第十五話 ただ一つの世界のただ一人の生き残り 1

 


 

 

《ケンセイ!おい!チキン君!》


 不意に頭の中に神様の声が響いた。

 

《今すぐそこの娘を連れて逃げろ!真っ直ぐに全速力で聖王国まで逃げろッ!》


 声色だけで焦っているのがわかる。いつも芝居がかっている神様がキャラを忘れるくらいだ。

 というか聖王国って対岸の国——だよね。


《アレが出てきたのならそこの国は諦めろッ!——まさかまだ門が残っていたとは》


 諦めるって、滅びるって事?

 なんだそれ——そんなラスボスレベルのやつがなんでこんなところにいるのさ!

 というかそれも許してくれなさそうなんだけれど。


 化け物の瞳が僕を見据えた。

 瞬間その背中から八本の触手がものすごい速度で飛び出してきた。


 咄嗟に【金剛力】の担保魔法力を限界値の17倍まで引き上げた。

 踏み込んだ一瞬でルミネールシアをひっつかんで走る。

 神様は全力で逃げろと言った。

 ということは今の僕では絶対に勝てないということだ。


 ルミネールシアも連れてというのにも意味はあるはずだ。

 レベルアップの時にだけ——って言っていたルールすら無視しての干渉なのだからよほどの事なんだ。

 

 化け物に背を向けて大広間の外へ向かって走る。退路は直線の広い回廊。

 そこを全速力で走る。床を踏み砕き、空気の壁を突き破りながら。

 

 もう——すぐ背後には触手が追いすがってきていた。


 「ちょっと!なんて担ぎ方して、るのよ!これでも、姫なのだけどッ!——ってお尻が痛い!」


 担いだ米俵姫がうるさいけれど無視だ。

 とにかく今は神様の言うとおりにしないと。正直僕もアレに勝てるヴィジョンがない。


《全く不愉快だ!イドラの残滓が残っていようとはッ……》


 追い縋ってくる触手を躱し長い大回廊を駆け抜ける。

 全速力で走っているのに果てが見えないんだけど——どんだけ広いのこのお城!

 耳元で「右!右!」とか「あなたの右じゃなくて私の右よ!!」とかうるさい。というかこの俵姫は何がしたいのか。

 自分で呼び出したんだから責任取ってくれないかな。


《いいか。逃げられるに越したことはない。とにかく全力で逃げろ。お前もだがこの娘もだ——王権を持った血筋を食わせるともっとややこしくなる》


 捨てちゃダメって事ね?

 左後方から戦闘機みたいな音を立てて飛んでくる触手を躱して——突如——前方と左右から無数の触手が飛び出してきた。

 その全てを紙一重で躱していく。

 僕が上手いんじゃない、単純に化け物が上手く動けてないだけだ。

 1つ、2つと躱し続ける。それでもルミネールシアを庇いながら躱すのはしんどいね。

 10、20と躱し続けているとそれに慣れてきたのか触手の攻撃は激しさを増していった。

 即撃ち、ディレイ、同時——様々な方法を交えて、明らかに思考しながら僕を追い詰めているのがわかった。

 そしてついに——化け物は攻略法を見つけたみたい。

 

 これは避けられない。

 

 ——砲弾のように打ち出されたそれが僕の周囲を360度、死角なく囲んでいた。

 迫る数十を超える触手。三段構えの銃撃のようだ。

 

 そのどれもがスローモーションのように感じた。

 

《……既に浸食領域内に取り込まれていたか》


 停滞した時間の中、神様の声だけが聞こえる。


《覚悟を決めるしかない、か。領域内に取り込まれてはもう逃げるのは無理だ。恐らく既にこの地が奴の影響下だったのだろう》

《ケンセイ——私が選んだ勇者よ。これより私は〈世界式の禁〉を破り我が権能を貸し与える》


 ゆっくりと迫る触手。

 神様の声が幾重にも重なって聞こえる。

 時限的な権能の付与。それをもって僕にアレを倒せって??


《いいか——その姫は食わせるな。必ず倒せ。今後しばらくは私もお前に干渉できん。与えた使命に知恵を貸すこともできん——だが、あえて言うぞ》

《——願いを叶えるのだろう?》

《母のものとへ帰るのだろう?》


 当たり前だ。言われるまでもない。

 僕は帰る。あの母の下へ——日本に帰るんだ。


《ならば、生き残れ————勇者よ》


 

 神様がそう言った瞬間———世界の色が戻った。

 自然と頭の中に言葉が浮かんでくる。

 発音も発生も、意味もすべてが頭の中に流れ込んでくる。

 変革する力。常識の範囲外。

 世界のルールを超越する力。

  

 『世界式——神権憑依〈ノストロジッカ〉』


 意思をもって呟いた——ただそれだけで、力の奔流と共に空間が爆ぜた。

 

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