明暗 1

 

「ひきょうもの!ひきょーもの―――!!」


 自宅。

 リビングの片隅で竹刀をぶんぶん振り回しながら紫荻が泣きじゃくる。

 いや、駄々をこねまくると言った方が正しいか。


「紫荻ちゃん、落ち着きなさい」

「そうよ。落ち着いて」


 そんな彼女を前に両親は慌てふためくばかり。

 まぁ、そんな光景を俺と弟は困り切った表情で見つめるのだが。


 あれから。結果的に言ってしまえば、紫荻は抱きかかえられほぼ無理矢理と言う形で、この家に連れて来られた。

 こう、ひょい……と持ち上げられて、あれよあれよという間に車に、家に。

 ちょっと両親が犯罪者ぽくも感じられたし、何より半兵衛が嫌に慣れた様子で手を振っていた。


 こうして彼女は我が家に連れて来られた訳だ。

 なので、あるが。


「ひきょうもの!犯罪です!ゆうかいです!さいてーです!」


 無理やり連れて来られた紫荻はたまった物ではない。

 青色の瞳に怒りを滲ませ、竹刀を振り回すのだ。

 あれでは危なくて近づくのも困難。

 両親は困り切った顔をしていた。


「いったいどうしたのかしら?前会った時は素直ないい子だったのに」

「うーむ」


 なんて二人顔を見合わせながら唸っている。

 そして俺と言えば――。


「此方を見ないでくださいませ!」


 きっとこの中で一番彼女に嫌われている……。

 というか、おそらくなんだけど。


「お前だけは。お前だけの元にはもう二度と近寄りたくも無かったです!!!」


 いや、完全に。

 これ、紫荻が嫌がっている理由は俺だと思う。

 だって俺をみて、俺を真っすぐ見て叫んでいるもの……。


 俺からすれば、唖然。

 だって、始めて合うのだ。嫌われる筋合いは無い。

 と言うか、感動の出会いは何処へ行った。


 そう思いながらカーテンの後ろに隠れてしまった紫荻をみる。

 猫のように逆立ち、犬のように唸る彼女を前に両親は1つの答えを出すしか無い。


「暫くそっとしておくことにしよう」

「そうね。落ち着くまで……」



 そう言って両親は政道を連れリビングから出ていくのだった。

 俺は三人が去ってから、その場に立ち尽くす。


 カーテンに丸まり、此方を睨む彼女の姿。

 なんだろう。このまま放っておくのが忍びないというか。駄目な気がして。動けなかった。


「あ、あのさ……」


 恐る恐ると声を掛ける。

 途端に紫荻はギロリと更に俺を睨む。


「話しかけないでください!」


 完全に威嚇されている。

 何故だ。おれが何をしたというんだ。

 推しが目の前に居るというのに、この対応!悲しみが深い。


「……あのさ、俺と……。きみ、会うの初めてだと思うんだけど。――なにかした、かな?」


 気が付くと自然とそんな言葉が零れていた。

 いや、けど俺、本当に何かした?

 実は前回の面会であっていたとか?いや、そんな記憶ない。

 言った通り、今日初めての出会いだと思うのだけど。


 そんな俺の心でも読んだのか、紫荻が言った。


「お前は何回も私をうらぎります。私のちゅーこくも聞かずに何度も何度も!……。私を切り捨てるきょーじんです」


 憎々しそうな瞳で、口調で。忌々しく。

 嫌。確かにそれは俺、怖いな。

 でも、確かに数百年前はあらゆるルートで、バサバサ切り捨てていたものな――。


 ……ん?


 俺の中に確かな疑問が浮かんだ。


「まったく……。まいかい、まいかい。……。どんなに助言をしても男どもは――!」


 気が付くと紫荻がカーテンの側でバタリと倒れて唸っている。

 すこし情緒が不安定な子なのかもしれない。――いや。違う。


「次生まれ変わったら男として生きようと、思っていたやさきがこれです……。どこですか、此処は。毎回17の年。誕辰から始まっていたじゃないですか……。なんです、この小さな身体は!!!!」


 紫荻はぐちぐち文句を零す。

 俺からすれば、その違和感が更に強くなってきた。


「なんです。6歳って……。お義父様半兵衛さまがご健在なのは嬉しかったのに、コレからもお側に居られると思ったのに。あれよあれよと、伊達家に養子など。ふざけんなです」


 どんどんと小さな手が地面を叩き呻く。

 だんだん口が悪くなってきているのは気のせいだろうか。

 そして俺の中での疑問がだんだん形を成してくる。


「ていうか、此処本当に何処?服も妙なモノばかり着せられますし、いえ。袴より動きやすいですけど。……。城など無く、寺に放置されていたと思えば、次はこんな立派な……」


 恐る恐ると、俺は紫荻に近づく。

 彼女は自分の世界に入り込んでいたらしく俺が近づいても顔も上げなかった。

 そんな紫荻の側に膝を付き、俺はおそるおそると一つを問いかける。


「今、西暦……。いや、年号何年でしょうか」

「……は?」


 忌々しそうに彼女は顔を上げた。

 数秒。威嚇を交えた口調で彼女は言う。


「天正3年ですが?」


 雷が落ちたような衝撃。

 初めて。いや。今現在人生で二度目の経験が訪れ瞬間だった。




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