第29話:さようなら

 天喰そらぐいとの戦いは、熾烈しれつを極めた。


「ぬぉおおおおおおおおおおお……!」


 ダフネスが<虚飾>の魔力をまとった拳で、超高速連打ラッシュを叩き込み、


「「「「「獄炎ヘル・フレイム!」」」」」


「「「「「風の斬撃!」」」」」


「「「「「雷撃!」」」」」


 魔法士部隊が『数の利』を活かした、圧倒的な物量で攻め立て、


「ギィイイイイイイイイイイイイッ!」


 天喰が反撃として放った『呪いの重力弾じゅうりょくだん』は、


「『パターンオメガ』だ」


 ホロウの適確な指示により、


「「「「「――<風の防壁ウィンド・ウォール>!」」」」」


 完璧なタイミングで防がれた。


 王国軍が優勢に進める中――天喰そらぐいのエラが開き、大きな口からよだれが落ちる。


(来た、『疲労モーション』だ)


 これより五秒間、天喰は攻撃・防御・回避のできない『不動状態』となる。


『主人公抹殺計画』を成し遂げる最大の好機を前にして、


「……っ」


 ホロウは躊躇ちゅうちょした。


 脳裏をよぎるのは、アレンとの記憶。


【ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、キミに序列戦を申し込む】


【ねぇホロウくん、次の選択授業って同じ『魔法史A』だったよね? 一緒に行こうよ!】


【ホロウくんって、いつもお昼一人だよね? もしよかったら、一緒に食べてもいい?】


【ボクは――ホロウくんに憧れているんだ】


【ホロウくんは、ボクに初めてできた『大切な友達』だから】


 思い出がかせとなり、平時の無駄のない思考に迷いが生まれる。


 それは優しさを超えた甘さ、戦場における不純物。


 本人も気付いていない、デバフを除いた『唯一の弱点』。


(……ブレるな、やり通せ……っ)


 ホロウは自分の心に鞭を打ち、<交信コール>を飛ばした。


(――ルビー・・・撃て・・


(はっ)


 遥か彼方かなたに控える臣下が、超々遠距離から固有魔法を解き放つ。


「――<龍王の殲弾ドラゴン・バレット>」


 凝縮ぎょうしゅくされた貫通性の紅焔こうえんが、天喰を側面から打ち抜いた。


「ヲォオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!?」


 疲労モーション中に痛烈な一撃を受け、山のような巨体がグラリと揺れる。


 頭からさかさまに落ちていく天喰そらぐい

 その真下には――アレンの所属する遊撃小隊。

 彼らは戦闘が始まってからずっと、この座標で静かに待機していた。

 無論、ホロウの指示を受けて。


「「「なっ!?」」」


 頭上より迫る天喰。

 突然の事故イレギュラーに対し、小隊の面々は呆然と空を見上げる。


 ホロウはその光景を見ながら、静かに思考を回した。


(……勇者因子の覚醒条件は二つ、『規定量の経験値』と『激しい情動の揺れ』)


 前者は既に満たされているため、問題となるのは後者だ。


(どんな種類の情動が引き金トリガーになるかは、『混沌カオスシステム』のはじき出した乱数によって決まり、ボクはもちろんのこと勇者本人でさえ知らない……)


 だが、ホロウはこれまでの環境要因から、ある程度の『絞り込み』に成功していた。


(アレンの鍵となる情動は――『負の感情』だ)


 主人公が初めて覚醒を遂げたのは、第三章の最終盤。

 ラグナの襲撃を受けて、絶体絶命の窮地に花開いた。


 ホロウはこの一件から、情動の引き金が負の感情だとにらむ。

 そして彼には『原作知識』があり、勇者たちの『とある秘密』を知っていた。


(勇者因子は、何もすぐに覚醒するわけじゃない。『情動の起こり』・『情動のうねり』・『情動の発露はつろ』、所謂いわゆる『情動の三ステップ』が必要だ)


 前回の覚醒を見れば、この設定が生きていると判断できる。


 ①アレンは天使型召喚獣の攻撃を受けて、負の感情を抱くと同時に『覚醒の兆候』を見せた(情動の起こり)。

 ②その後、絶望的な状況が続き、負の感情が醸成じょうせいされていく(情動のうねり)。

 ③ラグナの放った最後の攻撃によって、勇者因子が覚醒(情動の発露)。


 ①②③と綺麗に三ステップを踏んでいるのだ。


 ここまでの情報を基に、ホロウは『主人公抹殺計画』を立てる。


(アレンを覚醒させずにほふる方法は――『情動の三ステップ』を踏ませないよう、『突発的な不慮の事故』で始末する、やはりこれだろう)


 自分が完璧な指揮を執り、天喰そらぐいとの戦いを有利に進める。

 その間、アレンの遊撃小隊を安全地帯で待機させ、ありとあらゆる危険から遠ざけておく。

 ダフネスと魔法士部隊で削りを入れ、天喰が疲労モーションに入った瞬間、ルビーの固有魔法でその側面を超々遠距離射撃。

 何も知らないアレンのもとへ天喰を落とし、情動の三ステップを踏む間もなく、一瞬にして始末する。


 これが計画の全容ぜんようだ。


 天喰の巨躯きょくが落ちる中、ホロウは小さく息を吐く。


(これで全てが終わる)


 悪役貴族と主人公の因縁が。

 遥か原初の時代より続く、厄災ゼノと初代勇者の戦いが。


(まぁ……嫌いじゃなかったよ。多分、友達だった。この世界でできた、初めての『親友』)


 ホロウは指揮官席から立ち上がり、天喰の落下ポイントをながろす。


 本当は目をそむけたかったけれど、それは無責任だと思った。

 自分が奪う命の最期は、きっちり見届けるべきだ、と。


(キミにはいろいろと困らされたけど……。なんかんだ言って、けっこう楽しかったよ)


 ホロウは目頭めがしらにギュッと力を込め、にじむ水滴を無理矢理に引っ込めた。


(……それ・・は駄目だ)


 極悪貴族として、原作ホロウの設定は遵守じゅんしゅしなくちゃいけない。

 そうじゃなければ――自分の芯がブレては、主人公に申し訳が立たない。


(さようなら、アレン。この先の人生、ボクはキミの命を背負って――)


 ホロウが宿敵へ別れの言葉を贈ったそのとき、


「――はっ?」


『神聖な大魔力』が噴き上がる。


 煌々こうこうと輝くそれは――『勇者の覚醒』だ。


「……な、ぜ……?」


 口をいたのは、純粋な疑問。


(あ、あり得ない……っ)


 確かに揺れたところはあった。

 そこは自分も認めるところだ。

 しかし、心を鬼にして、全ての道を潰した。

 勇者が生き残る可能性はゼロ、完璧な『主人公抹殺計画』を立てた――はず。


「――ありがとう、ホロウくん、ボクを・・・信じて・・・くれたん・・・・だよね・・・?」


 純粋無垢なアレンは、確信ごかいしていた。


 この大舞台で、ホロウが自分に任せてくれたと。


 弱った天喰そらぐいに追撃を仕掛ける、そんな『大役』をたくしてくれたのだと。


(その証拠に、『彼』は今も見てくれているっ! 真っ直ぐな眼でボクを――「お前ならばできるだろう?」と、熱い視線を送ってくれているッ!)


 友達からの期待が、たまらなく嬉しかった。

 その信頼になんとしてもこたえねばと、強い使命感に駆られた。


(おいおいおい、『ご都合主義』も大概にしろよ!? 原作の設定は、『情動の三ステップ』はどうしたッ!? ボクの采配は完璧、ここまでの被害はゼロ! アレンが『負の感情』を抱くことはなかったはず! それなのに……いったい何が起きているんだ!?)


 アレンの鍵となる情動は――『憧憬どうけい』、最も強い『正の感情』だ。


 前回の覚醒、そのきっかけとなったのは、ラグナの脅威に晒されたことではない。

 原因はホロウ・フォン・ハイゼンベルク、彼が・・あまり・・・優秀・・過ぎた・・・からだ・・・


 大量の召喚獣から全校生徒を守り、強力な結界の解除を指示して、ラグナ・ラインを圧倒する。

 その英雄然えいゆうぜんとした在り方に憧れ、打たれ、魅せられ――覚醒した。


 そして今回、ホロウが披露した天才的な采配の数々。

 これを安全地帯とくとうせきで見ていたアレンは、


【凄い……っ。やっぱりホロウくんは凄いや……!】


 くるおしいほどの憧憬どうけいを燃やし、その思いが『最高潮』へ達したのだ。


(今はまだ遠く及ばない。でもいつの日か、キミと肩を並べたい!)


 主人公は微笑み、


(ま、待て……やめろ、ふざけるなっ! こんなことがあっていいはずないだろうッ!?)


 悪役貴族が顔を引きらせる中、


「ハァアアアアアアアアアアアア!」


 勇者の力をみなぎらせたアレンは、『進化した固有』を解き放つ。


「――<物理反射アタック・カウンター>ッ!」


 刹那せつな、天喰の巨体が天高く跳ね上げられ、


(こ、の……クソ勇者がぁああああああああああああッ!)


 極悪貴族による魂の大絶叫が、ボイドタウン全域に轟いた。


物理反射アタック・カウンター>は、あらゆる物理現象を二倍に増幅して跳ね返す。

零相殺ゼロ・カウンター>・<魔法反射マジック・カウンター>に続く、勇者の固有魔法だ。


(ぐっ、やられた……っ)


 驚愕と憤怒に揺れるホロウだが――よくよく見れば、その顔に悔しさの色はない。

『主人公抹殺計画』が失敗したにもかかわらず、むしろ晴れやかな笑みを浮かべている。

 平時の無駄のない思考を取り戻した彼は、すぐさま最適な指示を出す。


「――全魔法士部隊に告ぐ、天喰へ向けて一斉掃射!」


 次の瞬間、大量の魔法がちゅういろどり、


「グォオオオオオオオオオオオオ……ッ」


 まるで地鳴りのような悲鳴が響いた。


「おいこれ、効いてるぞ……!」


「す、凄ぇ、完璧な作戦だ……っ」


「行ける……行けるぞ! ホロウ様の指示があれば、あの天喰そらぐいに勝てるッ!」


 王国軍がつ中、ホロウは決意を固める。


(勇者因子がさらなる覚醒を遂げた今、アレンに余計な経験値を与えるわけにはいかない。プランCからFを破棄し――『最短最速』で天喰そらぐいを討つ!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る