第44話「時代の覇者を決める戦い」

「A、aaa、aa」


 パンダが放った最後の一撃は、逆角蝉の左腕を破壊して、そこから白い肌の女性の細腕が現れた。


 巨大な体を持つ逆角蝉には不釣り合いな程に細い腕だった。


 最後の一撃を使い果たすと同時に、パンダは気絶した。


 念の為、死んでないか夢蟷螂が確認したが、死んではいないし、腹部の傷も見たが、因果逆転の後遺症もなかった。


「……ふぇぇぇ! 普通に怖かったよぉ!」


 緊張が解けて泣き叫ぶ夢蟷螂の頭を、逆角蝉の細腕が優しく撫でた。


♡♤♧♢


「やはり、来てたのですね『黄龍こうりゅう』さん」


 星音は、セーラー服を着た姿で、目の前のチャイナ服を着た初老の男を見ていた。


 場所は、とあるビルの屋上。


 初老の男は星音に背を向けたまま語り始めた。


「苦労したぞ、中国政府の監視を掻い潜り、そして国連の目をあざむき、更には情報戦においては世界最強の秤蜘蛛が張り巡らせた蜘蛛の糸をかわして、ここに辿り着くのは」


 初老の男が振り返ると、その男の顔は、とても穏やかな老人の顔だった。


 この優しそうな老人からは想像できないが、この男こそが、中国の闇を支配する組織『赤龍』のボス『黄龍』本人である。


「なぜ、パンダとヒョウに任せず、直接来たのですか?」


 星音の疑問に対して、黄龍は優しい口調で話し掛けた。


ちんにとって、パンダとヒョウは我が子も同然。親が子が活躍する場面を見に来て、何かおかしいのかね? 若き蛾よ」


「アナタが中国を離れて日本に来れるのは、並大抵のものではありません。何が目的ですか?」


 黄龍は、白いひげを撫でながら嬉しそうに言った。


「知りたかったのじゃ、時代はどちらを欲しているのか。お主達『告死蝶』か、それとも我々『赤龍』か、何が正しく、何が間違っていたのかは我々が決める事ではない。全ては時代の流れが決めるのじゃ」


「要するに、僕と直接、戦いたいと?」


「左様」


「それだけの為に、中国を離れたのですか?」


「然り」


 しばしの沈黙の後に、黄龍は穏やかな表情のまま続けた。


「正直に話そう。朕は、嫌なのだ、黒翡翠で天下泰平などと言う朕の妄想で、我が子達が傷付き、血を流す、涙を流す、このような悲劇を止めたくて来たのだ。朕が負ければ、我が子達は朕の妄想と言う呪縛から解放される」


「まさか、僕に負ける為に来たのですか? それは降伏と受け取って良いのですか?」


「いや、全力で戦って全力で負ける!」


 黄龍からは、星音ですら想像できない覇気を感じ取った。


 目の前の老人は、これまでの敵よりも強い。


「若き蛾よ、朕を止めてくれ、でなければ、お主を殺す。今から始まるのは個人と個人の闘争ではない」


 黄龍は、その細身な老体からは信じられない脚力で地面を踏み砕いた。


「今から始まるのは、時代の覇者を決める戦いである!」


 黄龍の覚悟を受け取った星音も、全力で戦う事を決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る