第五章

第1話:『第50代ハイゼンベルク当主』ホロウ・フォン・ハイゼンベルク

四災獣しさいじゅう天喰そらぐいを討伐したことにより、ハイゼンベルクの武功ぶこうは世界中へ轟いた。

 指揮官を務めた父ダフネスはもちろん、軍師の役割を果たしたボクの名前も、今や大陸中へ知れ渡っている。


 この人類史じんるいしに残る偉業を受け、クライン王国は連日のお祭り騒ぎだ。


「――ハイゼンベルク家、ばんざーい!」


 派手なパレードがあちこちで開かれ、


「――此度こたび大功たいこうに敬意を表し、ダフネス・フォン・ハイゼンベルクおよびホロウ・フォン・ハイゼンベルクに『龍玉章りゅうぎょくしょう』を授ける」


 王城おうじょう勲章くんしょうの授与式が行われ、


「――天喰討伐を祝して、乾杯ッ!」


 国中が幸せな祝賀ムードに包まれた。


 四災獣ワールドエネミーの恐怖から解放され、誰も彼もみな笑顔を浮かべている。

 まぁ天喰の討伐に失敗した場合、王国は『瓦礫がれきの山』と化していたし、王都を中心に避難命令が出ていたので、国民の喜びようは大袈裟なモノじゃない。


「――ダフネス様、ホロウ様、ありがとうございます!」


 もう一生分いっしょうぶんの感謝をもらったのではないか、そんな錯覚さっかくを覚えるほど、みんなからお礼を言われた。


(ボクはメインルートを進めるうえで、天喰そらぐいを倒しただけなんだけど……)


 たくさんの人達に感謝されて、悪い気はしないね。


 聖暦せいれき1015年7月7日。

 天喰討伐から一週間が経ったこの日、ハイゼンベルク家の屋敷で、晴れやかな『継承式』が開かれた。

 大勢の貴族たちがメインホールにつどう中、最奥の舞台に立ったボクは、父より正式に家督かとくゆずり受ける。


「――『第50代当主』ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、これより当家の全権がその手に握られる。祖先の遺した領地を守り、気高き誇りを胸に燃やし、さらなる栄誉を家名かめいもたらすのだ」


「その仰せ、確かにうけたまわりました。全身全霊を以って、この重責を果たす所存です」


 左脚を後ろに引き、右手を胸に当てて、慇懃いんぎんに頭を下げると、


「しかしまさか、これほど早く隠居することになろうとはな……。見事だホロウ、我が自慢のせがれよ」


 父は晴れやかな笑みを浮かべながら、ハイゼンベルクの家宝――『黒曜こくようの短剣』を差し出し、


「ありがとうございます」


 ボクは礼儀正しく頭を下げ、つつしんでそれを頂戴する。


 メインホールに大きな拍手が鳴り響く中、父と代わるようにして、母レイラが前に出る。


「ホロウ、強くて優しい子に育ったわね」


「母上の教えがあってのことです」


「ふふっ、お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいわ」


 母は『夜凪よなぎの指輪』を優しく摘まみ、ボクの右の人差し指にスッと通した。


「今後はハイゼンベルク公爵として、みんなを引っ張って行ってね?」


「はっ、精進しょうじんいたします」


 父と母が舞台上の座席に戻り、今度はオルヴィンさんがやってきた。


「坊ちゃま、本当に御立派になられましたな……。さっ、どうぞこちらをお持ちください」


「うむ」


 執事長から、『常闇とこやみ懐中時計かいちゅうどけい』を受け取る。


「オルヴィン、祖父から三代に渡る忠義、実に見事なモノだ。今後もよろしく頼むぞ」


「この命が尽きるそのときまで、お仕えさせていただきます」


 深々とお辞儀した彼が、静かに身を引くと――エインズワース家の当主と聖騎士協会の支部長が舞台に上がる。

 赤いドレスのニアと白いドレスのエリザは、優雅な所作で一礼し、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。


「まったく、母が・・すまないな・・・・・


 本来この二人は、普通の来賓らいひんだったんだけど……。


【――あっそうだ! せっかくだし、ニアちゃんとエリザちゃんにお願いしましょう!】


 母のよからぬ思い付きで、『新当主に花飾りを付ける役』として、急遽きゅうきょ指名されたのだ。


「うぅん、むしろ感謝しているわ」


「こんな大役、とても栄誉なことだ」


 ニアとエリザはそう言って、ボクの胸ポケットに薔薇ばらのコサージュを付けた。


「ふふっ、とてもかっこいいわよ」


「うむ、実によく似合っているぞ」


 二人は嬉しそうに微笑み、静かに舞台袖へ退しりぞいた。


『家宝の授与じゅよ』がつつがなく終了したところで、


(さて、そろそろ締め・・だね)


 ボクは舞台の前面ぜんめんに立ち、大勢の参列者へ向けて、『継承の誓い』を述べる。


「今この瞬間より私が、『第50代ハイゼンベルク家当主』ホロウ・フォン・ハイゼンベルクだ。栄誉ある家名に恥じぬよう、偉大なる祖先の誇りを汚さぬよう、己が責務を果たすことをここに誓う。そして――我が領地に住まう全ての民よ、諸君らにかつてない繁栄を約束しよう!」


 次の瞬間、メインホールが大喝采に包まれた。


「ホロウくん、おめでとうっ!」


 最前列にいる主人公が満面の笑みで拍手を送り、


「新当主就任、おめでとうございます」


 黒いドレスをまとった馬カスが声をあげ、


「ホロウくん、おめでとうございます!」


「ホロウ様、当主就任おめでとうございます!」


 天才魔法研究者のリンとセレスさんが手を振り、


「「「「「ホロウ様、おめでとうございます」」」」」


 システィさんをはじめとしたメイドたちが祝辞を述べる。


「新当主ホロウ様の門出かどで! なんとおめでたい日でしょうか!」


 ボクが殊更ことさらに目を掛けているトーマスきょうも、今やすっかりハイゼンベルク派閥に馴染んでいた。


 ちなみに窓の外では、ダイヤとルビーが控えている。

 二人の瞳は恐ろしいほど冷たく――ニアとエリザを睨み付けていた。


(……許せない。ボイド様の隣は、私の……私だけのポジションなのに……っ)


(私の方が先に好きだったのに……っ。ポッと出の『泥棒猫』がァ……ッ)


 ……うん、これはアレだね。

 仲間内なかまうちで殺し合いが起きないよう、後で注意しておいた方がよさそうだ。


 継承式が終わった後は、大勢の臣下を引き連れて、ハイゼンベルク領を練り歩く。

 ボクが新たな当主になったことを民に示す、『巡行じゅんこう』と呼ばれるモノだ。


「あっ、ホロウ様がいらっしゃったぞ!」


「ホロウ様、おめでとうございまーす!」


「新当主様、ばんざーい! ハイゼンベルク家、ばんざーいっ!」


 沿道えんどうに並ぶ領民たちから、祝福の声が飛び交う。

 ボクは軽く手をあげて、柔らかい笑顔でこたえた。


 ハイゼンベルク家は『極悪貴族』として、あらゆる場所で恐れられているけど……それはあくまで『外』に対しての話。

 守るべき領民に対しては、適度に優しくしないとね。


 そうしてボクは、隠居した父と母に見守られながら、ニア・エリザ・オルヴィンさんといった大勢の臣下を率いて、ハイゼンベルク領を歩き回るのだった。



『巡行の儀』とそれに続く『慶祝けいしゅくうたげ』が終わり、時刻は夜の9時。


「……ふぅ、疲れた……」


 自室に戻ったボクは、椅子にどっかりと腰掛け、グーッと体を伸ばす。


 この一週間、本当に忙しかった。

 天喰そらぐい討伐パレードに出て、勲章の授与式に参列して、継承式のリハをこなして……『息をつく暇もない』とは、まさにこのことだろう。


「でも……手に・・入れた・・・!」


 ボクは右手を黒い渦に突っ込み、ハイゼンベルクの家宝を机に並べる。


「……嗚呼あぁ、美しい……っ」


黒曜こくようの短剣』・『夜凪よなぎの指輪』・『常闇とこよみ懐中かいちゅう時計』、いずれもロンゾルキアに一つしかない『超々激レアアイテム』だ。


 ただジッと眺めているだけで、疲れなんか一瞬で吹き飛んでしまう。


「それにしても……いじゃったよ、ハイゼンベルク」


 この手に残るのは――『充実感』。

 9歳の原作ホロウに転生して早六年、ついにここまで来たのかという『達成感』だ。


「これで極悪貴族ハイゼンベルクの力は、ボクのモノになった!」


 今後はもう父におうかがいを立てることなく、自分の裁量さいりょうであらゆる決定を下すことができる。

 貴族との交渉も、豪商ごうしょうとの契約も、王族との密談も、全て思うがまま


 ボクは『圧倒的な自由』を手に入れたのだ!


 もちろん、それだけじゃない。


(四大貴族の当主という地位は、メインルートの攻略において、絶大な威力を発揮するッ!)


 しかもタイミングのいいことに、第五章の舞台はアルヴァラ帝国。


(あそこは『超』が付くほどの『貴族社会』だから、ハイゼンベルクの当主という地位を上手く使えば……ふふっ、面白いことがたくさんできるぞ!)


 帝国へ侵略――じゃなくて、観光へ行く前に『完璧で究極な攻略チャート』を作らなきゃ。


「ふふっ、最高の気分だ……!」


『愉快で素敵な未来予想図』に心を躍らせていると、不意に<交信コール>が入った。

 うつろの特殊諜報員シュガーからだ。


(夜分遅くに失礼いたします)


(どうしたの?)


(ボイド様の予想通り、目標ターゲットの内部に魔力反応が生まれました)


(おっ、ちょうどいいタイミングだね! すぐにそっちへ向かうから、引き続き監視を続けてもらえる? 大丈夫、すぐに暴れることはないからさ)


(はっ、承知しました)


交信コール>切断。


 漆黒のローブをまとい、ボイドの仮面を被り、<虚空渡り>を使った。


 ボクが飛んだのは、ライラック平原。

 激戦のあとが生々しく残り、雲間くもまより注ぐ月明かりが、天喰の遺体を淡く照らしている。


(それにしても、大きいなぁ……)


 死亡した四災獣を片目に収めつつ、うつろの特殊諜報員に声を掛ける。


「やぁシュガー、こんな時間までお疲れ様」


「ボイド様! 身に余る御言葉、光栄の至りです!」


 ボクがここへ足を運んだ理由は一つ――第四章の大ボス天喰そらぐいの回収だ。


「さて、と……」


 両の瞳に魔力を集め、天喰の体を凝視ぎょうし

 彼女・・外殻がいかくはボロボロだけど、その『核』はまだちゃんと生きている。


(――おっ、いたいた!)


 目標ターゲットを捕捉したボクは、


「よっ」


 ビー玉サイズの虚空玉を飛ばし、純白の巨体に『通り道』を開ける。


 その直後、


「――あっ、『虚空』だ!」


 小動物ちっくな可愛らしい声が響き、


「ぷはぁ」


 天喰の遺骸いがいから、手乗りサイズの白いヒグマが飛び出した。


「やぁ、元気そうだね――ソラグマ・・・・

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