第27話:親友コース

 ボクは計画通り、セレスさんと<契約コントラ>を結んで、天才研究者ケルビー母娘おやこを落とした。


(ふふっ、完璧だ!)


 望みのモノは、全て手に入った。

 後はいつものように『家族』を増やそう。

 労働力なんて、いくらあっても困らないからね。


「――さぁ、『選手交代』だ」


 ボクが一歩前に踏み出すと、


「ぐっ――<火焔球>!」


「近寄るな――<水精の槍>!」


「死にさらせ――<雷鎚>!」


 大魔教団の戦闘員たちは、口々に攻撃魔法を唱えた。


 しかし……それらは全て、虚空に呑まれて消える。


「こ、これがボイドの<虚空憑依こくうひょうい>……っ」


「あらゆる攻撃を無力化する、全方位の絶対防御……ッ」


「くそがっ! こんな化物、どうやって戦えばいいんだよ!?」


 恐慌きょうこう状態の敵さん十人をまとめて『ヌポン』すると、


「「「……ッ!?」」」


 他の戦闘員が、驚愕に息を呑んだ。

 無理もない、目の前で仲間がごっそりと消えたんだからね。


「な、何をやっているんだ! 攻撃の手を緩めるんじゃないよッ!」


 ゴドリーが命令を飛ばし、


「「「「「は、はいっ!」」」」」


 戦闘員たちはそれに従う。


 彼らが必死に『魔法の弾幕』を張る中、


「ぐ、ぐぐぐ……っ(ムカつく話だが、やはりボイドは『格』が違う、『幹部』じゃなきゃ相手にもならない。畜生、こんなところで死んでたまるか……ッ)」


 指揮官のゴドリーは――回れ右をして走り出した。


(知っているよ。性根の腐ったキミなら、きっとそうするよね)


 自分が有利なときだけ前に出るくせ、ひとたび不利になれば、尻尾を巻いて逃げ出す。

 部下も仲間も家族も捨てて、自分の命を守りに入る。

 ゴドリー・ベルンは、そういう卑怯な男だ。


「――<障壁ウォール>」


 巨大な壁を展開し、逃げ道を塞いでやった。


「なっ!?」


 呆然と立ち尽くす彼へ、優しく声を掛ける。


「さて、残りはお前一人だ」


「ば、馬鹿な……っ(大魔教団の戦闘員が、100人の魔法士たちが、こんな一瞬で……!?)」


「くくっ、そう怯えてくれるな。俺達はもう家族じゃないか」


 ボクが手を伸ばすと同時、ゴドリーは大声で叫んだ。


「ま、待ってくれボイド! キミの虚空はあまりにも強過ぎる! そんなのは反則チート、卑怯だよ! 正々堂々、僕と『男らしい勝負』を――」


 そのとき、背後の・・・シュガーが・・・・・ぶち切れた・・・・・


「――貴様のような愚物が、偉大なるボイド様に『卑怯』、だと?」


 凍てつく殺気が空間を侵食し、


「ひ、ひぃ……っ」


 ゴドリーが情けない声をあげた。


「シュガー、落ち着け」


「……はっ!? し、失礼しましたッ!」


 彼女は深々と頭を下げ、すぐに後ろへ下がる。


(……うーん……)


 最近、ちょっと気になっていることがある。 


うちの子たち、なんか日に日に重くなってない?)


 もしかしたら、超重量級ダイヤの悪い影響を受けているのかも……。

 これは一度、真剣に調査する必要がありそうだ。


 閑話休題かんわきゅうだい、本題へ戻ろう。


「魔法省第三研究室室長ゴドリー・ベルン、お前の言う男らしい・・・・勝負・・とは、いったいどういうものなんだ?」


「そ、それはもちろん――魔法や魔力を使わない、シンプルな殴り合いさ!」


 彼はそう言って、のろいパンチをシュッシュッと披露した。

 本当はもっと鋭いのを打てる癖に、わざと下手なフリをしているね。


(ほんと、原作通りだ)


 ゴドリーは息を吐くように嘘をつき、ほんの少しでも有利な条件で、『自分の土俵』で戦おうとする。

 こういう汚くて小癪こしゃくな男には、しっかりわからせないとね。


「いいだろう。虚空は使わず、純粋に殴り合おう」


<虚空憑依>を切り、ゴドリーの正面に立つ。


「さぁ、男らしい戦いを始めようじゃないか」


「ありがとうボイド――キミが馬鹿で助かったよ」


 ゴドリーが満面の笑みを浮かべたその瞬間、彼の右腕が異様なほどに膨張する。

 精鋭級エリートクラスの固有<剛筋ごうきん>、自身の腕力を十倍に跳ね上げる強化系の魔法だ。


「死ねェ゛!」


 全身全霊の一撃ふいうちが、ボクの腹部を撃ち抜いた。


「……」


「……」


 刹那せつなの沈黙を経て、


「ぁ、ぐ、がぁああああああああ……!?」


 ゴドリーが壮絶な悲鳴をあげる。


「う、腕が……僕の……僕の腕、が……ッ」


 彼はボロボロと大粒の涙を流しながら、『グチャグチャにひしゃげた右腕』を見つめる。


「くくっ、なるほどなるほど……これが『男らしい悲鳴』というやつか。いやはや、勉強させてもらったよ」


 ボクの腹筋シックスパックを舐めてもらっちゃ困る。

 腹部には大事な臓器がたくさん詰まっているから、ここは徹底的に鍛え抜いた。

 たとえ魔力強化なしの自然ナチュラルな状態であっても、英雄級エピッククラス以下の陳腐ちんぷな攻撃は、完全に無力化できるのだ。


「さて、次はこちらの番だな」


「ひ、ひぃっ!?」


 ゴドリーが逃げ出すよりも早く、鳩尾みぞおちを軽くトンと殴った。


 その結果、


「ご、プァ……ッ!?」


 小麦色の巨体は、音速を超えた。

 ボクの展開した<障壁ウォール>を突き破り、研究所の壁を何枚もぶち抜いて、遥か遠方まで吹き飛んで行く。


「まったく、口ほどにもないな」


<虚空憑依>を再び起動し、ゴドリーのもとへ向かうと、


「ん……?」


 その途中で、瀕死の少女を発見した。

 実験室のような場所で、両手両足を縛られており、首元には赤黒いあざが――『不浄の紋章』が浮かんでいる。

 どうやらこの子は、英雄の子孫らしい。


(しかし……これ・・は酷いな)


 少女の顔と体には、痛々しい『打撲痕』が、いくつも浮かんでいる。

 誰がこんなことをしたのか、えて語るまでもない。


(ゴドリー・ベルン、かなり胸糞悪いキャラだね……)


 ボクが不快感を覚えていると、


「だ、誰……です、か……?」


 少女は割れた唇を動かし、恐怖に染まった視線を向ける。


「俺はキミの味方だ。もう大丈夫、今までよく頑張ったな」


 回復魔法で傷を治し、不浄の紋章を消してあげる。


「……う、うそ……っ」


 少女は感涙かんるいむせび、何度も何度も感謝の言葉を述べた。

 ボクは「気にするな」と優しく伝え、足元に転がっていた拷問用のナイフを渡す。


「せっかくの機会だ、自らの手で復讐を果たすといい」


「……復、讐……っ」


 少女の視線の先には、無様に転がったゴドリーの姿がある。


「ま……待ってくれ! 僕が……僕が悪かった! でも、仕方なかったんだよ! 『上』の命令で、脅されていたんだ! 嘘じゃない! 本当はこんなことやりたくなかった! お願いだっ! 信じておくれよッ!」


 嘘八百を並べるゴドリーのもとへ、憎悪に駆られた少女がゆっくりと進む。


 彼女は無言のままにナイフを振り上げ、


「ひ、ひぃいいいい……ッ」


 ゴドリーを見下ろした状態で、ピタリと固まった。


 それから何を思ったのか、ナイフをゆっくりと下ろし、クルリときびすを返す。


「何故やめる?」


「……こんな奴、殺す価値もない、と思いました」


「そうか、優しい子だ」


 少女の頭にポンと手を置く。

 この子は多分、諜報員向きだね。

 とても優しい子だから、戦闘員には向いてない。


「はぁ、はぁ……(た、助かった……っ)」


 ホッと安堵の息をつくゴドリー。


 でも残念、キミは今から『地獄行き』だ。


「可哀想に、お前は本当に運のない男だな。あの子に・・・・殺して・・・もらえれば・・・・・いったい・・・・どれほど・・・・楽だったか・・・・・……」


「ど、どういう意味だぃ……?」


「俺は彼女と違って優しくない。『罪には罰』を、だ」


 漆黒の渦が、ゴドリーの体を包み込んで行く。


「い、嫌だ……死にたくない……っ。頼むボイド、殺さないでくれ……ッ」


「案ずるな、殺しはしない。むしろこちらからお願いしよう、簡単に・・・死んで・・・くれる・・・なよ・・?」


「……えっ?」


 ヌポン。


 ゴドリーが虚空に呑まれた後、すぐに<交信コール>を飛ばす。


(ゾーヴァ、ちょっといい?)


(はっ、如何いかがなされましたか?)


(今そっちにゴドリーっていう、ガタイのいい男を送ったんだけど……。彼、ちょっと心が汚いから、『仲良しの家』に入れてほしいんだよね)


(かしこまりました。『メニュー』はどうなさいますか?)


 うーん、そうだね……。

 ゴドリーはかなりの胸糞キャラだったし、ここはちょっとキツメのメニューで行こうかな。


(『親友コース』を『48時間』で)


(し、親友コースを……48時間も……!? 御言葉ですがボイド様、そんなことをすれば、廃人になってしまうかと……っ)


(大丈夫大丈夫。ルビーが担当するわけじゃないし、ゴドリーは一応『中ボス』だからね。ギリギリ耐える……はず。もし壊れちゃったら、またそのときに考えるよ)


(しょ、承知しました……(やはりこの御方は恐ろしい。優しい顔の裏に、氷のような『冷酷さ』と『残酷さ』を秘めている……ッ))


交信コール>切断。


 さて、これでゴドリーの始末は完了した。

 後は今回のイベントの『クリア報酬』――天才研究者ケルビー母娘おやこをいただくとしようっ!

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