第9話:メリット

「よし、行こうか」


「はい!」


 ボクは<虚空流し>を使って、アクアは持ち前のスライムボディで、目の前の扉を通り抜け――ウロボロスの賭博とばく部門へお邪魔する。


「な、なんだてめぇら!?」


「いったいどこから現れやがった!?」


 入り口を守っていた二人の男は、バッと後ろへ跳び下がり、腰にぶら下げた剣を抜き放つ。 


「くくっ、そう怯えてくれるな。俺はただ、キミたちを迎えに来ただけだ」


「はぁ? 何わけのわかんねぇこと――」


「なんだお前、頭イカれてんじゃねぇ――」


 ヌポポン。

 二人、家族が増えた。


(ふふっ、きっと今日は『大漁』だぞ!)


 後ろにアクアを引き連れたボクは、期待に胸を膨らませながら、民家に偽装した賭博部門の拠点を進んで行く。

 長い廊下を真っ直ぐ歩き、突き当たりの階段を下ると、広大な空間が広がっていた。

 なんだかダンジョンみたいな造りだね。


 道中、


「ぼ、ボイドだ! 虚の統治者ボイドが――」


「『ボス』に伝えろ! ボイドが攻めて――」


 目に付いたウロボロスの構成員を次々に消し飛ばしていく。


「ひ、ひぃいいいい……っ。頼む助けてく――」


「は、はは……。こんな化物に勝てるわけ――」


「なんだよ、俺達が何をやったって言うん――」


 ウロボロスは残虐非道な連中だ。

 帝国の裏社会を支配し、真面目に生きている人たちを絞り上げ、その旨みをすすって生きる『害虫』。

 彼らが消えて喜ぶ者はいれど、悲しむ者は誰もいない。

 だから、なんの躊躇ためらいもなく、ボイドタウンへ飛ばせる。


 そんな風にウロボロスの構成員を消しながら、ダンジョンめいた拠点を攻略していくことしばし――長い廊下の突き当たりに巨大な扉を見つけた。


「ここが最深部かな?」


「おそらくそうかと」


 扉に手を触れず、スーッと通り抜けると――そこでは大勢の男たちが土下座していた。

 100人ぐらいだろうか、なんとも異様な光景だ。


(おっと、これは『初めてのパターン』だね)


 ボクはちょっぴり驚きながら、先頭の『小ボス』へ声を掛ける。


おもてをあげろ」


「は、はぃ……っ」


「一応、自己紹介をしておこうか。俺は虚の統治者ボイドという」


「あたしは賭博部門のおさキュラールと申します」


 毒々しい紫の長髪と左頬にハートの刺青いれずみが目立つ、オネエ言葉を話す大男おおおとこだ。


「キュラールよ、これ・・はいったいどういう風の吹き回しかな?」


「恐れながら、ボイド様の圧倒的な武力は、よくよく理解しているつもりです。貴方様に歯向かったとて、無為むいに命を散らすだけ――そう判断し、降伏させていただきたく存じます」


「なるほど、正しい選択だ」


「恐縮です」


 小さく縮こまったキュラールは、恐る恐ると言った風に口を開く。


「……一つ、質問してもよろしいでしょうか?」


「構わないぞ」


「貴方様がこちらへいらっしゃったということは、『ウロボロスを潰す』と決められたのですね……?」


「あぁ」


「であれば、あたしたちにそれを止める手立てはございません。どうぞこちらをお納めください」


 彼はそう言いながら、金箔の振られた小箱を差し出した。


「我々が管理する賭場とばの権利書です」


「ほぅ……。見返りに何を求める?」


『無条件の降伏』+『権利書の譲渡』、この二つを出汁だしに交渉を持ち掛ける――これが向こうの狙いだ。


「さすがはボイド様、お話が早くて助かります」


 キュラールは安いお世辞を口にしながら、自分の要求を述べる。


「こちらの願いは一つ――部下の命はどうなっても構いません。ですからどうか、私だけは見逃していただけないでしょうか?」


 その瞬間、


「「「なっ!?」」」


 キュラールの配下が驚愕に目を見開き、


「きゅ、キュラール様、いったい何を言っているんですか!?」


「『大人しく権利書を渡す代わりに、みんなの命だけは助けてもらおう』、そういう計画だったはずでは!?」


「おいこら、ふざけんじゃねぇぞ! なんで自分だけ、見逃してもらおうとしてんだッ!」


 そこかしこで抗議の声があがり、


「あー、もう五月蠅うるさいわね! ボイドは『血』と『死』に飢えた化物、普通にやり合ったって皆殺しにされるだけなの! だから、あんたたちを生贄に捧げて、あたし一人だけ見逃してもらう! ここで全滅するよりは、遥かにマシでしょう!?」


 キュラールと部下たちは、見苦しいののしり合いを繰り広げた。


(うわぁ、お手本みたいな仲間割れだな……)


 とにかく、これじゃ話が先に進まない。


「はぁ……」


 ボクはため息まじりにパチンと指を鳴らし――キュラールの部下を半分、綺麗さっぱり消してやった。


「「「……っ」」」


 一瞬にして空気が凍り、キュラールが問いを投げてくる。


「ぼ、ボイド様……あたしの部下たちは、いったいどこへ……?」


「殺した。騒がしいのは苦手でね」


「~~っ」


 当然、これはただの脅しだ。

 五十人もの貴重な労働力を殺すだなんて、そんなもったいないことは絶対にしない。


(ボクは『無駄』が大嫌いだからね)


 きっと今頃みんな、ボイドタウンのド真ん中で、ポカンとしていることだろう。


 一方、そうとも知らないキュラールたちは、恐怖にカタカタカタと震え、静かにその場で平伏した。


(ボイドは噂通り、いや噂以上にイカれてる……っ。人の命をなんとも思わない極悪人、正真正銘の『人格破綻者サイコパス』……ッ)


 無駄口はもちろん、衣擦きぬずれはおろか、呼吸音さえ聞こえない。

 指パッチン一つで、『完全な静寂』が生まれた。


 よしよし、これで話を先に進めるね。


「キュラール、先ほどの提案なんだが……率直に言って、あまり旨みを感じないな。キミを見逃して権利書を譲られるのも、キミを殺して権利書を奪い取るのも、どちらも同じように思える」


「メリットならある……いえ、ございます!」


「ほぅ、聞かせてもらえるかな?」


「は、はいっ!」


 ゴクリと唾を呑んだ彼は、真剣な表情で『命懸けの営業プレゼンテーション』を始める。


「あたしは賭博部門を取り仕切っており、あらゆる賭場の適切な運営方法を熟知しています! もしも見逃していただけるのであれば、その極意をボイド様にお伝えするつもりです!」


「ふむ」


「しかも! あたしは交友関係がとても広く、『表』と『裏』のどちらにも顔が利きます! 貴方様がお望みとあらば、明日にでも政財界せいざいかいの大物へ取り次ぐことが可能です!」


「ほぅ」


「そして極め付きに! あたしはウロボロスの『台所係だいどころがかり』も任されているので、ボスの『隠し金庫』と『鍵の在処ありか』も知っています! もちろんこの情報も、お教えするつもりです!」


「なるほど」


 ボクが右手を顎に添えると、


「い、いかかでしょうかボイド様……?」


 キュラールはをしながら、びた笑みを向けてくる。


「残念だが、どれも魅力に欠けるな」


「な、何故ですか!? あたしは価値を示した、十分に有用なはずっ! こんなの納得できませんッ!」


 彼は勢いよく立ち上がり、異議申し立てを行った。


「アクア、例のアレを」


「はっ――<完全再現パーフェクト・コピー>」


 彼女の体から黒い液体がにじみ出し、それはやがて人の形をかたどり、キュラールと瓜二うりふたつのスライムが生まれる。


「あ、あたし……!?」


 顔・身長・衣服に至るまで、その分身体は完璧だった。


「うちのアクアは、見ての通り人間とスライムの混血ハーフでね。<完全再現パーフェクト・コピー>という、極めて特殊な種族スキルを使えるんだ」


 ボクはそう説明しながら、『スライム製のキュラール』に問う。


「キュラール、隠し金庫の位置と鍵の在処を教えてもらえるかな?」


「はい、もちろんでございます。ウロボロスの隠し金庫は、帝国図書館の最上階に存在し、鍵は帝城ていじょうの展望台にあります」


「そうか、ありがとう」


「滅相もございません」


 アクアの生み出した『偽のキュラール』が微笑み、


「なっ、ぁ……!?」


『本物のキュラール』は、驚愕のあまり言葉を失う。


「<完全再現パーフェクト・コピー>はその名の通り、相手の容姿・記憶・性格、全て完璧に再現する。つまりここにいるキュラールは、そちらのキュラールと同じ人間だ。……いや、少し違うか。ボクに絶対の忠誠を誓うよう、本体オリジナルの人格を少しいじってもらっている」


 この<完全再現>が、めちゃくちゃ便利なんだよね。

 諜報・尋問・潜入、なんにでも使える。


 もちろん、弱点がないわけじゃない。

 本体と分身が離れ過ぎたら解除されるし、同時に再現可能な個体数に上限があるし、固有魔法は完璧にコピーし切れないし、対象に模倣もほう耐性があったら抵抗レジストされる。


(後はそうそう、アクアよりも強い相手を再現した場合、その性能が著しく劣化してしまうね)


 まぁいろいろ細かい制限は付くけど……敵の格が『小ボス』ぐらいなら、完璧なコピーを生み出せる、とても便利な種族スキルだ。


(『偽物』にお願いすれば、賭場の運営方法はレクチャーしてもらえるし、帝国の大貴族に渡りを付けてもらえるし、隠し金庫と鍵の在処は既に教えてもらった)


 つまり、もう・・本物は・・・必要・・ない・・


「さてキュラール、現状キミを生かすメリットは、皆無のように思えるのだが……。どうだろう、俺は間違っているかな?」


「お、お願いします……っ。どうかご慈悲を――」


 ヌポポポン。

 こうしてウロボロスの賭博部門は、一時間と経たずに壊滅した。

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