので、忘れ物がないかどうか、再度きちんと確認してください。それでは準備のできた人から、どんどん乗っちゃってください」


 その後、ボク・ニア・エリザ・アレンの四人は、みんな同じ馬車に乗り込んだ。

 本当は一人がよかったんだけど、せめて主人公だけでも回避したかったけど……まぁ仕方ないね。


「うわぁ、ふっかふか! まるで高級ソファみたい!」


 ニアは座面の柔らかさに感動し、


外見そとみも凄いが、内装もっているな……」


 エリザは客室の豪華さに目を丸め、


「いったいこの馬車、いくらするんだろう……っ」


 アレンはおっかなビックリという感じだった。

 そうこうしている間に馬車が動き出し、およそ一時間ほどの自由時間となる。


(よし、魔力操作の修業でもしようかな)


 ボクが 思ったそのとき、ニアとエリザから声を掛けられた。


「そう言えばホロウ、昨晩はどこへ行ってたの?」


「なんぞ、悪いことでもしていたのではないか?」


 ニアとエリザがジト目でこちらを見つめ、


「二人とも、またそんなことを言って……。フィオナ先生が、『ホロウくんはハイゼンベルク家のお仕事です』って、言っていたでしょ?」


 アレンがやれやれといった風にため息をついた。

 この感じ……どうやら三人は昨日、ボクの部屋へ遊びに来たっぽい。


(まぁ予想通りの展開だね)


 こうなることを見越して、馬カスに言い含めておいたのだ。

 彼女は『ハイゼンベルク家の仕事』という無難な回答をしたらしいので、その流れに乗るとしよう。


当家うちは、帝国とも繋がりがあるからな。この『人界交流プログラム』を利用して、いろいろなところへ顔を出すつもりだ」


「……ほんとかなぁ?」


「……本当にそれが理由か?」


 ボクの『裏』を知る二人は怪しみ、


「そっか。やっぱりハイゼンベルク家の当主ともなると、いろいろ大変なんだね」


 何も知らないアレンだけが、素直に信じてくれた。


「あなたのことだから、大丈夫だとは思うけど……。こっちにはウロボロスって闇の組織がいるって聞くし……あんまり危ないことはしないでね?」


「ウロボロスは、帝国の裏社会を牛耳ぎゅうじる犯罪結社。お前が強いことは理解しているが、帝国の裏社会全てを敵に回すのは危険過ぎる。くれぐれも無茶はしてくれるなよ……?」


 あぁ、なるほど。

 今回は「妙に疑り深いなぁ」と思えば、ボクの身を案じてくれていたらしい。

 原作の人気ヒロイン二人に心配してもらえるだなんて、本当に幸せ者だね。


(ニアとエリザの気持ちは、とても嬉しいんだけど……ごめん)


 キミたちの知るウロボロスは、もうこの世に存在しないんだ。

 なんなら帝国の裏社会は、ボクが支配することになった。


(この件については、また別の機会に説明しておこう。今はアレンがいるから、喋れないことも多いしね)


 その後、他愛もない雑談を交わしていると、あっという間に帝国魔法学院へ到着。


 首を鳴らしつつ馬車から降りるとそこには、帝国魔法学院の一年生がズラリと並んでいた。


「「「……」」」


 彼らの目は氷のように冷たく、とても『歓迎ムード』と呼べるモノじゃない。


「なんかよぉ……感じ悪くね?」


「何をにらんでやがんだ、こいつら?」


「こっちは遠路えんろはるばる来てやってんのに……気に入らねぇな」


 レドリックの面々が、強い不快感を示す中、


「うっひょぉー! 黒髪ロングの清楚せいそ美人! 隠れ目ダウナー美少女! そで地雷系じらいけいガール! 嗚呼あぁ、なんやここは天国か!? ボクの『へき』にぶっささりやわぁ!」


 第十位だけは、帝国の女子生徒たちに鼻の下を伸ばしていた。


(ほんとキミは、自分の欲望に忠実だね……)


 ボクが呆れ返っていると、


「まったく……時間の無駄だな」


 帝国魔法学院のとある男子生徒が、大きなため息を零した。


「発展した帝国と没落した王国、両国の魔法文明には大きな開きがある。はっきり言って、キミたちから学べることは何もない。今回の人界交流プログラムは本当に『大ハズレ』だ!」


 彼の挑発を受け、レドリックの生徒たちが強く反発する。


「んだとごらっ!」


「もういっぺん言ってみやがれッ!」


「あー、やだやだ。ちょっと進んでいるからって、偉そうにしちゃってさぁ!」


 険悪な空気が流れる中、


(……あのモブA、誰だっけ……?)


 ボクは小さく小首を傾げた。


 一応、ネームドキャラだった気がするんだけど……。

 このイベントを最後に出番がなくなるので、記憶からスルリと抜け落ちてしまっている。


(……あっ、思い出した! ワイズリーくんだ!)


 ワイズリー・マーシャル、15歳。

 身長173センチ、ワカメみたいな濃紺のうこんのミディアムヘア。

 なんとも小憎こにくらしい顔に黒縁くろぶち眼鏡を掛け、ほっそりとした体付きだがそれなりに鍛えられており、赤を基調とした制服に身を包む。

 帝国魔法学院の『仮序列第一位』に君臨する彼は、圧倒的な魔力と卓越した剣術を誇る『魔剣士』だ。


(そう言えば、こんなイベントもあったね)


 ワイズリーくんはこのまま挑発を繰り返し、うちのクラスで『唯一の予科生しろふく』――アレン・フォルティスを嘲笑する。

 そのまま流れで、二人の決闘が始まり……。

 最初こそ基礎スペックの高いワイズリーくんが優勢に戦うものの、終盤に主人公の<物理反射アタック・カウンター>を喰らい、敗北。

 アレンの勝利によって、レドリック魔法学校と帝国魔法学院の間に因縁が生まれ、両校の意地を賭けた『人界交流プログラム』が始まる――という流れだ。


(まぁ早い話が、『主人公の強化イベント』を兼ねた『学校パートの導入』だね)


 ボクがそんな風に原作知識を漁っていると、


「どうしたのホロウ、もしかしてどこか具合悪いんじゃ……?」


「体調が優れないのであれば、休んでおいた方がいいぞ……?」


 ニアとエリザが、心配そうに声を掛けてきた。


「なんの話をしている?」


 ボクは至って健康体だ。


「だって、あんなムカつくことを言われて、あなたが黙っているわけないじゃない」


「いつものお前なら、相手の自尊心がへし折れるほど煽り、その傷口に塩を塗り込むはずだ」


「あぁ、そういうことか」


 二人の言わんとしていることを理解したボクは、改めてワイズリーくんに目を向ける。


 しかし、


(……うーん、やっぱりだ……)


 待てど暮らせど、『黒い愉悦ゆえつ』が湧いてこない。


「ふむ……こうも小粒だと煽る気さえ起きんな」


 率直な感想を口にすると、


「いや、煽ってる。それ、めちゃくちゃ煽ってるから……っ」


「『無反応風煽むはんのうふうあおり』とは、さすがのレパートリーだな……っ」


 ニアとエリザが苦笑いを浮かべた。


 その直後、


「貴様……今、なんと言った?」


 先ほどの会話が聞こえていたのか、眉間にしわを寄せたワイズリーくんが、ズンズンとこちらへ向かってくる。


「確か、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクと言ったかな? 若くして極悪貴族を継ぎ、天喰討伐で天才軍師として活躍した、『王国の英雄』。キミにはちょっと期待していたんだが……正直、がっかりだよ。これだけ至近に迫っても、強者特有の『圧』をまるで感じない」


「当然だ、羽虫には龍の大きさを理解できん」


「……この私が羽虫だと?」


「むっ、これでもかなり甘く評価したのだが……。すまない、気分を害したのなら謝ろう」


 原作ホロウの必殺『謝罪風煽り』が炸裂し、


「なるほど、死にたいようだな……っ」


 沸点の低いワイズリーくんがぶち切れ、


「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、キミに決闘を申し込む!」


 彼が高らかに宣言した瞬間、レドリック陣営がにわかに騒ぎ出す。


「えっ……自殺?」


「おいおいおい、死ぬぞあいつ……」


「こりゃまた、とんでもねぇ馬鹿だな……っ」


 うちのクラスメイトたちが、驚愕に目を白黒とさせる中、


「あぁ、構わんぞ」


 ボクはワイズリーくんの申し出を快諾かいだくした。


(ふふっ、これで主人公の強化イベントを一つ潰せるね!)


 たとえわずかであったとしても、アレンに経験値は渡さない。

 こういう小さな積み重ねが、第六章・第七章・第八章に――将来に効いてくるのだ。


 ボクがそんなことを考えていると、


「あ、あのぅ……さすがに止めた方がいいんじゃないですか?」


 馬カスが、帝国魔法学院の教師に声を掛けた。


「おや、自分の生徒が信じられないのですか?」


「いえ、信じられないというか……。まぁ確かに信じられないぐらい強いんですけど……」


「はぁ?」


「実はうちのホロウくん、壊滅的に手加減ができなくて……」


 馬カスが、随分と失礼なことを言っていた。

 でも……あながち間違いじゃないので強く反論できない。


「まったく、何を言い出すかと思えば、手加減ができない……? ふふっ、どうぞご心配なく。うちのワイズリーも、手加減が苦手な子でしてねぇ? うっかりそちらの生徒を病院送りにしてしまうかもしれません」


「あっ、はい。一応、私は止めましたからね?」


 っというわけで、ボクとワイズリーくんは、決闘することになった。

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