竜の蒼い月 2
――。よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!
大きな車の中。
俺は後部座席で一人ガッツポーズをしていた。
何故かって?そりゃそうだろう。
俺は今推しゲー「蒼月の空」の伊達政宗に転移していたのだから。
激推し中の紫荻姫の義兄確定の伊達政宗に転移していたのだから!
俺は一人車の中で顔を輝かせていた。
いきなり転移とかどういう事?とか別に何故だか何とも思いもしない。
昔から機転と受け入れ力は強いと褒められていたのだ。ただソレが発揮されただけ。
今までの家族に未練が無いとなれば嘘になるが。
それ以上に今は推しの紫荻が妹になるのが確定と言う事実が信じられない展開である。
これは夢じゃないか。何度も頬をつねってみたが痛みがあったし起きないので夢ではないだろう。
そもそもゲームのボタンを押した瞬間に寝落ちしたと言う時点で可笑しいだろう。だからコレは夢じゃない。
夢じゃないのだ!
「おにいちゃん……?」
「え?あ、な、なんでもない」
俺が余りに顔を輝かせていたからなのか、隣に居た弟、伊達政道が不思議そうに顔を覗かせていた。
俺は慌てたように微かに笑みを浮かべて両手を横に振る。
すると政道は不思議そうな顔をし、首を横に傾けるのだ。
「仕方が無いわよ。政道ちゃん。新しい妹が出来るんだから」
「そうだぞ。政道とは同じ年齢だが……。でもお前もお兄ちゃんになる訳だ」
「ぼくが!?」
そんな政道に母と、そして父である
母に関しては先程とは打って変わっての心からの嬉しそうな笑顔を浮かべている。
彼女もまた嬉しいのだろう。なにせ血のつながりはないとはいえ、念願の娘が出来るのだから。
記憶が正しければ紫荻の到着を心から待っていたのは、この母なのだから。
確か養子をとると決めたのは3年ほど前。
母がお腹の子を流産した時だ。医者からはもう次の子は出来ないとまで宣告を受けた。
当時の記憶では
当時の政宗はただ悲しい事があったのだと言う事しか理解が回らなかったが。今の俺には分かる。
子を無くし暗く沈んでいた母。
もう子も産めないと告げられていた母。
それを誰よりも不憫に思った父は養子をとる事を勧め、長年母はソレを拒否していたのだが1年前のある日、向かった先の孤児院で一人の少女と運命的な出会いをしたのだ。
なんでも見た時にその子はうちの子にならないといけないと言う使命にも似た感情に襲われたのだと。
それが半年前に父が教えてくれたことだ。
一年間。面倒な手続きを何とか乗り越えて今日という日を迎えた訳である。
だから母が一番喜ぶのは何も不思議はない。
☆
いや、しかし。
不思議なものだ。俺は自身の記憶を振り返って思う。
今、俺の中には複数の記憶が存在している。
一つは俺自身の記憶だ。マサと言う人物としての18年間。コレに関しては別に良い。
一つは政宗の7年間の記憶。政宗がこの七年間どう過ごしていたか。
政宗は伊達家と言う大きな会社の跡取りとして生まれた。戦国武将の伊達政宗とは遠縁であるらしい。
生まれながらに右目の見えない子だった。だから両親は数百年前の武将である政宗の名を付けたと聞かされた記憶がある。戦国武将の“伊達政宗”の様に片目が不自由でも立派な男になりなさいと言う言いを込めて。
父や母。弟がその政宗と同じ家族構成なのは偶然らしいが。
いやしかし、この現代においてもお目付け兼世話係役として片倉小十郎とかいるのだからもっと疑問に思っても良いのではないかと思ってしまうのだが。考えすぎなのだろうか。
性格は内向的だ。
生まれながらに右目に障害がある事でちょっと卑屈になっていて、無口で部屋に籠りがちだったようだ。
まぁ、実はそれは俺の記憶にある「蒼月の空」の今後の展開――。今からの展開で変わるんだけどね。
実は政宗はこの新しい妹を受け入れるのには抵抗があった。
右目の件から母は弟が生まれてから政道ばかりを相手して、父からの期待も無くなったのだと思っていたからだ。
ついでに両親は自分に厳しくなったとも思っている様だ。
だがコレは違う。
18の俺からすれば、ソレは政宗の思い過ごしにすぎない。
下の子が出来れば歳が低い子に両親はべったりになって当たり前だし、悲しい事にお兄ちゃんに期待するのはどうしようもなく当たり前の事なのだ。
それに母は厳しいが政宗の記憶をよみがえらせるに、内向的過ぎる息子を少しでも前向きにしたいと言う想いがひしひしと伝わってくる。
父はそんな母を察してだろう。打って変わって優しい父で居てくれている。兄弟で差別なんてしていない。
普通にいい家族じゃないかと、ちょっと感動だ。“伊達政宗”の方は家族問題が複雑だったからな。
そして、そんな政宗が何故大丈夫になるかと言えば。
実は今から迎えに行く紫荻がキーとなる。
これはゲームでの知識で、「蒼月の空」のプロローグにでもなっているのだが。
育ての親の元で暮らしていた紫荻の元にある日新しい家族がやって来る。幼い紫荻には分からなかったが、そこで合うのは暗い顔をした兄と紹介された少年だ。
紫荻は不思議そうに尋ねる。なぜそんな顔をしているのか。
少年は答える。自分には右目が無いから両親から愛されていない。弟ばかりが愛される。妹が出来れば更に愛されなくなるからもう捨てられるだろう。なんて。
そんな少年を紫荻はムッとした様子で返すのだ。
「だったら私が愛します!要らない子なんていません!どんな暗い道でも照らせるような。そう、月の様な子になりますから。そんな顔しないでください」
なんて。ただひたすらに真っすぐに。子供ながらに驚きの口説き文句だ。あまりにも真っすぐでキラキラと輝いていたから政宗は彼女に心から見惚れてしまうくらいに
結果、ゲーム開始となる高校生になる頃にはクールで寡黙だが内向的な性格は無事直り。判断力や行動力がお化けの、伊達の跡取りに相応しい伊達男に育つ。心強い
それがコレから起こる事が決定された未来である。
今ちょっとイラっとしたが。
なんにせよ。この政宗の未来は紫荻のおかげで明るい未来で決定している訳だ。
チカり……。
目の前が真っ白になり、見覚えのない“記憶”が流れ込んできたのはその瞬間だった。
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