第15話 幸せな世界 後編

 いなばちゃんは居ない。

 そう分かっていても、あーしは諦めずにはいられなかった。

 居ても立っても居られなくなったあーしは、ついに髪もまともにセットせずに家を飛び出してしまった。

 休日を使っていなばちゃんを探す。心の中で決心が固まった。

 家は学園からそこまで遠くはない住宅街の一軒家と言っていたことを覚えている。

 それに彼女は徒歩で通学していた。

 「んなら、学園の近くを片っ端から探すっきゃないでしょ!」

 あーしは我ながら完璧(主観)なフォームを決めると全速力で駆けだした。

 目指すは「宇佐美」の表札の前。居ないのならば探し出して突撃するのみ!

 ひびき選手の華麗なスタートダッシュだ。


 しかし、世の中には「言うは易く行うは難し」と言う言葉が存在するらしい。

 今のあーしがまさにそうであった。

 「やっぱり闇雲に探すのは無理があったかぁ……」

 あーしが今日、まわった家はおよそ30件。

 住宅街を隅々まで見て「宇佐美」の表札を探して回った。

 だけど、何処を探してもその三文字が見つかることはなかった。

 考えたくはない。やっぱりいなばちゃんは実在しないんじゃないのかと。

 メッセージアプリにアカウントや会話履歴がなくなっている、いなばちゃんの家も見つからない。

 思い返す程、その想定は確信へと変わっていく。

 諦めるものか、大丈夫。いなばちゃんはこの世界に存在する。

 あーしが認めた後輩だもの、そんな子を架空の存在で片付けたくはない。

 それに、違和感を感じていたんだ。なんで今更、小学生の頃に戻ってるんだろうと。

 ――少しだけ、整理をしよう。

 あーしは目を覚ます前、いなばちゃんとグリッチ世界について調査をしていた。

 ネットに書いてあった情報通りにグリッチ世界へ入る手順を行った。

 そこから視界が歪みだして、視界がグリッチやノイズに飲まれたんだ。

 で、現在に至るのだが、ここで一つの仮説が思い浮かぶ。

 それは『ここが既にグリッチ世界の中である』ことだ。

 とても馬鹿げた仮説だと思う、それでも、もしもここがグリッチ世界の中でいなばちゃんの言う『魔法少女による犯行』が正しいとしたら……。

 「ようやくわかったわ、ここが……虚構の世界だって事に」

 次の瞬間、パチパチと手を叩く音と共に誰かが近づいて来る気配を感じた。

「いやはや、これは驚いたね。君の事だから一生出られないんじゃないと思ったよ」

 耳に入る中性的な声には聞き覚えがあった。覚えがありたくないけど。

 嫌々振り返ってみるとそこにはあのボーイッシュな白髪の性悪女がいた。

 以前、出会った頃とは違いやけにファンタジーな魔女のコスプレをしているが、これもグリッチ世界の効果なのだろうか?或いはこの女のコスプレ趣味か。

「そんな表情を向けられても僕的には反応に困るんだけどなぁ」

 鼻で笑い声をあげながらあーしをみる性悪女。

「アンタ、今あーしの人生の中で1番関わりたくない人物よ。良かったわね、記録更新よ喜びなさい性悪女」

 苛立ちと嫌悪感に身を任せ、わざとらしくため息を吐きながら言ってやった。

 子供相手に大人気ないかもしれない。

 けれどそれすらも思考に入らないぐらいあーしの頭の中は沸騰していた。

 だが、性悪女はそんな扱いをされてもなお笑顔を崩さず、むしろ愉快そうに笑っていた。

「性悪女だなんて、酷いなぁ。それに僕には『天道てんどうあさひ』って言う素敵な名前があるんだよ?」

 猫撫で声でそう言う性悪女――もといあさひに苛立ちを感じるが怒りを露わにしている場合じゃないしひとまず抑える事にする。

「で、アンタもここのNPCだったりするわけ?てか何しに来たのよ」

 あーしは、なるべく嫌悪感を表に出すのを抑えながら彼女に問う。

 もちろん実際に上手く抑えられているかは別問題だが。

「そうだね、『君の幸せを壊しにきた』かな」

 あーしの「は?」と言う声を最後に数十秒程の静寂が訪れる。

 こいつのニヤニヤとした笑顔が地味にあーしを腹立たせた。

「あはは、安心しなよ。僕は優しいからね、君の幸せ全てを壊すわけではない。あくまでこの虚構の『幸せな世界』を壊すだけさ」

「え、アンタこの世界から脱出する方法知ってんの!?」

 驚きのあまり大きな声を出してしまう。

 だって、彼女がただの冷やかしだけの為に来たとあーしは思っていたから。

「脱出するかは君の勝手だけども、壊すことはできるさ」

 あさひは語る、この世界についてを――。

 まず、この世界は虚構の幻。夢の世界みたいなもの。

 実体のあーしたちは言わばレム睡眠状態。

 例えるとしたら夢を見ている状態という。

 本来、夢を見ている人間がその世界を「これは夢だ!」と自覚することはない。

 しかし、あーしは夢を見ていることを自覚している「明晰夢」の状態。

 明晰夢状態となれば夢を自由に操作できる。

 この世界の場合、その明晰夢の状態となると世界を破壊できる他、自由自在に舞台設定を弄ることができる。

 つまり、あーしはいなばちゃんをここにNPCとして呼び出すことも、ここを壊して本物のいなばちゃんを探しに行くことだってできる。

「さぁ、どうする?僕は君の選択に委ねるとするよ」

 あさひは不敵な笑みを向けている。

 あの忌まわしい過去をなかったことにして虚構の世界でずっと幸せに暮らす。

 それはきっと、とても素敵なことなんだと思うんだ。

 ――だけど。

「あーしは、この世界を"壊す"わ」

 噓の世界で幸せになっても、意味がない。

 あーしは現実の世界で幸せを手に入れる。そう決めた。

 足が不自由になって、踊れなくなって惨めな思いをしたことは変わらない。

 けれどあーしには『魔法の力』がある。

 魔女に願って、与えて貰った力であーしはまた自由になれた。

 だからもう、過去なんて関係ない。

 あーしはいつにも増して強気だった。魔法があるからなんでもできる。魔女がそうさせてくれた。

 あーしはなにも怖くない。

「そっか、それじゃあ壊しちゃおっか。頭の中この世界が壊れる所を想像してみて?」

 あさひは自身の頭を指さしながらそう言う。

 あーしは言われるがまま、この世界が砕け散る様子を頭の中に思い浮かべた。

 すると、ピシッと音を立てながら目の前が崩れていくのが見えた。

 バラバラ、バラバラ、パズルのピースが一つ一つ外されるようにこの世界が壊れていく。

 待ってて、いなばちゃん、必ず探し出すから。

 決意を抱いたあーしは、「そういえば、お礼を言ってなかったな」と思いあさひの方へ視線を移す。

 彼女もまた、NPCだったのか世界とともに姿が崩れていっていた。

 しかし、様子がおかしい。彼女のニヤけた顔はどこへ行ったのやら、切なげな瞳をあーしに向けていた。

 別れが惜しいから?それとも悲しくなっちゃった?

 いや、違う。これは、あーしに向けられた『哀れみ』の目だった。

 

 「かわいそ」


 意識が徐々に薄れていく中、あーしが最後に聞いたのはその一言だけだった。

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