第16話 襲撃者
【不滅の王】と【紅き黄昏】。
過去には同じ四大クランとして並ぶ存在であった二つだが、その在り方は対極だった。否、【不滅の王】がその多大な影響力に対して構成員があまりにも少なかったと言った方が正しいか。
数多の探索者を抱え、去る者は追わず来る者は拒まずの【紅き黄昏】。
エルフやドワーフといった、長命種がゆえの経験と人脈が豊富な【妖精の庭】。
探索者よりも学者や技術者のほうが多いと言われる探索者クランとしては異質の【深淵の探求者】。
そして、
どのクランも少なくとも数百の構成員――関連クランや鍛冶師などの裏方まで含めれば倍以上は膨らむ――が在籍する。そんな中、【不滅の王】の団員は多い時期でもなんと三〇にも届かない小規模なクランだった。
それだけ個人個人の技量が並外れていたとも言えるわけだが、その
もちろん同規模のクランと比較すれば、設備も家具も良い物を揃えた立派な拠点ではあるものの、グロリアの四大クランに数えられるほどの影響力を考えれば、『小ぢんまりとした屋敷』だとも言える。
つまり、何が言いたいかといえば……『【紅き黄昏】の本拠点はルイスたちの館とは比べ物にならないほど馬鹿デカい』、ということだ。
三〇〇人は優に収容できるだだっ広い吹き抜けのエントランス。
壺や絵画など高い美術品のようなものはなにひとつ置いておらず、床も絨毯が敷かれていない硬い石床のままである。徹底して壊れやすい物が省かれているのは「どうせお前らすぐ壊すだろ?」という裏方の苦労というか憤怒が垣間見える。
その代わりに鎧や武具などの戦利品が邪魔にならない程度に飾られているのはなんとも探索者クランらしいと言える。
そんな【紅き黄昏】のエントランスであるが、普段なら迷宮に向かう前の団員同士が待ち合わせに使ったり、暇を持て余した者が自分と同じように退屈してる人間が通りかからないか待ち構えていたりと、交流の場として賑やかな場所であるが――今は多くの探索者が倒れ伏し、床や壁にも傷が目立つひどい有り様だった。
彼らはいつまでたってもクランの再建を行う気のない、それどころか他の業務すら放棄したアリエスに痺れを切らせた【紅き黄昏】の案内人が「アリエスを連れてこい」と命令を出し、それを受けて動き出しそうな諸々への牽制としてエントランスに待機していた【紅き黄昏】の団員たちであった。
諸々の中には【妖精の庭】も含まれており、先に乗り込んできていた彼らに主力を回していたせいもあって、この場に居るのは【Lv.Ⅱ】ばかりで【Lv.Ⅲ】すらほとんどいなかった。
唯一の例外が指揮官……という名目で別行動を取った幹部級の探索者、それも【Lv.Ⅳ】がこのフェーンである。
彼は乱暴者の多い【紅き黄昏】の中では珍しく落ち着いた中年で、口にくわえた煙草と草臥れた風貌がトレードマークの男だ。
性格は面倒くさがりなところがあり、若い衆の
それがまさか本当に襲撃があるとは彼も思ってなかった。それどころか数合わせ的な戦力とはいえ……五〇も居た探索者が『たった一人の魔術師』に一瞬で壊滅させられるのは完全に想定外であった。
顔を隠すように深く被ったフードの人間。外套のシルエットと声からおそらく女、それも比較的若いことだけは推測できる。
彼女は挨拶代わりだと言わんばかりに魔術で外壁に大穴を開け、そこから堂々と侵入してきたのである。
そんな派手な登場をして団員が黙っているはずもない。襲撃者を捕まえようと団員は動くが、彼女の魔術の前に為す術もなく制圧されてしまった。
腐っても【Lv.Ⅱ】の探索者だ。無名の相手が一瞬で、それも命を奪わない程度に手加減した上で蹴散らせるほど弱くない。
「あんた、
「……通りすがりの凄腕魔術師。どこにも属していない、ただ個人的にアリエスさんを助けたくて来ただけの一般人」
「んなわけあるかよ……はあ、ツイてねえな」
凄腕魔術師なのか一般人なのか。どっちかはっきりしろ、とフェーンは心の中で悪態をつく。
だがまあ、彼の経験が前者で間違いないだろうと囁いていた。それも攻略系クランの最前線でも通用するレベルの魔術師である、と。
「ジャミング……いや空間系の術式持ちか。」
これだけ騒いでも誰も様子を見にこない。用意周到なことにおそらく異変が他に伝わらないよう細工までしているのだろう。
さきほどから外部との通信を試しているがどことも繋がらないのもそれが原因だとフェーンは察していた。
無事な団員に直接襲撃の報告へ向かわせたが……上手くここから出られるか怪しいものだ。こうなると現状を打破できるのは自分ぐらいしかいない。
だからこそ重い腰を上げてフェーンは前に出たのである。
「【妖精の庭】の連中が来たのは想定内だったが、まさか“亡霊”まで現れるとはな」
フェーンは短槍サイズの雷を手に持つ。
【雷槍】のフェーン。
その二つ名の通り、彼は雷の槍を自在に操る探索者である。この場合の操るとは槍術としてだけでなく、魔術としての雷槍も含まれている。
大物相手ならば
遠距離ならば
室内のような狭い場所ならば
戦場、状況それどころか
槍であれば大抵の物は扱えることからかなりの達人であることは想像に易いだろうが、実際のところは腕が立つどうこの話所ではない。
グロリアで最も優れた槍使いは? と、聞かれて真っ先に思い浮かぶのがこの男の名である。
いくら上位の魔術師が接近戦もできる――動けない後衛では大迷宮の上層を生き残れない――といっても、そんな相手と近距離で戦うのは下策も下策。魔術師ならばまず距離を取るのが定石である。
魔術で牽制しつつ距離を取るか、移動用の術式で一気に距離を取るか。いかように動こうとも対応できるよう構えていたフェーンだったが、
「――今なんて?」
彼女は距離を取る気がなかった。
“
よほど接近戦に自信が無ければこうも落ち着いていられるわけがない。
それともそれ以上にフェーンの軽口に相手の気を引く物があったのか。
「【不滅の王】の元団員なんだろ? あんた」
確信を持って問い掛けるフェーン。
黒龍との戦いで全滅したと思われる【不滅の王】。だがしかしそれは主力の戦闘員の話であって、非戦闘員や見習いレベルの探索者は参加していなかったはず。
目の前の魔術師は当時遠征に連れて行ってもらえなかった見習い探索者か、あるいは既に団を抜けていた元探索者のどちらかだろう、と推測したのである。しかし……
「そんなことどうでもいい――それより【妖精の庭】が来てる?」
と、なんともマイペースな答えが返ってきた。
否定しなかったところをみるに、フェーンの推理も外れとは言えないが、相手にとってそこはさして重要な部分ではなかったのも間違いない。
フェーンは肩を落として、「やりづれえ……」と漏らす。襲撃者のペースに終始振り回されてる感しかしない。なんならもう負けた気分すらしていた。
それに加えてまだ意識のある団員の半数がこれを見ている。古参連中の耳にでも入れば、後で揶揄われるのはわかりきっていた。
何事もなかったような顔でやり過ごせばなんとかならないか?
そんな余計なことを考えつつフェーンは意識を戦闘モードに戻す。
「……まあな、どいつもこいつも血の気が多いこった。襲撃のダブルブッキングなんて勘弁してもらいたいもんだよ。ってわけでこっちはさっさと終わらせてもらうぜ?」
と、軽口混じりに何か考え事をしている襲撃者へ向けて、助走もつけず
――――――パンッ!
雷槍が何かに着弾した直後、破裂音が木霊した。
「うっそだろ……?」
団員の一人が呟く。彼らが見たものは――素手で雷槍を弾く襲撃者の姿。
雷槍の一投は文字通り落雷そのもの、簡単に人を焼き穿つ。下にではなく横に落ちるそれは着弾点を読んで避けるか、何かしらを盾にして防ぐのが正しい対処法である。
それらを無視した衝撃的な光景にフェーンの頭も一瞬混乱してしまう。
(殺さない程度に抑えていたと言っても直に触れて痺れないどころか、弾いた上に無傷だと?)
高レベルの【
雷槍が形を保ったまま弾かれた上に傷一つ無いことの説明にはならない。
どういう種なのか考えるフェーンはふと過去にも似たことをやらかした魔術師が居たことを思い出す。それも同じ【不滅の王】に所属していた探索者だ。
「
術式干渉とは他者の術式に偽の情報を流し込んで誤動作を起こさせる技術である。
術式に精通した魔術師なら似たようなことをできる者は存在するが、羽虫でも叩き落とすが如く涼しい顔で、となる思いつく魔術師は一人しか存在しない。
初代【術式の魔女】。
探索者ではない純粋な術式職人だった非戦闘員の二代目と違って、初代は最強の魔術師と呼ばれるほどの実力者だった。
その彼女が用いたとされる『小技』と同じことを行なう魔女。
魔術師相手の
一方――その魔女はといえば突如、
「帰る」
と、言ってそのままフェーンに背を向けて立ち去ろうとしていた。
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