中ボスが強すぎて暇すぎる!…のでアイドル活動してみた
夜永培足
第一話 アイヴァ・リリィは暇すぎる
アイドル。それは現代を生きる人々に夢を与える興行。
ダンジョン。それは現代を生きる人々に活力を与える興行。
その二つが交わった時、人々はその対象に偶像としての光を見るか、はたまたボスとしての闇を見るのか。未だその答えを持つ者はいない。
「はぁ…なんだそりゃ…その答えを出すのがお前の仕事だろ~…」
本を読み終えた彼女はフカフカの玉座に極限まで腰を掛け、黒々としたレンガの天井を仰ぐ。
彼女の名はアイヴァ・リリィ。ここイビル・スクエアのボスだった。
「暇だぁ…あぇ…あぇあぇあぇ」
かつて15歳という異例の若さでボスとして協会に認められた紛うことなき天才は極限の暇に晒された結果、無様にもへそを晒し玉座からずり落ちそうな体制のまま寄声を上げるぐうたら娘と変貌を遂げていた。
「朝起きてー…支度してぇー…本読んでぇー…はい、今何時?」
壁掛け時計の方を見やるリリィ。業務の終わりまで後、4時間と52分。
「あと五時間…はぁ…」
リリィの体はずり落ちた。視界に入る玉座には確かな使用感。もう長らくこの玉座も、他の備品も変わっていない。そもそもこの部屋の家具は壊れるためにあるというのに。
ドンッ…!ズドンッ!
分厚い壁の向こう側から地鳴りに似た衝撃が響く。
「アイツ…今日何戦目だよ」
この地鳴りの元凶の名はテラ・シュタルテ。彼女はリリィが統括するダンジョン、イビル・スクエアの中ボスを担う存在だった。
日々、血で血を洗う殺し合いに身を投じている彼女。彼女の圧倒的な強さが故か怖いもの見たさに挑みに来る者も少なくない。
そう、間違いなく彼女の存在がダンジョンに利益を与えているのは明白なのだ。ただ一点、ボスのリリィが暇をするというデメリットを除けば。
「今日はもう早く閉めようかな…メンテナンス業者入るし…」
状況やコンディションによってムラがあるもののテラは常軌を逸した破壊の権化。その影響はダンジョンの運営にも支障が出るほどだった。
リリィが夜な夜な帳簿と向き合い、重なる出費に頭を悩ませていることなどきっと誰も知らない。いや、破壊の主たる彼女くらいはその事実を知っておいてほしいのだけれど彼女に言葉は通じないのでもはやそれも仕方がない。
ズンッ!ズズンッ!ダンジョン全体に波及する衝撃。いつも以上に揺れが大きい。
「ん…?なんかひび割れてね?」
メキッ…!メキメキッ!
リリィの頭を嫌な予感がよぎる。
「お、おい待て…!やめ、やめてくれぇ!!」
爆音と共に勢いよく壁材が弾け飛ぶ。一瞬展開が遅れたせいかリリィの額に壁材がぶち当たる。
「ってぇ…!くっそぉ…!」
顔をしかめながら指先で防御魔法を展開するリリィ。
普通のダンジョンの壁材よりも数段上の素材で発注した壁材だったのだが、まるで豆腐みたいにグズグズの様相だった。
砂塵の奥から、カツ…カツと淑女の足音。同時に淑女と呼ぶにはあまりに荒々しい魔術の奔流がその砂塵をかき消した。所作だけはやけに小奇麗なテラ・シュタルテ。彼女は不気味に微笑みながらリリィの部屋に足を踏み入れた。
「これで824連勝…!」
血に塗れたボロボロの衣装を身にまとうテラと、その右手には重厚な鎧に身を包むゲストと思しき巨戦士の身体。下から支えるというよりはその背を掴んで持ち上げたと言った様子だった。
彼女にかつて手渡した修道服をイメージした清潔感溢れる衣装は見る影もない。色が赤く染まっていた。
「がっ…がはっ…!」
「ふふ…ふふふふ…!」
右手で持ち上げていたゲストを投げ飛ばすテラ。まだ息はあるようだが、まさしく虫の息と言った所だった。
「おいテラ!コイツ腕が飛んでる!やり過ぎだぞ!」
「過ぎる…?過ぎることなんて何一つないでしょう?リリィちゃんを守るのに!」
テラ・シュタルテ。彼女はリリィの事が本当に、本当の本当に大好きだった。それはもう食べてしまいたいくらいに。
戦いを経てボルテージの上がったテラを躾ける方法をリリィは知らない。だが、ボスとして言うべきことを言う必要が彼女にはあった。
「お前が過剰に痛めつけるとその分の治療費も高くなる!ゲストの人は気絶でもさせて帰してやるのがお互いに都合が良いっていつも言ってるだろ!」
「フフッ…手加減をしてもし…この扉が破られてしまったら…?」
仮面の下の瞳が口の動きに合わせて三日月型の孤を描く。
「そしたら私が相手をする!持ちつ持たれつの支え合い!それがダンジョンとしての本懐だ」
リリィの発言に左手で頭を抱えるテラ。右手で持ち上げたままの冒険者の事はさておいて、リリィとテラの暴力的コミュニケーションが始まった。
「ちがぁあああう!!!」
テラの大声にビリビリと空気が震える。リリィは咄嗟に右手を地面につけ臨戦態勢を取った。だがそれも肩透かしといったくらいには仕様もない話題でそのコミュニケーションは始まった。
「リリィちゃんがバレる!どこぞの馬の骨とも分からない変態に!」
「バレるって…なにが…」
「可愛さです!!聞いたことがあります。男とは愛する女の子の為ならば尋常ならざる力を発揮する物だと!」
「いや…いくらなんでも限度ってものがあるだろうし…それに私、こんなんだぞ?男なんて寄ってこないさ」
キラキラと輝く銀髪を持ち上げて、にへらと笑うリリィ。彼女もまた、自己評価という物が正しく出来ない側の生き物だった。どこからどう見ても絶世の美女に変わりはない。
「寄ってくる!その恰好もそうです!」
「これ?」
ビシッとテラの指さす先はリリィのスカートへ。黒を基調としたフリルのスカートは人形のような無機質さを醸し出しつつ、細部に刻まれた花びら模様からは確かな愛らしさも感じ取れる良質なデザインであった。
だがそれをテラは一蹴した。
「ひらひらと…痴女みたいな恰好をして…そんなのちょっと動けばパパ…パンツなんて丸見えではないですかぁ!!!」
「あー、私魔法で固めてるからそれは大丈夫」
リリィも慣れた様子で言葉を返す。
「下から覗かれる!!」
「身長低いから大丈夫」
「リリィちゃんが吹き飛ばされたら見えてしまう!!」
「私、強いから吹き飛ばされない」
「無理!!」
「私も無理!」
「どうしてぇ!?」
「だってこれで申請してんだもんよ…少なくとも来年まではこれだよ」
ボスの衣装申請のタイミングは蒼い星が空に浮かぶ20の月と協会の規約で決まっていた。
今日は5の月の頭、火竜の回。そろそろ暖かくなってくる時期だ。
「はぁ…では、それはもう分かりました。ですがリリィちゃん…私に労いの言葉はないのですか?」
「労い?」
リリィの頭の上には、はてなが浮かぶ。
不気味にも何とも言えない表情でこちらへ歩み寄るテラ。カツ…カツと革靴の音が静かに響く。
「な、なんだよ…?」
テラはすっと右手の甲をリリィの目の前に見せつける。
「見てください。私、リリィちゃんの為に血を流して戦っているのです…」
言われて見ると確かに血が出ていた。けれど、どう見たって擦り傷。おおよそ薄皮一枚剥けただけ。
「それは傷って言わんだろ…それが傷になるならコイツはどうなるんだよ」
リリィが足先で床に伏したプレイヤーをつつく。固まるテラ。固まるゲスト。少なくともゲストの方は死後硬直が始まっていた。
「…ま!いいじゃないですか傷は傷です!これは私の勲章です!褒めてもらっていいですか?リリィちゃん!」
「い、いいから!こいつを医務室に運べ!」
「ふむ…仕方ないですね」
テラは軽々と重装備の男を担ぎ上げる。
「業後までに何かご褒美!考えておいてくださいね!」
「あ、あぁ…分かったよ…」
追い出すように手を仰ぐリリィを見て、テラは少しむくれた後ボス部屋に背を向けて歩き出した。
「オ゛オ゛マ゛エ…」
固まった血が喉につっかえたようなくぐもった声の主はテラの手の上。重装備のゲストから。あまりの耐久力にリリィは目を見開いた。
「あんな硬い奴もいるのか…」
「ゾ…ゾノヂカラハイッタイ…」
「愛です!アナタに想い人は?」
「イ゛…イ゛ナイ…」
「敗因はそれですね」
「グ…グボッ…」
二人のコントのようなやり取りを見送って残されたのは風通しの良くなったボス部屋と瓦礫の山。そして現実に泣くアイヴァ・リリィ。
「ご褒美ねぇ…私が欲しいくらいだよ」
ボスになってはや3年。テラが来てから身も心も、ダルダルだった。リリィは屈み、瓦礫を一か所に集めていく。地道な作業。この壁材は魔法を通さないのでリリィの魔法も使えない。
「やっぱり得意よりも…好きを仕事にするべきだったのかな…」
小さい頃、親に連れて行ってもらったアイドルの握手会。その時の感動も憧れも、リリィの心の隅に気付けば追いやられてしまっていた。どう考えてもボスは稼げるし、リリィにとって得意な事だったから。
「戦うのは好きなんだけど…どうもなぁ…」
ボスになれば自由だと思っていたリリィ。その為に必死に勉強をしたし、訓練も積んできた。だがその先には興行としての大人の理屈しかなかった。
何事においても夢の裏には汚い世界がある。それはきっとアイドルだって。そんな事を考えながらリリィは暇な今日に別れを告げるのだった。
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