視点:志野
第44話
「先輩? なにして」
欄先輩が突然正装を襟元から下へと滑らせた。
「きみにさ聞いたよね? 怪異から影響を受けにくい体質なのかって」
「それが今どう関係」
あるというんだろ。先輩は後ろ向きのまま背中の肌はむき出しになっている。
「悪影響は受けにくくてもある程度影響は受けるんだね? だって私のこと気づいたりしないんだから」
言いたいことが万にひとつも理解ができない。状況ひとつもわからなかった。
「もし影響を全く受けないのなら気づいていたはずだから。私とっくに死んでるから」
「何言ってるんですか」
「反魂って前に話したの覚えてる? 死者が生き返るって昔は信じられていた」
「あるわけ」
「そ、無いんだよ。でもね。私は欄律という死んだ人間の器に入っているだけ」
「冗談がすぎますよ、先輩」
うっすら、先輩は笑って
「冗談だったらどれだけ良かったろうね、死者への冒涜だ、反魂なんてもの。私はううん、欄律という肉体に常に誰かしらの魂が巣くうだけ」
「死にたくたってもう死ねやしない。私を、欄律を生き返らせたのはね、計算外の出来事だったんだよ」
「知ってたら望まなかった、欄律には死ぬと自動的に反魂が発動するという性質があった。死んでから知ったけど。結果的に私を生き返らせたのは私自身であり、田合健人であり、福呂陽なんだよ? 知ってた? そのくせ腫れ物扱い」
後ろ姿のままそう言った。明らかに泣きそうな声で、そして淡々と言った。震えている。
「正装はね。怪異に人間だと錯覚させるための封印とでも言えばいいかな。が施してあるんだ」
床には正装と彼女が言っていたものが転がったまま。それを指さして言った。
「志野くん、欄律なんてこの世に居ないんだ」
長い髪を掬いあげてうなじを見せてくる。そこには青く文字が浮かんでいた。背中には青い蝶の模様のようなアザが大きく浮かんでいる。
「仮に私が死んでも他の誰かが私になるだけ。意味なんてものは何処にもない」
ぽつりとそう言った。
「死んだらその先なんてないんだよ、痛いし、苦しいだけ。神なんていやしない」
「欄先輩」
何も言えない
「志野くん。もしそれでも弟くんを生き返らせたい?」
首を横にふる
「志野くんがあの二人と同じ答えを出してたら私は、心底憎むつもりだった。良かった」
そう言って正装を羽織って、去った。
ぼくは立ち尽くした。
それきり先輩の姿を見かけなかった。死亡通告と登録抹消のみ。
死ぬことなど出来やしないと言った先輩は死んだことになっていた。
偶然欄先輩に会った、ただの偶然だった。
「欄先輩!」
「ぁあ、志野くん」
物悲しげな表情で彼女は振り返った。
「最近どうですか?」
「すぐそこの兎山さんとこの神社手伝ってるかな。まともな仕事は出来ないからね」
どうやら私用だったらしい、薄いカーディガン姿。
「志野くんこそどしたの? こんなとこに」
「たまたま通っただけです」
「志野くん、よってく?」
神社の方を指さして彼女が言った。
「迷惑じゃなければ」
「陽と田合さんには内緒にしててね、兎山さんと陽のお姉さんに匿ってもらってるから」
頬をかきながらそう言って歩き出した。
「待ってください先輩、これ」
上着を脱いで彼女にかける。どう見ても寒そうだったから。
「ありがと、すぐそこだから大丈夫なのに」
笑って彼女がそう言った。
神社の境内まで行くと社務所へと彼女が歩く、後ろを着いていく。
「あれっ律ちゃんお客さん?」
巫女装束の女性が玄関から声をあげた。
「私の知り合いだから、気にしないで雅。」
とその女性に彼女は言うとさっさといくつかある内のひとつの戸を開けて
「志野くん、こっち」と言った。
中を見ると少し手狭な和室の中央にテーブルと座布団があるだけの部屋。
「ごめん、ちょっと待っててくれる? お茶とってくるから」
そう言って彼女は廊下を出ていく。取り敢えず座って待つことにした。入り口の奥に窓?ベランダ?があり、カーテンが閉めてある。
「ごめん遅くなっちゃって」
いつの間に着替えたのか、正装の姿でお盆にお茶を乗せ持って入ってきた。
「いえ」
「着替えてたから少し遅くなっちゃって、ここにいるときはこれ着て過ごしてるからさ。どうも普通の服居心地悪いんだよね」
眉をあげながらそう言った。
「とても似合ってますよ、欄さん」
先輩と呼ぶのはすでに退職した人に失礼な気がして言い直した。
「これ着てないと死人だってバレるからであって似合うとか似合わないとかどうでもいいんだけど」
彼女はものすごい困ったような表情でこたえる。
「欄さんほんと似合ってますよ、元気そうで良かった」
本心だった。
「ありがと? 玄関で合ったのは雅、陽のお姉さん」
「そうなんですね、仲良しなんですね」
「どうだろ? 兎山宗吾さんも雅も私が死人ってわかってるからな」
「律さん」
「えっと、何? 下の名前で呼ばれるのちょっとなれないな」
彼女は苦笑いした。
「戻る気はないんですか?」
「ごめんそれは無理かな。きみがここにきて相談乗るくらいならできるけど」
ぼくの手を彼女の手が包む。
「そう、ですよね。嫌なこと聞いてすみません」
「別にきにしてないよ」
「また、来ますね」
立ち上がり玄関へ向かう。
「志野くん、またね」
笑って彼女がそう言って玄関で見送ってくれた。その時彼女が境内の奥の方を見つめているように見えた。
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