第23話:修業
今日から一か月間、放課後の空き時間を利用して、ニアに修業を付けることになった。
ちなみにこの一か月という期間設定には、ちゃんとした理由がある。
(ニアの体が完成し、ゾーヴァとの戦いに挑むのは、確か一か月後だったはず……)
一応、ボクなりに気を利かせて、向こうの事情に配慮した形だ。
それからボクとニアは、化学準備室から校庭の一角へ場所を移した。
レドリック魔法学校の敷地はとんでもなく広いため、校庭の隅っこに行けば、まぁほとんど人の目はない。
「――さて、自分でも理解しているとは思うが、<原初の炎>の強みは圧倒的な『火力』だ。これを最大限に生かすため、最初の一週間は死ぬ気で『魔力量』を増やしてもらう」
この世界にレベルアップやスキルポイントという概念は存在しない。
その代わりにあるのが『練度』だ。
なんらかの修業をすることによって、この練度が高まり――ステータスが上昇する。
こういう風に表現すれば、『努力が必ず実を結ぶ優しい世界』に思えるけど、決してそういうわけじゃない。
当然ながら、個々人によって『伸びの差』がある。
平たく言えば、『才能』や『適性』と呼ばれるアレだ。
剣術の才能に恵まれなかった人が、100回素振りをした場合……素振りした回数『100』×本人の才能補正『0.01』=ステータス上昇量『1』となる。
つまり、ほとんど
各人の適性に合ったものでなければ、いくら努力しても時間の無駄になってしまうのだ。
(原作ニアは、魔法攻撃に特化した重火力キャラ)
成長の方向性として、魔法攻撃の源となる魔力量を伸ばすのは、理に
「ねぇホロウ、修業に使える時間はたった一か月しかないのに……魔力量ってそんな短期間で増えるものなの?」
「普通なら無理だ。しかし、俺の考案した『特別な修業法』なら――たった一週間で魔力量は増える」
……うーん、なんか胡散臭い広告みたいになっちゃった。
「た、たった一週間で!? 凄い、どんな修業法なの!? 是非、教えてちょうだいっ!」
ニアは子どものようにキラキラと目を輝かせ、身を乗り出して迫ってきた。
(……いやキミ、さすがにチョロ過ぎだよ……)
もしも彼女が現実の日本にいたら、きっとあの手この手で騙されて、可哀想な目に遭うこと間違いなしだ。
ボクはそんなことを思いながら、いつも携帯している小型ポーションを取り出した。
「俺の課す修業は、非常にシンプルだ。まずは魔力を全開で放出し続け、限界が来たらこのポーションを飲んで回復し、再び最初に戻る。ひたすらこれを繰り返せ」
「そ、それって……もしかしなくても、死ぬほどキツイんじゃ……?」
ニアの顔が見る見るうちに青くなる。
結論から言うと……まぁキツイね。
これはボクが自分の魔力を増やす際、実際にやった修業と全く同じモノだ。
魔力量を増加させるため、いろいろな修業をしてきたけれど、結局このやり方が一番効率的だと思う。
「確かに過酷な修業だが……。はて、お前の
ニアは一瞬ハッとした表情となり、その瞳に強い決意が宿った。
「……やるわ。たとえどんなに苦しい修業でも、強くなれるのなら、なんだってする!」
「よし、それでは始めろ」
「はいっ!」
彼女はとてもいい返事をし、魔力を全開に解き放った。
その間ボクは手空きになるが……当然、ボーッとしているわけじゃない。
こっちにはこっちで、やらなければならないことが山積みだ。
(えーっと、まずは『これ』を出して、魔力で浮かして……よし、
五分後、
「ねぇホロウ……一つ、聞いてもいいかしら?」
「なんだ」
「私の上で回っている『アレ』……いったいなんの意味があるの?」
ニアの頭上では、大きなタービンがゴォンゴォンとゆっくり回っている。
彼女の魔法因子は火属性。
今みたく大量の魔力を解放すれば、自然と灼熱の炎を
「これは火力発電の調整だ」
「か、かりょくはつでん……?」
「まぁ気にするな、こっちの話だ」
この世界に『雷』という現象は存在するが、『電気』というエネルギーの概念はない。
(原作ロンゾルキアには、『魔力』という不思議な力や『魔石』という特殊な鉱物が存在するため、現実世界とはまったく異なる文明が発展している……)
魔力はとても便利な力だ。
体に流せば
ただ、電気もまた非常に便利な力だということを、日本で生活していたボクは知っている。
(実はここだけの話……ボイドタウンを『第二の東京』にできたらなと思っている)
いやまぁ、さすがに本気じゃないよ?
いくらなんでも、東京と同レベルの文明をそんなホイホイと築けるわけがない。そんなことはちゃんと理解している。
あくまで目標の話、理想は高くってね。
(とりあえず、火属性の魔法を利用すれば、タービンはちゃんと回せそうだな……。よし、火力発電の件は、例の如くグラードに投げておくとしよう)
ボイドタウンの初期メンバー――盗賊団のボスグラードは、元魔法省勤めということもあって頭がいい。
ボクが日本の知識から原案を作り、それをグラードに丸投げしておけば、いい感じに纏めてくれる。
(もっとボクが街作りに参加できたら、ボイドタウンの発展もさらに進むんだろうけど……)
残念ながら、ボイドタウンの開発はあくまで『サブミッション』。
ボクが心血を注ぐべきは、『メインルートの攻略』だ。
『サブ』にかまけるあまり、『本線』の攻略に失敗したんじゃ、笑い話にもならない。
(『日本の知識』のようなボクだけしか担当できないところは手を出しつつ、それ以外のところは他の人の手を借りないとね)
ワンマン体制には、いずれ限界が来る。
ちゃんと分業を意識することは大切だ。
とりあえず、火力発電の実験には、たくさんの火が必要っぽいから……。近々また夜の街をぶらついて、火の因子を持つ犯罪者を拉致――じゃなくて、誘致するとしよう。
(後は……そうだな。やっぱり主人公の動向が気になる……)
ボクが修業を付けることで、アレンとニアの接触は断たれた。
これ自体はとても素晴らしいことなんだけど……。
(ボクがニアに付きっ切りとなっているとき、どうしてもアレンをフリーにさせてしまう……)
メインルートの進行上、この期間はそんなに大きなイベントはなかった。
軽めのサブイベントはポツポツあったが……どれも本当に小粒だ。
主人公の大幅なレベルアップに繋がるような、『絶対に潰さなきゃいけないモノ』はない。
だから、きっと大丈夫。
『主人公モブ化計画』は順調に進んでいる……と思うんだけど……。
(……駄目だ、やっぱり気になるものは気になる……っ)
集中しているときはいいんだけど、ふと気が抜けたときに考えてしまう。
主人公、大丈夫かな?
また何か変なことに巻き込まれてないかな?
ちょっと目を離した隙に、覚醒なんかしてないよね?
そんな考えが脳裏を
(前みたいに付き
いつもボクの心を惑わせる存在、主人公という生き物は本当に厄介だ。
(……よし、決めたぞ)
ひとまずこの一か月の間だけ、アレンに監視役を付けるとしよう。
(ダイヤ……は忙しいから絶対に無理。他の『
うーん、難しいな。
(口が堅くて責任感があって諜報活動ができて、ボクのお願いを聞いてくれそうな人……あっ)
一人、ぴったり条件に当てはまる人を見つけた。
思い立ったが吉日、すぐに声を掛けてみるとしよう。
ボクは<
(――あっ、シュガー? ボクボク、ボイドなんだけど)
シュガーは
この前ちょっとした縁があって、一緒に仕事をこなした仲である。
(ぼ、ぼぼぼ、ボイド様ぁッ!?)
よほど動揺しているのか、シュガーの<交信>は拡散設定になっており、周囲の音が念波となって伝わってきた。
(ボイド様から直々の<
(シュガー様、いったいどういうことなんですか!?)
(う、羨まし過ぎる……ッ)
ノイズが多くてあまりよく聞こえないけど……どうやら虚の面々と一緒にいるっぽい。
(いきなりごめんね。今、大丈夫?)
(もちろんです。ボイド様より優先すべきことなどございません)
(あっ、うん……ありがと)
虚のメンバーって、みんなちょっと重いんだよね。
その中でも特にダイヤは別格、あれは『スーパーヘビー級』だ。
(実はちょっとシュガーにお願いしたいことがあってさ)
(なんなりとお申し付けください)
(一か月だけ、『とある人間』を監視してほしいんだ)
(はっ、承知しました)
(ありがとう、とても助かるよ。詳しいことは、明日の定時報告の後に伝えるから、それじゃまた)
(はい、失礼いたします)
ボクが<
(しゅ……シュガー様、一人だけズルいですよぉ!)
(その勝ち誇った顔はなんですか! ムカつくので今すぐやめてください!)
(くっ……私達も何か功績を立てなければ……っ)
(ボイド様からの念話……羨ま゛し゛い゛……っ)
なんか向こうから、楽し気な念波がたくさん飛んで来たけど……多分ボクへ向けたものじゃないだろう。
(思いがけず作ることになった
ボクはブラック企業が大嫌いだから、虚にはホワイトな組織であってほしいと思っているし、ダイヤにもそのように伝えている。
ここで言うホワイトというのは、何も福利厚生の面だけじゃない。
人間関係とか風通しのよさとか、そういう数字には現れないところも含めてだ。
ボクが見る限り、虚はとてもクリーンでホワイトな組織になっている。
(虚の構成員たちは全員、不浄の紋章に苦しめられ、人間社会に迫害された。そんな暗い過去を持つ彼女たちが、みんなでワイワイと楽しい時間を過ごしてくれているのは――とても嬉しい)
そんな風に今後の予定を考えたり、主人公対策を練ったり、
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
ニアの呼吸が荒くなってきた。
(ん、そろそろ限界か……?)
およそ十秒後、全魔力を使い果たした彼女は、立ったままフッと意識を失った。
まるで糸が切れたように体の力が抜け、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。
「っと」
ボクは一足で距離を詰め、ニアが頭を打たぬようにその体を優しく抱き留めた。
(魔力を解放し始めてから、十分ちょいってところかな……? うーん、ちょっと短いなぁ……っ)
ちなみに、ボクの記録は十二時間三十分。
ただこれは魔力切れになったのではなく、お腹が空いた&純粋に飽きたので、ストップしただけ。つまりは『参考記録』のようなものだ。
(でも、さすがはヒロイン、いい根性をしているね)
ニアが意識を失った理由は、重度の魔力欠乏による失神。
普通、自分が気絶するほどの魔力を放出することなんて出来ない。
人間どこかで、理性という『ストッパー』が掛かるからね。
でも彼女は、それを越えた。
自分の
こういう芯の強いところは、間違いなくニアの美点だ。
(どれどれ……)
汗でしっとりと濡れた彼女の胸部をジッと見つめる。
(おっ、いい感じだね)
たった一回、魔力をフルに使い果たしただけで、ニアの魔力量は増加していた。
ボクの予想した通り、この修業は彼女にぴったりのようだ。
(まぁそれでも、『
ぼんやりそんなことを考えていると、
「ん、うぅん……」
早くもニアが目を覚ました。
「お目覚めか」
「あれ……? 私、どうし、て……~~っ!?」
何故か
「な、なんでそんなに近いのよ!?」
「何をそんなに恥ずかしがっているんだ?」
「だ、だって……私、その……汗とか掻いちゃってるし……」
彼女は両手を自分の胸に当てながら、右へ左へと視線を泳がせる。
「汗……? あぁ気にするな。お前は体臭のキツイ方じゃない。むしろ甘ったるいぐらいだ」
ボクが客観的な事実を淡々と述べると、
「~~ッ」
ニアの顔が今度こそ真っ赤に染まった。
「さ、最っっっ低……! あなた、強くなることだけじゃなくて、もうちょっとデリカシーってものを学んだ方がいいわ!」
「何を言う。俺はこう見えて、けっこう紳士――」
「――紳士は女の子に体臭の話をしない!」
「えっ……。そう、なのか……?」
「そうよ!」
極めて紳士的なフォローを行ったつもりだったのだが、どうやら少し外してしまっていたらしい。
……女心って難しいね。
「さて、一回目の修業が終わったが……気分はどうだ?」
「どうって言われても……。めちゃくちゃしんどいし、そんなに魔力量が増えた感じはしないわ」
まぁ魔力量が増えたと言っても、だいたい『3%』だからね。
本人が違いを感じられるのは、おそらく『10%』を越えたぐらいからだろう。
とにかく、こういうのは地道な積み重ねが大切だ。
引き続き、どんどんやっていこう。
「ほらポーションだ。それを飲んで少し休憩、半分ほど魔力が回復したら、もう一度最初から始めるぞ」
「えぇ、わかったわ」
ニアはポーション瓶の蓋を開け、中身をゴクゴクと飲み干した。
「さて、休憩中は暇だろう。この時間を利用して、魔力操作の修業をするぞ」
「きゅ、休憩中は休憩するものじゃないの……?」
「何を寝ぼけたことを言っている、それでは本当の休憩になってしまうだろうが……。強くなりたいのなら、休憩時間も修業に使え」
「うぅ……鬼・悪魔・ホロウ……っ」
「俺の名は悪口ではない」
それから一週間、ボクはニアの修業を見続けた。
「ちょっと、私の火でお芋を焼かないでよ!」
「別にいいだろう。減るものでもあるまいし……ほら、焼けたぞ」
「……おいしぃ」
二人で一緒に焼きいもを食べたり、
「私って気絶した後、どこにも頭をぶつけていないような……?」
「心配するな。俺がその都度、抱いてやってるからな」
「……あなた、それ絶対にわざと言ってるわよね?」
「何がだ?」
微妙に噛み合わない話をしたり、
「ねぇ、ホロウってどうしてそんなに物知りなの?」
「詮索はなしだ」
「……ケチ」
そんなこんなをしていると、あっという間に一週間が過ぎた。
「さて、どのくらい魔力量が増えたか見てやろう。準備はいいな?」
「えぇ」
コクリと頷いたニアは、ゆっくりと目を閉じ、意識を集中させ――一気に魔力を解き放つ。
「ハァッ!」
その瞬間、灼熱の
「ほぅ、見違えたじゃないか」
「す、凄い……っ。これが本当に……私の魔力……!?」
たった一週間という極めて短い期間で、ニアの魔力量はなんと2倍以上に急増していた。
(前はどれだけ修業をしても、全然成長した感じがなくて、ずっと行き詰っていたのに……悔しいけど、やっぱりホロウは凄い! 彼の言う通りに修業していたら、本当にゾーヴァに勝てるかもしれない……!)
……嬉しそうだな、ニア。
彼女の曇った顔は、確かにそそるモノがある。
それはボクも認めるところだけど……。
個人的にはやっぱり、こういう嬉しそうな笑顔が素敵だと思う。
「ふふっ。今の私なら、ホロウにだって勝てるかも……!」
「ははっ、面白い冗談だ」
ボクは
その瞬間、おどろおどろしい魔力が吹き荒れ、
原作ホロウの腐った内面を具現化した、恐ろしく邪悪な魔力だ。
(……あっ、無理だ。やっぱりホロウには勝てない……っ。あまりにも、
ボクの魔力を目にしたニアは、顔を真っ青に染め、その場でペタンと腰を落とす。
これ以上やると悪影響になるかもしれないので、ちょっとした冗談はほどほどに、魔力の栓をギュッと締めた。
「さて、くだらん雑談はここまでだ。さっさと次の修業を始めるぞ」
「……はぃ」
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