第11話:ガルザック地下監獄

 クライン王国には現在、『大魔教団』という国際犯罪組織の一派が潜伏している。

 彼らは魔法省の内通者うらぎりものを通じて、魔法目録アルカナの情報を閲覧し、希少な因子を持つ魔法士たちをさらっていた。


(原作ホロウも、いくつかのルートで大魔教団に拉致され、『虚空摘出End』に入ってしまう……)


 ボクはそれを避けるため、フィオナさんに根回しして、自分の固有魔法を<虚空>ではなく<屈折>と申請したのだ。


 閑話休題。


 大魔教団クライン王国支部の面々は今夜、『ガルザック地下監獄』を襲撃し、そこに安置された『魔王の因子』を強奪する。


(別に放っておいても、すぐにどうこうなるものじゃないけど……)


 大魔教団はメインルートにおける大ボスの一つ。

 彼らが力を付け過ぎると厄介だし、先々のことも考えて、ちょっと『削り』を入れておきたい。


 っというわけで、やってきましたガルザック地下監獄。

 ここはクライン王国の中でも、特にセキュリティが固く、一般人は近付くことさえ許されない。


 しかし、そこは四大貴族ハイゼンベルク家。


「ホロウ様ですね? ハイゼンベルクきょうより、お話はうかがっております、どうぞこちらへ」


「うむ」


 パパンのつるの一声で、すんなりと入れてもらえた。


 特別来賓室に通されたボクには、護衛として五人の看守が付いている。


「ホロウ様、紅茶が入りました」


「ホロウ様、お茶菓子をどうぞ」


「ホロウ様、マッサージなどはいかがでしょう?」


 看守の方々はとても優しくしてくれたんだけど……わかる、わかるよ。


 絶対にボク、邪魔だよね?

 間違いなく、面倒くさいよね?

 こんなクソガキに社会科見学よろしく来られても、ただただ鬱陶しいだけだよね?


 その気持ちはわかる、とてもよくわかる。

 本当に申し訳ないんだけど、後少しだけ我慢してほしい。


 もうすぐ事件が起こるからさ。


 ボクは壁掛け時計に目を向け、心の中でカウントダウンを始める。


(五……四……三……二……一……)


 零。

 イベントの開始時間きっちりに大爆発が起こった。

 監獄全体が大きく揺れ、<警告アラーム>の魔法が作動。

 けたたましい音が鳴り響く中、特別来賓室の外から、慌ただしい声が聞こえてくる。


「な、何が起こった……!?」


「北部ゲートより侵入者! おそらく巷を騒がせている大魔教団かと!」


「あの卑しい盗人どもめ……っ。奴等の目的は間違いなく、『地下のアレ』だ! 迎え撃つぞ、付いて来い!」


 一方、ボクにあてがわれた看守たちは、


「ど、どうする? 俺達も迎撃に行くべきじゃないか?」


「いやしかし、ホロウ様をお守りしなくては……っ」


 このまま護衛を続けるべきか、それとも迎撃に向かうべきか――二つの間で悩んでいるようだ。

 ここは一つ、彼らの背中を押してあげるとしよう。


「俺のことはよい、己が職責を果たせ」


「しかし、それではホロウ様が……っ」


「案ずるな、自分の身ぐらい自分で守れる。それとも何だ、ハイゼンベルクの次期当主は、卑しい盗人にやられそうなほど、頼りなく見えると言いたいのか?」


「め、滅相もございません! ――おい、行くぞ!」


 護衛の看守たちは、暴徒鎮圧へ向かった。


(よし、これで自由に動けるな)


 露払い完了。

 早速、行動を開始しよう。


 今回の目的は二つ。

 魔王の因子を処分すること。

 そして――虚空の実戦データを取ること。


「えーっと、どれどれ……」


 ふかふかのソファから立ち上がったボクは、右手を顎に添えながら、壁面に張られた監獄の見取り図を眺める。

 今いる特別来賓室ここは、最上層の管理エリア。

 上層の尋問エリア・中層の処刑エリア・下層の懲罰エリア・最下層の牢獄エリア、物騒な名前が並ぶ中、最下層に僅かな違和感を覚える。


 この見取り図……明らかにおかしい。

 最下層の牢獄エリア、その奥にぽっかりと不自然な空間が空いている。


(なるほど、あそこか)


 ボクは座標を記憶し、<虚空渡り>を発動。

 あらゆる障害物を排して、目的地まで一気に飛ぶ。


(うん、当たりだ)


 転移先には――本来何もないはずのエリアには、巨大な空間が広がっており、実験施設と思しき不気味な建物があった。

 そびえ立つ分厚い鉄扉の奥からは、苦しそうなうめき声が聞こえてくる。


「よしよし、まだ奪われていないね」


 大魔教団に先んじることができた。

 これでもう『魔王の因子』は、確保したも同然だ。


(後は虚空の実戦データを――っと、来た来た)


 背後の壁がド派手に弾け飛び、襲撃者たちがやってくる。

 濃紺のフロックコート……あの衣装は間違いない、大魔教団だ。

 パッと見たところ二十人弱、ちょうどいい数だね。


 ボクの存在に気付いた彼らは、その場でピタリと足を止め、


「貴様、何者だ……? ガキがこんなところで何をしている?」


 一団を率いる男が、訝し気な視線を向けてきた。

 それと同時、彼の背後に控える男たちが、攻撃性の魔法を次々に放つ。


「<火炎フレイム>!」


「<雷撃ライトニング>!」


「<吹雪ブリザード>!」


 炎・雷・氷、多種多様な魔法はしかし、ボクに当たる寸前で、虚空に呑まれて消滅した。


「なん、だと……!?」


「いったい何が起きた!?」


「魔法が……消えた!?」


 敵さんは、わかりやすく動揺している。


(うん、<虚空憑依>は完璧だ)


 虚空憑依は、自身の周囲に薄い虚空の膜を張り、通過したモノを虚空界へ送る防御魔法。

 調整に調整を重ねた結果、現在はあらゆる攻撃を自動で判別し、危険なものだけを飛ばせるようになった。

 既に最適化も完了しており、おはようからおやすみまで、二十四時間ぶっ通しで運用中だ。


「まったく、部下のしつけがなっていないな」 


 ボクはそう言いながら、右手をスッと前に伸ばす。


(まずは基礎の確認からだ)


 真紅の瞳に魔力を込めると、何もない空間に漆黒の渦が発生し、十人の教徒が虚空に呑まれた。


「「「なっ!?」」」


 大魔教団の面々が驚愕に目を見開く中、ボクは貴重な実戦データを解析する。


(同時に呑めるのは十か所まで、標的を増やすほどに精度は落ちる、か)


 うーん、練習ではMax十四か所までいけたんだけど……。

 やっぱり相手が動くから、座標の指定が難しいな。


 まぁでも十二歳の原作ホロウは、同時に三か所しか虚空を展開できず、精度もかなり甘かった。

 それと比較すれば、悪くない練度だろう。


「今のは……空間支配系の固有魔法!?」


「このガキ、舐めんじゃねぇ……!」


 集団から二人の黒服が飛び出し、ボクの両サイドから、挟み込むような形で襲ってくる。


(こっちの魔法特性を瞬時に理解し、すぐさま距離つよみを潰しに来たか)


 空間支配系の固有魔法は、遠距離戦を得意とする反面、接近戦は滅法苦手だ。

 さすがは大魔教団と言うべきか、野良の盗賊団とは違い、ちゃんと戦い方を心得ている。


「おらぁ!」


「死ねぇ!」


 彼らは青龍刀を振りかぶり、力いっぱいにスイングする。


 しかし、


「ぇ、あ゛……!?」


「何、が……!?」


 二本の刀身はボクの胴体をすり抜け、お互いの胸部を斬り付け合った。

 致命傷を負った二人は、そのままバタリと倒れ伏す。


(よしよし、<虚空流し>は完璧だ)


 青龍刀がボクの体を捉える瞬間、胴体部分のみを虚空へ飛ばした。

 その結果、二本の剣は悪戯いたずらちゅうを走り、お互いの胸部を斬り合った。

 虚空流しはめちゃくちゃ練習したので、絶対に大丈夫だとわかっていたけれど……実際この身に刃が迫るとヒュンとなった。

 ボクは紳士だから、えて何がとは口にしないけど、巨大な龍と黄金の宝玉がヒュンと縮こまった。


 そうして雑魚を適当に間引いていると、


「ほぅ、中々面白い魔法を使うな」


 ボス格の男が一歩前に踏み出した。

 彼の名前は確か……イグヴァとか言ったっけかな? 

 あんまりはっきりとは覚えていない。


「私は大魔教団クライン王国南支部副長イグヴァ・ノーランド、とある崇高な目的のため――」


「――希少な魔法因子を集めている、だろう?」


 イグヴァの台詞を先取りしてやった。

 原作と全く同じだし、彼らの目的は知っているからね。


「……貴様、いったい何者だ?」


世界シナリオに嫌われた悪役貴族だ」


「ふん、まともに答える気はないというわけか」


 不快気に鼻を鳴らしたイグヴァは、右手をスッと上に掲げる。


「ならば、力づくで吐かせてくれる! 食らえぃ、<水槍ウォーター・ランス>!」


 透明な水で作られた鋭い槍が、凄まじい速度で射出された。


 しかし、


「――<虚空返し>」


「……ぇ、は……?」


 ボクに向けて放たれた<水槍>は、イグヴァの背後から飛び出し、その胴体を深々と貫いた。

 鮮やかな血の華が咲き誇り、彼は前のめりに倒れ伏す。


「ふむ、悪くないな」


「……き、貴様、何を……した!?」


「おいおい、力づくで吐かせるのではなかったか?」


「ぐっ……」


 実際のところ、難しいことは何もしていない。


 ボクの正面に虚空A、イグヴァの背後に虚空Bを展開。

 勢いよく放たれた水の槍は、虚空Aを通って虚空Bから飛び出し――イグヴァの背中に突き刺さった。

 タネを明かせばなんてことはない、虚空の基本技能だ。


(絶対防御の<虚空憑依>は言わずもがな。透過の<虚空流し>も、反撃用の<虚空返し>もいい仕上がりだ。後は虚空の同時展開できる数を増やしつつ、基礎スペックの向上を図っていこう)


 ボクは実戦のフィードバックを反芻はんすうしつつ、大魔教団の面々に最低限の治療を施してあげる。


「さて、お前たちはホームへ帰ろうか」


 未だ意識の戻らぬ彼らを虚空界ボイドタウンへ送ってあげる。

 虚空の懐は深い。

 これで彼らも、ボクの家族だ。

 グラードの率いる盗賊団と力を合わせて、ボイドタウンの発展に尽くしてもらうとしよう。


(しかし、『面白いモノ』を手に入れたな)


 イグヴァは精鋭級エリートクラスの固有魔法、<水の加護ウォーター・ブレッシング>の使い手。

 水の魔法因子を取り込めたことで、ボイドタウンの水事情は大きく改善し、文明レベルが向上することだろう。


(因子の収集……これは『アリ』だ)


 大魔教団の真似事じゃないけど、ボイドタウンの発展にとても有益だ。

 コレクション要素としても面白いし、今後も希少な魔法因子を見つけたら、積極的に拉致――誘致するとしよう。


 当然その際、標的ターゲットにするのは重罪人のみだ。

 なんの罪もない人をさらっていたら、本当に大魔教団と同じになっちゃうからね。


 ボクがそんなことを考えていると、上階からカンカンカンと階段を駆け下りる音が聞こえてきた。

 おそらく武装した看守たちだろう。


(ここで見つかったら、ちょっと……いや、かなり面倒なことになる。『魔王の因子』は無事に確保できたし、どこか人目のないところへ場所を移した方がよさそうだね)


 クルリときびすを返したボクは<虚空渡り>を展開し、不気味な実験施設を丸ごと、ハイゼンベルク家の所有するガラン山へ飛ばした。

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