第七話 伊佐爾波神社
神社の名前は『
社殿は朱塗りの立派な建物で、中央に鎮座する本殿をぐるりと回廊が取り囲んでいる。
二人はまず神様に手を合わせてから、回廊を一周した。
やがて元の場所へ戻ってきたところで、天満のスマホが着信を知らせる。
「失礼」
弥生に会釈をしてから距離を取り、境内の端に寄って応答ボタンを押す。
「もしもし」
「璃子です。いま大丈夫ですか?」
天満が弥生の方へ目をやると、彼女は境内の真ん中でスマホを弄っていた。
「問題ない。それで、情報は集まったのか?」
「言われた通り、速水弥生の家庭環境について調べましたよ。父親は健在ですが、母親は十二年前に他界していますね」
弥生の証言と一致する。
彼女の母が亡くなったのは、彼女がまだ幼稚園に通っていた頃のことだった。
「父親は仕事柄、出張が多く家を空けがちで、生前の母親はほぼワンオペ状態で育児をしていたようですね。もともと体が弱かったようで、子育ての負担もあって年々体調を崩しがちになったそうです。でも、直接の死因は病気ではなく交通事故ですね。
「事故当時は娘もその場にいたのか?」
「一緒だったようです。トラウマになっている可能性もありますね」
「なるほどねえ。やっぱり『犯人』の動機は、母親の死に関係している線が濃厚だな」
はた、と妙な間を置いてから璃子は反応した。
「『犯人』って。そんな大層な言い方をしなくても、犯人なら最初からわかっているでしょう。あなたの役目は犯人を捜すことではなく、呪いの原因を特定することで……」
しかしその先の言葉は、もはや天満の耳には届いていなかった。
彼の注意はすでにスマホを離れ、視線の先——ふらふらと覚束ない足取りで歩いていく一人の少女に注がれていた。
まるで魂の抜けたような顔で、弥生が境内を横切っていく。
その様は、駅前で奇行を繰り広げていた時の彼女の姿とよく似ていた。
誰かに操られるようにして、ふらふらと頼りない足取りで歩く彼女。
向かう先には、先ほど必死で上ってきた百段以上の石段があった。
まさか、と嫌な予感が過ぎる。
「ま、待て。待て待て待て!」
天満は手にしたスマホを放り出し、すかさず彼女の後を追った。
急に大声を上げて走り出した彼に周囲の視線が集まるが、弥生だけは気づく素振りすら見せず、どんどん石段へと近づいていく。
やがてその細い足は最上段へと差し掛かった。
目の前に広がる中空へと、
下は百段以上もの固い石段が続き、地上までは遥か遠い。
このまま落ちれば無事では済まないだろう。
彼女が、死んでしまう。
「弥生さん!」
落下の体勢に入った彼女の背中へ、天満は力の限り手を伸ばした。
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