第八話 廃姫 ルーナリアの新たな人生


 ——ばたんっ


 戸が閉まる音で目が覚めた。

 重たい瞼がうまく動かなくて、視界がぼやける。

 固い寝台から上半身を放して体を伸ばす。


 「んん――――っ……」


 目を擦り、強制的に視界を取り戻す。

 あたりを見渡すと見知らぬ部屋の光景が視界に映った。

 古く、みすぼらしい木造の部屋。


「はえ、ここは……。あぁ、そうか」


 だんだんと意識がはっきりしてきた。

 そういえば私はあの城から逃げ出したんだった。


 昨夜——彼と話した後、眠りに落ちてから今の今まで深い眠りについていたみたい。

 こんなによく眠った気分になったのはいつ以来かな?

 誰かと一緒の部屋で眠るというのは、存外いいものかもしれない。


「って、のんびりしている場合じゃないわ!?」


 ケンセイはもう出かけたのだ。

 私が昨日冒険者になるように、とけしかけた通りに冒険者ギルドへ向かったはずだ。

 本当に彼の行動力には驚かされる。

 私を城から連れ出した時もそうだけれど、冒険者になるよう言った時も二つ返事で『うん、任せて』と答えた時は感心しちゃった。

 きっとこの子は人の何倍も勇気をもった男の子なのねって。

 やらなきゃって事を真っ直ぐにやろうとする——だからこそ、公正神様は彼を〈使徒〉にお選びになったのかも。

  

 もう、起こしてくれたらよかったのに。

 顔を見ずに行っちゃうなんて、何となくさみしいじゃない。


「……」


 あー、駄目ね。

 何というのかしら。城で呼んでいた書物にあった、〈吊り橋の上の二人〉のような気分が抜けないわ。

 いつまでも夢見心地でいるのは駄目。

 彼は迷わず前へ進んでいるのだから、私も行動に起こさないとね。


 寝台から抜け出し、身だしなみを整える。

 毎朝恒例のステータスチェックも欠かさない。

 

 「ステータス開示魔法展開」

   ------------------------------------—------------------------------------

 ルーナリア・シエラ・ルクスセプティム 年齢【15歳】 性別【女】

 ジョブ 【第二王女】

 ステータスレベル 8→15

 筋力 300

 体力 220

 魔力 340

 知性 210 

 総魔法力量 340 


 所持スキル

 【凝固】→【固定】

 ------------------------------------------------------------------------

 

 あら、レベルが上がっているわね。

 ローハンとの戦いで成長する部分があったということね。

 能力の伸びは全然だけれど、スキルが変化?進化?しているわね。

 うーん……ケンセイの解析なら詳しいことがわかるんでしょうけれど。

 帰ってきたら見てもらおうかしらね。

 

 

 さて、日課も終わらせたし彼を見習って行動に移しましょう。

 

 


 まず私がしなければならないこと、それは——味方を作ることだ。


 異母妹であり第一王女であるルミネールシアは今や国の中枢を牛耳り、発言力どころか国政の中心となっている。

 彼女が差し向けてきた暗殺者たちも元は《国影の騎士》と呼ばれる現王直属の騎士だった。それ故に質の高いスキルや能力、思想を持った貴族からなる誇りある騎士団であった。


 過去の栄光であるとしても、そのような存在を手足のように扱えるルミネールシアの力は絶大だといえる。

 抗うためには相応の後ろ盾が必要である。さもなくば——他国への亡命しか手はないない。

 どちらにしても、今の私には圧倒的に力が足りなかった。

 

 生まれてこの方、ずっと監禁されていた私には知り合いといえる人間はいない。


 昨今の階級者たちの間では、私は難病に侵されており離宮から出られない——としか思われていない。

 そもいないものとされているのが現状だった。


 唯一——実際に顔を合わせたことがある外の人間は、五歳のお披露目式の折に挨拶をした各領主とギルドのお歴々くらいしかいない。

 


 今いる港町——《ルヴィエッタ》はクロムウェル伯爵家が治める交易都市である。

 

 クロムウェル卿は王女派閥の貴族として有名だ。

 それと同時に遊興癖が強く、領地の経営は家臣に任せっきりで王都の別邸に入り浸っているらしい。

 実質の取り締まりはクロムウェル家の家令、もしくはその地の治安を維持している冒険者ギルドのマスターであると言える。

 

 ここのギルド長であるグイード・アッルヴィエとは一度だけ会話をしたことがある。

 もちろん五歳の頃のお披露目式で。

 その際に恭しく首を垂れて『あなたのような聡明な王女様がいてくださればこの先安泰でしょう』と朗らかに笑ってくださったのを忘れていない。

 彼の言ったようにはならなかったけれど、今の私が頼れるのは彼ぐらいなものだった。

 

 さらに言えば、グイード氏は現行の『異界戦士政策』に反対の立場をとっていると、見張り達の噂で聞いた。

 なんでも『市井に目を向けるべきです。冒険者や兵士であれ雇用であれば国内の生活が安定する、そうすれば犯罪率も減りましょう。ですが、異世界人を主力に重宝し続ければいずれは自国民にも職を失うものも出てくるでしょう』とクロムウェル卿に直訴したほどであるという。

 

 そこまで言える人なのであれば、私の話を聞いてくれるかもしれない。

 淡い期待ではあるけれど——暗殺者たちが動いている以上、何もしないのはただ死を待つだけだ。

 それならば少しでも可能性ががある道を選ぶべきなのだ。

 彼なら間違いなくそうするわ。

 私を連れ出してくれた時のように。


「よしっ……」

 

 整え終わった髪を軽く払い、立ち上がる。

 そうと決まれば早速冒険者ギルドへと向かいましょ。

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