はなのこんとん

第10話


……————


日が落ちる頃、槐は草履を履いて、裏庭に出た。



「お嬢、すみませんが自分はもう失礼させていただきます」


「お疲れ様」


「お嬢!!明日、学校でアイツが近付いてきても全力で逃げてください!!」



心無しか疲労が見える槐は花寿美に注意をする。



「……でもこれから文化祭の準備があるから、多分顔合わせないようにするのって難しいと思う」


「何呑気なこと言ってるんすか」



槐は自分の首を揉みながら溜め息をつく。



「お嬢が相手に心を許してしまったら自分がお守りできるのにも限界ってものがありますから」


「……それなら大丈夫」



今回、槐が人間界から去ってしまうのではないかという不安を抱えて迷っている時に洋を招いてしまった結果が夢の隙を突かれたのだと思う。



でも心の在処が決まっている限り、大丈夫と言えるはず。


花寿美は槐の裾を摘み、指先だけに力を込めた。



「……」


「……」


「……あの、お嬢」


「駄目よ」


「まだ何も言ってませんから」


「さっき押し倒してきたから、そんなことするならしばらくは触るのは駄目」


「いや、あれは、そのなんと言いますか……」


「だから駄目」


「……はははー。その……すみません…っした」



自分がしてしまったことに槐は苦笑いをするしかなかった。


花寿美は槐の肩に触れた。



「……え」



背伸びをして、槐の鼻に花寿美は自分の鼻を触れ合わせた。



「……私から……触れるのは……かまわないでしょ?」


「……構いませんが……」



夢だけでは飽き足らず、全てを吸い込み、花寿美を守る鼻に。


槐も鼻と鼻でキスをする。



「……自分が約束を破ってしまわないように程々にお願いします」



夢を見る。


うたかたの刻。



燃えるような毛皮


いともたやすく裂くであろう爪。



しなやかな尾と


見透かす瞳。


そして吸い込む……鼻


花寿美を守ってくれる獣。


目が覚めて花寿美の目に涙の雫。


一筋の涙は朝日の中で見つけたあの時の愛しさと同じものだった。



混沌の中で満たされる。



【fin】

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