第十一話 昔語りと今
◇
かつてロヴェルタースと呼ばれていた土地で今と同じように店を開いていたころ。
何でもない一日の最後に1人の客が現れた。
当時は戦時下であったし、傭兵として雇われている冒険者が魔法道具を調達に来たのだろうと思った。
現れたのはやはり冒険者然とした女性だった。
分厚いフードを外して、彼女はその長い髪を垂らした。
その色は夕日の光のごとく輝く銀。赤みかかった特徴的な髪色だった。
彼女は開口一番に『傷を治す薬をありったけ、あと言伝を頼みたいの』と軽々しく言いながら金貨がたっぷり詰まった革袋をカウンターへ置いた。
傷薬は分かるが魔法道具屋に言伝を頼む人間は初めてだった。
革袋の半分はその言伝の相手に渡してほしいと、残りは好きにしていいとのことだった。
『これから先のいつかの日に私と同じ髪色の少女が必ず現れる。その彼女にこの包みを渡してほしい』
占星術の心得があったという彼女が予言めいた言葉と小さな包みを残した。
それから数十年がたち、ロヴェルタースという国が消えてセリト・アウフが生まれた。
故郷を失い、移民となってルクスセプティムに移り住んだ。
彼女から渡された金貨袋の半分を元手に店を建て、再び魔法道具を扱う店としてしがない毎日を過ごしてきた。
時間のせいか、慌ただしい毎日がそうさせたのか彼女の言伝を忘れていた。
歳をとって交流が億劫になってくると、店に一見が来ないように〈認識阻害〉の魔法を付与してひきこもるようになった。
結果、何十年も出不精になりますます新たな知り合いなど生まれる環境から遠ざかった。
そして今日———普段はギルドに届けさせていた薬酒をたまたま自分で買いに外へ出たら……
「お嬢ちゃんに会った——というわけ。ふと裏通りに向かう貴女の雰囲気があまりもあの時の冒険者に似ていたものだから声をかけたのさ」
そう言って店主は一度話を区切った。
彼女が語ったのは今から60年~100年ほど前の話だ。
今の
当時は共和国内での内戦が激化しており、その戦いにルクスセプティム王国も参戦していた。
父が戦っていた時代もその戦乱の末期ごろだったはず。
ほとんどは本で読んだ内容ではあるけれどよく覚えている。
「えっと、つまり?」
ただ彼女の話の本質がよく見えない。
「つまりはね、その彼女の髪色と君の髪色がとても似ているんだよ」
そう言って店主は小さな包みと古臭い革袋を卓上に乗せた。
重たそうな音を立てたそれが、彼女か語った預かりものなのだろう。
「怪しいだろう? だけれど包みを開けてみなさいな。驚くぞ?」
すごく怪しい話だし、怪しむなって言われても無理な話だった。
占星術は運命を垣間見るすべとして使われると聞くけれど、その精度はとても低く、ずばりと言い当てるような予言はほとんどできない。
そんなことができるのは伝説で謳われる『七人の賢者』の一人である——テルキウスくらいなものじゃないかしら。
でも驚くようなものが入っている——と言われては好奇心の方がまさる。
「……じゃあ、遠慮なく」
何かの生き物の皮で包まれたそれを開くと中からは———
「……ッ!これは、『王印』っ」
古く、鉄さびたブローチが出てきた。
私の持つ首飾りと同じ物——つまり〈王血の証明〉だ。
希少で特殊な鉱石を用いているこの〈王印〉は世界に9つしかないものだ。
資格を持たないものが持っても只の装飾でしかないけれど——血筋のものが持てば相応の力をもたらすもの、と本に書いてあった。
「その冒険者は、どこかの王族の誰か、だったということ?それも——」
私の血縁者。きっと年代的にはすでに死んでしまった母上よりも前の世代だろう。
それはつまり——私の血筋にある『王家』の肩書は母上が父に捕らえられるよりも前からのものだったということ。
父上が母上を拾ってきて私を産んだから、私に王家の血筋があるというわけではなかった?
「そうさね、お嬢ちゃんはもしかしたら『ロヴェルタースの直系』であるかもしれないのだ」
———————————
机の上のティーカップはすでに底が乾いていた。
しばらくの沈黙の後、紡ぎだせた言葉は———
「……そう、なのね」
だけだった。
あまりにも唐突で、衝撃的で理解が及ばなかった。
それでも分かったことはある。
私が本当に王血を継いでいるのならば、何かできる力が備わっているということだ。
なぜなら、〈王血〉を持つということは特別なスキルを持っている可能性が高いということだから。
知覚できてない、ステータスにも表示されていない——その『時』が来ないと発現しない世界から課せられた使命の力。
——ワールドスキルの権能が。
「驚いただろう? 正直言えば私の方が驚いておる。まさか本当に彼女の血筋が私の元へ現れるなんて思ってもいなかった——というか忘れていたし」
「ええ……ほんとうに」
ああ、本当に驚きっぱなしね。
あの狭い城の中では知ることができなかったこと、それがたった二日の内に立て続けてだ。
ますます、彼との出会いというのが特別であったのだと自覚する。
「これは、貰ってもいいのよね?」
「もちろん。そのために彼女が残していったのだから——うまく役立てるといいさ」
店主が置いた革袋とブローチさして問いかけると、店主はうなずいた。
「ありがとう……大切に使うわ」
——————コンコンッ!
不意にノックの音が聞こえた。
店の入り口からだ。来客かしら?
「はいはい、空いとるよ。入ってきな」
「おっす!お邪魔しまッ———————」 バコンッ!
店主の言葉に続いて木のドアが勢いよく開いた。勢いが強すぎたのかドアが外れた。
その向こうから現れたのは二人の男だった。
「あんたはいつも優しく開けなって言っているだろう!」
厳つい風体から、追手の暗殺者かとも思ったけれど店主の様子からそれはないのだろう。
「ルド!ちゃんと直してから帰りなよ!——ドーマクは相変わらずおとなしいねぇ」
「あー、ばあちゃん久しぶり」
「すまんっ——力加減が……」
うん。大丈夫そう。
ルドと呼ばれた男は髪を剃った筋骨隆々な大男で、ドーマクと呼ばれた男は背が高く店の中で少し屈んでいる。
「ばあちゃん、今日はそこの嬢ちゃんに用があるんだよ。ドアはちゃんと直すからさ」
「だと思ったよ。ほれあんた達も席に着きな」
促す店主を遮るように、ドーマクがつぎはやに言う。
「いや、急ぎなんだよ!嬢ちゃん! ローグウェンに今から向かうぞ!」
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