第78話「壊れた心」

「うぅ、あああ、あぁぁぁ!!」


 逆角蝉が力任せにフィアを鎖で縛り付けて、ベッドの上で固定していた。


 シロルには想像できなかった。


 さっきまで大人しかった女性が豹変して無差別攻撃に出たどころか、今は発狂して暴れまくっている。


「ほ、星音ちゃん、やっぱり無理だよ」


「だよなぁ。秤蜘蛛には恐蜻蛉の説得は無理だったと伝えておく」


 星音と夢蟷螂が帰ろうとしたのを見て、シロルは呼び止めた。


「ちょっと二人とも! 恐蜻蛉さんは仲間でしょ!? あんな状態で放置するの!?」


「あそこまでしないと無理なんだよ。逆角蝉を連れて来て良かった。僕達だけじゃ恐蜻蛉の腕力には対抗できないし。それにあんな状態でも子供に危害を加える奴じゃないから、放っておけば落ち着く」


 帰ろうとする二人の前に、シロルが立ち塞がった。


「ワタクシは、納得できません! 恐蜻蛉さんの身に何があったのか、仲間として説明してください!」


♡♤♧♢


 フィア・ローレンスとは、生まれた時からロシアの闇社会で生きていた奴なんだ。


 極寒の寒さの中、飢えと苦しみから逃れる為に銃を持って戦い続けた。


 悲鳴と怒号が飛び交う戦場において、死ねとか殺すぞと言った言葉は、彼女の生存に関わる危険なワードで、その言葉を聞いただけで無差別に襲い掛かる危険な存在として恐れられていた。


 幸い、秤蜘蛛と僕が直接ロシアにおもむいてフィアを保護して告死蝶のメンバーにしたのだが、過酷な戦場で生きていた彼女の中では未だに戦場での罵詈雑言が飛び交っていて、一度スイッチが入ると現実と戦場の区別が付かなくなる危険な精神状態になってしまったんだ。


 最新の精神医療を施しても、生まれた時から戦場に居たフィアの心を元に戻すのは不可能で、例え冗談でも暴言を吐いただけで、敵味方関係なく無差別攻撃をする精神状態が続いているんだ。


 フィアの心の治療をする為に孤児院の院長先生として平穏な生活を与える事で、なんとか一般人としての生活を得ることができた。


 しかし、こんな事で彼女の壊れた心が治るわけじゃない。


 彼女に恐蜻蛉のコードネームを与えたのも、彼女は戦場で磨き上げた特殊な能力にちなんでなんだが。


 今まで恐蜻蛉を使わなかったのも、彼女の心の中にある戦場を消さない限り制御すら不可能だと判断したからだ。


 最悪の場合、一般人にまで攻撃する危険性だってあるんだ。


 だから、こんな都会から離れた田舎の町で彼女を隔離するしかなかったんだ。


♡♤♧♢


「だが、さっきの闇バイトの連中みたいに、フィアの力を求めてる犯罪組織が後を経たないんだ。なるべく町長さんや町の人達が代わりに迎撃しているが……僕もどうやったらフィアを救えるのか分からない」


「……そんな状態なのに、秤蜘蛛はフィアさんを?」


 なんか納得できない。仲間がそんな状態なのに、秤蜘蛛はフィアさんを戦闘に参加させようとしてたのか?


 まず、無差別攻撃をやめさせない限り味方と連携する事もできないじゃないですか。


 ワタクシが悩んでいると、パンダちゃんが笑顔で答えた。


「そんなの簡単だぞー! 星音もみんなも難しく考えすぎなんだぞー!」


「え? パンダ、何か良い案があるのか?」


「うん! 今から私達で恐ちゃんと戦おう!」


「……話聞いてた?」

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