第5話:禁書庫
っというわけで、フィオナさんを魔法省から引き抜いてきた。
彼女、人間性はゴミだけど、能力はほんとに優秀だからね。
どうにかしてヘッドハンティングできないかと考えたところ……この邪悪なホロウ
端的に言えば、フィオナさんの横領を魔法省にチクったのだ。
彼女の
これは
どうせバレるのなら、まだ罪の軽いうちに……ってね。
ボクの垂れ込みをもとに調査が行われた結果、フィオナさんの横領が発覚。
魔法省は彼女に即時返金を要求し、一週間以内に弁済が為されなければ、然るべき機関に突き出すとのこと。
最終通告を受けたフィオナさんは――手当たり次第に金を借りまくり、王都の競馬場へ向かった。
まさかとは思ったけど……そのまさかだ。
大穴狙いの単勝一点買い。
いやぁ、彼女は『
ちょっと興味を惹かれて、レースの行方を見てみた。
結果は惨敗。
【なん、で……どうしてぇ……っ】
フィオナさんは人目も
初めて見たよ、人間が『ぐにゃぁ~』って溶けるところ。
競馬場の守衛さんに優しく
金・仕事・希望・信用・未来、全てを失った彼女は、安酒を買ってボロアパートに帰った。
人は弱ったときが一番落としやすい。
そろそろ頃合いだと判断したボクは、彼女のもとを訪れ、とある取引を持ち掛けた。
【フィオナ、いい話があるぞ】
【な、なんですか……?】
【俺の家庭教師・魔法研究員として、ハイゼンベルク家で働け。そうすれば、無利子の出世払いで、6000万ゴルドを貸してやろう】
【ほ、ほほほ……本当ですか!?】
横領した5000万ゴルド+闇金からの借り入れ1000万ゴルド。
総額6000万ゴルドというのは、確かにちょっと高額だけれど……。
四大貴族ハイゼンベルク家にとっては、そこまで痛いものじゃない。
父には事前に話を通し、許可をもらっているから大丈夫だ。
しかもこれは、『資金の貸与』であって、『無償の出資』じゃない。
貸したお金については、いずれきちんと返してもらう。
もちろん、返済の目途は立っている。
フィオナ・セーデルの魔法研究者としての実力は一級品。
彼女は今後、
その特許収入があれば、元本は容易に回収できる。
つまりボクは、実質無償で最高の魔法研究員を手に入れた、というわけだ。
こんなにおいしい話はない。
(ロンゾルキアにおいて、領地の発展に最も必要なものは――優秀な人間だ。絶対ここには
ボクはハイゼンベルク家の次期当主として、今後もメインストーリーの進行具合に応じて、優秀な人材を囲い込んでいくつもりだ。
■
魔法の修業を始めて、あっという間に一年が過ぎ、ボクは11歳になった。
身長は順調に伸び続けており、今ではもう146センチ。
視点もけっこう高くなってきたね。
さて、ロンゾルキアに転生して早二年、剣術と魔法の基礎は終わった。
原作ホロウが主人公と出会うのは、聖暦1015年4月1日――レドリック魔法学校の入学式。
残すところ約四年。
この期間を最大限に有効活用し、主人公に負けない強さを、
(さて、まずは朝の筋トレからだ)
ボクが庭先へ向かおうとしたそのとき、
「くそ、何故だ……ッ」
部屋の外から、父の怒声が聞こえてきた。
(何の騒ぎだろう……?)
父の私室へ向かうと、扉の前にオルヴィンさんが立っていた。
「オルヴィン、父に何かあったのか?」
「いえ、お変わりありません。奥様に掛けられた呪いを解くため、昼夜の
「ふむ」
耳を澄ませば、父の声が聞こえてくる。
「すまないレイラ……っ。嗚呼……私は何故あのとき、お前を一人で行かせてしまったんだ……ッ」
まるで壊れたレコードのように懺悔と悔恨の言葉を繰り返される。
彼の精神は、明らかにもう限界だ。
「ところでオルヴィン、今日は何月何日だ?」
「5月1日でございます」
「そうか、もうそんな時間か……」
剣と魔法があまりに楽し過ぎて、すっかり忘れていた。
原作ホロウが最短で死ぬのは、聖暦1011年5月――そう、今月だ。
(急がないとマズいな)
ボクの記憶が正しければ、週末の『
それまでに母の呪いを解かなければ、問答無用でBadEndに突入してしまう。
今からおよそ七年前、原作ホロウの母であるレイラは、『
父ダフネスはそれ以来、解呪の法を探し求め、あらゆる手を尽くすが……結局、呪いは解けず
万策尽きた父は、
王都が星詠み祭に沸く中、父は秘密裏に教団の幹部と接触し、
正常な判断能力を失った父が、喜び勇んで魔法を使った結果――
しかし、解呪の魔法と教えられたそれは『魔人化の秘法』だった。
魔人と化したレイラは、彼女が心から愛した王都の街を火の海にする。
大勢の
それからほどなくして、父と邪教の接触が明らかになり、断罪イベントが発生。
ハイゼンベルク家全員に死罪が言い渡され、冷たいギロチンが落とされた。
誰も幸せにならない結末、『断罪ギロチンEnd』だ。
星詠み祭まで後三日。
(さて、そろそろイケるかな……?)
剣術に一年。
魔法に一年。
ここまでの集大成を試すとしよう。
「オルヴィン、少し出て来る」
「どちらへ?」
「クライン王立図書館だ」
その後、ハイゼンベルク家の馬車に揺られることしばし――クライン王立図書館に到着した。
「迎えは不要だ。帰りは適当に馬を取る」
「はっ、どうかお気を付けて」
御者は丁寧に一礼し、屋敷への帰路に就いた。
ボクはクルリと
(うわ、これは凄いな……っ)
見渡す限り本・本・本、どこもかしこも本だらけ。
ここはクライン王国最大の図書館で、その蔵書数は一億冊を超えるらしい。
本好きにとっては、夢のような場所だ。
(えーっと確か、こっちだったよな)
原作知識を頼りにしながら、迷路のように入り組んだ通路を進む。
っと、ここだ。
33333番
「――妖精さん見つけた」
次の瞬間、白い光が視界を埋め――気付けばそこは、賑やかな大通りだった。
温かな日差しが降り注ぎ、気持ちのいい風が吹く中、活気のある声がそこかしこから聞こえてくる。
左右に目を振れば、派手な露店が
(原作通り、楽しそうな場所だなぁ)
ここは『妖精の
ボク以外はみんな、
二足歩行の巨大な狸・足の生えた
「おや、ニンゲンか」
「珍しいねぇ、迷い込んじゃったのかな」
「アソブ? イッショ、アソブ?」
多種多様な妖精たちを横目に見ながら、道なりに歩くことしばし、
(っと、いたいた)
デカい赤鼻が特徴のド派手なピエロを見つけた。
「ふんふんふーん」
洋風の屋台を構えた彼は、鼻歌混じりに鍋を振るっている。
「おい」
「いらっしゃい、なんにしますか?」
「スペシャルお子様ランチ、キャラメルプリン付き」
「……旗は?」
「一番可愛いのを頼む」
ピエロはニィと微笑み、慣れた手つきで調理を進めた。
一分後、
「――へい、お待ちどぉ」
紙皿にはエビフライ・ハンバーグ・タコさんウィンナーなど、一軍のおかずが勢ぞろいし、チキンライスの上にはピンクの可愛い旗が刺さっている。
なんとも
「さっ、どうぞこちらへ」
ピエロはそう言って、屋台の裏手にある、古びた民家の扉を開けた。
土足のままお邪魔したボクは、お子様ランチを食べながら、明かりのない真っ暗な廊下を目を閉じて歩く。
特にすることもないので、パクパクパクと食だけが進み、あっという間に完食。
まず足音が変わった。
床を叩くカツカツというものから、地面を踏みしめる柔らかなものへ。
そしてにおいが変わった。
賑やかな街のにおいから、青々とした草葉のにおいへ。
小鳥のさえずりが響き、眩い光が瞼を照らす中、ゆっくり目を開けるとそこには――巨大な自然図書館が広がっていた。
ここは『禁書庫』、世界中のあらゆる本が集まる知識の集積所だ。
(すっごいグラフィック……っ。原作でも綺麗な場所だったけど、リアルで見ると格別だな!)
大きな感動に胸を打たれていると、鈴を転がしたような美しい声が響く。
「――あらあら、これはまた随分と可愛いお客様ね」
自然豊かな図書館の中央には、パラソル付きのテーブルセットが置かれており、そこに声の主が座っていた。
禁書庫の番人『知欲の魔女』エンティア、外見年齢は20歳ぐらい。
身長165センチ、細身で引き締まった肉付きだが、胸は豊かで確かな存在感を主張する。
パステルピンクのロングヘア、腰に生えた漆黒の翼・大きくてクルンとした瞳、真っ白でキメの細かい肌が特徴的な絶世の美少女だ。
上は肩を丸ごと出した白いトップス、確かオフショルダーと言ったか。下は深いスリットの入った黒のロングスカート、切れ目から見える太腿がなんとも
「初めましてになるな、俺はホロウ・フォン・ハイゼンベルクだ」
「もちろん、知っているわ。ダフネスとレイラの実子、怠惰で傲慢な極悪貴族さんね」
彼女は手元の本をパタンと閉じ、柔らかく微笑んで見せた。
「私は知欲の魔女エンティア。ここを訪れたということは、何か知りたいことがあるのね?」
「あぁ、そうだ」
ボクが求めているのは、禁書庫に収められた『アムールの秘本』。
ボクは魔法の名前も効果も構成も、全て知っているのだが……どうやっても、それを再現できなかった。
おそらくこのイベントをクリアすることで、初めて習得できるようになっているのだろう。
この世界は
「知欲の魔女から叡智を授かるには、『魔女の試練』を突破しなければならない。この辺りはきちんと理解してる?」
「あぁ」
「私、あまり手加減は上手じゃないのだけれど……大丈夫かしら?」
「無論、手加減なぞ不要だ」
「そっ、それならよかった」
エンティアはゆっくりと立ち上がり、
「あなた、いい顔をしているわね。自分が負けるだなんて、これっぽっちも思っていない。あぁ……楽しみだわ。その自信に満ちた顔が、苦痛に歪むところが……!」
彼女の背中から、六枚の
おいおい、いきなりガチじゃん……。
「さぁ、魔女の試練を始めましょう」
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