第11話 妹との思い出

「また、明日ね」


 西野麗にしの/うららは駅を出た瞬間から、春季に対して手を振って立ち去って行く。


「うん、また」


 春季も彼女に対し、別れ際に笑顔で手を振って反応を返していた。


 二人は地元の駅で解散し、それぞれの帰路につく事となったのだ。


 喜多方春季きたかた/しゅんきは夕暮れ時、一人で歩きながら今日あった出来事を振り返っていた。

 麗とのボーリングの戦績はまあまあな感じ。


 あれから三回ほどやったが、一回だけ麗に勝てただけで、それ以外は普通といった結果。

 それほどに絶望的な差が開いていたわけではなかったが、やっぱり、悔しかった。

 けれども、彼女と一緒にゲームを出来ただけでも、心の底では嬉しかったのだ。


 もう少しやっていたかった気もするが、さすがにそれ以上続けると時間的に難しい。

 地元に帰ってくるのがかなり遅くなってしまうからだ。


 秋頃の季節だけあって、辺りが薄暗くなるのも早い。

 今は夕方の五時頃だが、すでに暗く、道の端に設置されている電灯の明かりや、車道を通る車のランプで何とか辺りを確認できるほどだった。




「ただいま」


 自宅玄関に入る。

 春季は靴を脱いでリビングに向かった。


「お帰り、お兄ちゃん……」


 妹のひよりは、席に座りながら夕食のご飯を頬張っていた。

 ダイニングテーブルには、夕食のおかずなどが並べられており、妹はご飯が入ったお茶碗を持ち、一人で食べていたのだ。


「もう食べていたのか」

「そうだよ」


 ひよりはご飯茶碗をテーブルの上に置き、春季の事を見ていた。


「お兄ちゃんもご飯食べる?」

「食べるよ、今日は結構運動してきたからな」

「運動って?」

「ボーリングしに行って来たんだ」

「へえ、ボーリング? 珍しいね」

「そういや、ひよりとも昔、ボーリングで遊んでたよね」

「そ、そうだね。というか、お兄ちゃん、そういうの覚えてるの? それ、ずっと前の話でしょ」


 ひよりは気まずそうに頬を紅潮させたまま、右手で持っている箸を使い、おかずのコロッケを掴んでいた。

 それを自身の皿に移していたのだ。


「もう忘れてるのかと思ってたんだけど……でもそれ、小学生の頃の話でしょ」


 妹はすました顔で、その皿に乗せられたコロッケを箸で掴み直し、口へと運んで食べていたのだ。


「というか、ご飯はあっちの方ね。キッチンに炊飯器と味噌汁が入った鍋があるから」

「わかった」


 春季は外にいる時に着用していた上着を脱いで長袖一枚になり、キッチンへ向かう。

 いつも使っているトレーにご飯茶碗と味噌汁茶碗を置き、それぞれの器に盛り付け、妹がいるリビングに戻る。


「そういえば、お兄ちゃんって、誰と一緒に遊んでたの?」

「え? 麗さんとだけど?」

「そう……今日、阿子さんが来たんだけど」

「阿子が?」


 何か用事があったのかと、春季は席に座りながら考え込んでいた。


「うん、何か話したがってたけど」

「な、何だろ」

「お兄ちゃんと遊びたかったんじゃない?」

「んー、そうかもな」


 昨日の金曜日。その日のお昼休み時間に、幼馴染の神崎阿子かんざき/あこがお昼ご飯を渡す代わりに、休日に一緒に遊んでほしいと条件を突き付けてきたのだ。


 その時、春季は断った。

 麗と一緒にボーリングに行く予定が予めだったからだ。


 今思えば、阿子はよほど遊びたかったのだろう。


「じゃあ、明日遊んだら?」

「明日かぁ……んー、考えておくよ」


 春季は少し考えた後、そう呟く。

 それから茶碗を持ち、ご飯を食べ始めたのだ。


「……お兄ちゃんさ」

「なに?」

「お兄ちゃんって、今でもアニメとかって見てるの?」

「今はそこまでではないけど、それなりには見てるけど」

「そっか。いつもは見てないんだね」

「そういや昔、一緒にアニメとか見てたよね?」

「うん。だからね、今日アニメ特集があるから一緒にどうかなって」

「いいよ。見ようか」

「ほんと? まあ、忙しかったら別にいいんだけど」

「今日はそんなに忙しくないし、いいよ」

「じゃあ、九時になったら始まるから」

「OK」


 春季は妹と共にご飯を食べながら、ちょっとした約束をしたのである。




〈今日のアニメ特集では、〇〇年代のアニメを中心にご紹介いたします〉


 テレビからは、アニメの人気女性声優の声が聞こえてくる。

 今回の番組では、その女性声優がナレーターとして、色々なアニメを紹介してくれるらしい。


 夜の九時頃。

 春季は食事を終わらせ、使った食器もすべて片付け、妹のひよりと隣同士でソファに座ってテレビを見ていた。

 画面上には、〇〇年代を代表するアニメキャラが複数人ほどシルエットとして登場しているのだ。


 〇〇年代というのは、二〇〇〇年から2009年あたりらへんの事である。


 〇〇年代は、オタクへの当たりが強かったり、アニメを見ているだけで変態だと勘違いされたりと、色々と魔境みたいな時代だったらしいと、春季は聞いたことがあった。


 今ではアニメは一般化しており、男性女性問わず、誰が見ても変な目で見られる事もなく、よい時代になったと思う。


「お兄ちゃんは、どのアニメが好きだった?」

「んー、そうだな。あの赤髪のロングヘアの女の子が登場するアニメとか?」


 春季は考え込みながら答える。


「灼眼的な?」

「そうそう。あのアニメはかなり見たな。ラノベとかも読んでたし。中学の頃は、特に読んでた気がするよ。中学の頃は朝のHR前に十五分だけ読書の時間があって」

「そうだったね、私の頃もあったよ」

「懐かしいよな。あの時は他にも色々見てたなぁ」


 中学を卒業して、二年しか経過していないが、どこか遠い昔に経験した事のように思える。

 その時は熱中できることが沢山あって、妹と一緒にアニメの事について語り合って、夜を過ごした事もあった。


 あまりにも寝るのが遅くなって両親に怒られたりとか。

 そういうのも今となってはいい思い出だった。


「お兄ちゃんって、今はアニメを殆ど見てないんだよね?」

「うん、でも、もう一回見てみようかな……」


 テレビ画面を見ている春季は懐かしさも相まって、自然と言葉が零れてくる。


「じゃあ、今度の休みでもいいんだけど、一緒に遊びに行かない?」


 隣に座っている妹にひよりが、ハッとした顔で春季に話しかけてくるのだ。


「アニメショップとかに?」

「そう。私、今、ロボット系のアニメにハマってて」

「珍しいな。ロボットか」

「それで、プラモデルを作りたいなって」

「プラモデル⁉」

「私、一人で買いに行くと恥ずかしいというか」

「クラスメイトは?」

「だって、友達の中にロボット好きな子がいないから。お願い、お兄ちゃん! 一緒にアニメを見てくれるなら、プラモデルの購入も手伝って」

「まあ、しょうがないな。いいよ」

「本当? 助かるよ、お兄ちゃん。やっぱり、何かと頼りになるね」


 妹が少しだけ、春季に対して笑みを見せている。

 それは自然な表情だった。


 高校生になってからは妹の方がしっかりとしていたが、やはり、いざとなると昔のように甘えた声で頼ってくる。

 意外と妹は、昔とあまり変わっていないらしい。


 そんな一面を見れて、春季は少し嬉しかった。


「お兄ちゃん、一人でニヤニヤしてどうかしたの?」

「いや、なんでもない」

「何か、ヘンタイな事でも?」

「そ、そんな事はないよ」


 二人は夜まで昔の話について盛り上がるのだった。


〈次、紹介するアニメは、赤髪のロングヘアの子が登場するアニメについてです!〉


 テレビ画面には、春季が先ほど言っていた、その女の子のシルエットが大々的に映し出されるのだった。

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