第20話 『過去の自分と重ね合わせて』
ある日の朝、森の奥からかすかな声が聞こえてきた。
私はすこし不安を感じながらも、リスたちに声をかけ、様子を見に行くことにした。
リスたちは鋭い聴力で音の方向を確認し、私を導いてくれる。
次第に、その声がはっきりしてきて、どうやら数人の人間のものらしいことが分かった。
しばらくして、雪に覆われた木々の間に、ぼろぼろに傷つき座り込んでいる数人の人々が見えてきた。
彼らの服はところどころ破れ、顔や手には傷が目立っている。必死に森を歩いてここまで辿り着いたことが一目で分かった。
「まさか…王都から逃げてきた人たち……?」
必死に王国から逃れてここまで来たのだろうか。
彼らは私に気づくと、弱々しく視線を向け、助けを求めるような目をしていた。
普段なら人間の声に警戒して近づかないはずの魔物たちも、私の後ろに集まり、静かに状況を見守っている。
ティオやポルカも緊張した様子で様子を伺い、リュカは冷静に傷ついた人間たちを観察している。
迷いが心の中で渦巻いた。
ここまで苦労して自分たちの生活を築き上げてきた森の中に、人間を迎え入れるのはリスクも大きい。
けれども、彼らの傷や疲労の表情を見ていると、かつての自分が思い起こされ、心の奥底から何かが突き動かされるような気がした。
私はついにいても立っても居られなくなって声をかけた。
「……大丈夫ですか?ここで少し休んで、手当てをしましょう」
私が声をかけると、彼らの表情には驚きと安堵が交互に浮かんだ。
疲れ果てた様子だったが、助けが差し伸べられたことで、かすかに微笑んでくれる者もいた。
彼らは王都の混乱を逃れてきた難民で、たまたま森に迷い込んだのだという。
「王都ではもう、何もかもが壊れてしまいました……疫病や貴族同士の争いで、安全な場所なんてどこにもなくて……」
ひとりの若い女性が、弱々しく語り始めた。
その言葉には、王都の状況に対する不満と失望がにじんでいる。
王都で見捨てられ、必死に逃げてきた彼らは、生き延びるためにこの森に辿り着いたのだと聞くと、彼らの辛さがひしひしと伝わってきた。
そんな話を聞きながらふと後ろを振り返ると、リュカが穏やかな表情で私を見つめていた。
彼の静かな視線には、私がこの場で決断することを尊重しているという意思が込められているように感じた。
その視線に後押しされ、私は彼らを助けることに決めた。
「この森には、回復する力を持つ植物がたくさんあります。しばらくここで休んで、体を癒してください」
そう告げると、難民たちは安堵の表情を浮かべ、次々と感謝の言葉を口にした。
「ありがとうございます…まさかこんな場所で助けてもらえるなんて…」
彼らは涙を浮かべながら頭を下げる。
その姿に、胸の奥にほのかな温かさが広がった。
仲間たちも、私の決断に同意してくれたようだった。
ポルカはすぐに薬草の調合を手伝い、リスたちは小さな手で包帯の材料を集めてくれる。
シオンは黙って周囲を警戒しながら、怪我人のための寝床を整える手伝いをしてくれた。
難民の中には、幼い少年もいた。
彼はまだ小さく、疲れた顔をして私のそばで静かに休んでいたが、ふと、彼の目がポルカやメルといった魔物たちに向けられると、驚きとともに興味深げな表情を浮かべた。
「……この動物たち、喋れるの……?」
少年の小さな声に、メルが嬉しそうに微笑みかける。
「そうだよ!僕たちはこの森に住んでる魔物なんだ」
王都に普通に住んでいれば魔物と遭遇する機会なんてものはほぼない。
初めて遭遇する未知に少年は少し緊張しながらも、次第に興味を持った様子でメルに話しかけ始めた。
そしてそんな光景に、他の難民たちも徐々に驚きが和らぎ、魔物たちに対しての恐れが薄れていくのが見て取れた。
「この森では、みんなが助け合って暮らしてるんだよ。だから君たちも、安心してここにいていいよ」
私の意図をくんでくれたメルの優しい言葉に、少年は目を輝かせてうなずき、他の難民たちも微笑みを浮かべていた。
最初は警戒していた彼らも次第に、喋る魔物たちの親切さを理解し、恐れや驚きが消えていったようだ。
私たちが難民たちを手当てしている間、彼らはぽつぽつと、王都での過酷な生活について語り始めた。
王族や貴族が自分たちのことばかり考え、庶民を見捨てて逃げ出したこと、無数の命が失われたこと、そして今も安全な場所を求めてさまよい歩く人々がいること。
どの話にも絶望と失望がにじんでいた。
それでも、ここで手当てを受け、魔物たちが優しく見守っていることに感謝している様子が伝わってきた。
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