第6話 『王都は大変?…ざまぁ!』


 ある日の夕方、仲間たちと果物を集めていると、リス型の魔物メルが森の奥から仲間たちと共に駆け戻ってきた。


 メルの周りには、小柄なリスの魔物たちが何匹か連なっている。

 彼らは一斉に私の周りに集まり、何か興奮気味に話し出した。


「聖女さま!聞いて聞いて、王都でとんでもないことが起きてるって!」


 私はふと手を止め、リスたちに目を向ける。

 リスたちの様子は普段と違って落ち着きがなく、どこか騒然としているようだった。


「何が起きたの?」


 そう尋ねると、メルが身振り手振りを交えて話し始めた。


「王都では、疫病が流行ってるらしいんだ!多くの人たちが病にかかって、王宮でも対応が追いつかないって」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の中に複雑な感情が湧き上がってきた。

 あの王都で疫病が蔓延している……。


 かつて私が「聖女」として迎えられながら、無能と決めつけられ、冷たく見放されたあの場所で、そんな大変な事態が起きているなんて。


「……そうなの」


 私は何も気にしないふりを装い、淡々と応えたが、リスたちはさらに興奮して話し続ける。


「人間たちは、聖女さまの力が必要だって騒いでるみたいだよ!でも、誰も聖女さまがここにいることは知らないから、どうしようもないんだってさ」


 メルの言葉に、思わず「ざまぁ」と心の中でつぶやく自分がいた。

 あれほど冷たく扱われ、用済みと見なされて追放された私に今さら助けが必要だなんて。


 彼らが今どんなに困ろうと、私にはもう関係ない。

 ここでこうして、魔物たちと穏やかに暮らしていることが、私にとっての平穏なのだ。


「まぁ、私にはもう関係のない話だし……」


 と、冷静に言葉を返してみせたが、どこか複雑な気持ちが胸の奥にわだかまる。


 助けを求める声が届かない遠い王都。かつて期待され、裏切られ、追放されたあの場所は、もはや私にとっては過去のものだと思っていたはずなのに、リスたちの報告を聞いて心が少し乱れるのがわかる。


 リスたちはその後も王都で聞いた話を楽しげに語り続けた。


「それからね、王都の広場で人々が『聖女さまがいれば救われる』って叫んでたんだよ。でも誰も本当の聖女さまの居場所なんて知らないから、あちこちで混乱してるって」


「王都のあちこちで薬草が高騰して、貴族たちまで手が出ないってさ!あの街の偉い人たちも大変そうだよ」


「聖女さまがいれば、みんな助かると思ってるのにねえ」


 リスたちが話す内容は、王都の混乱ぶりを浮き彫りにしている。

 私は知らないふりをして頷きながら話を聞くが、心の奥底でわずかな復讐心が芽生えるのを感じていた。


 メルが言葉を続けた。


「聖女さまはどうするの?王都の人間たちは大変だって聞いたけど…」


 無邪気な質問に、私は一瞬戸惑ったが、すぐに答える。


「私は……何もしないよ」


 その言葉を聞いたメルは首を傾げ、不思議そうに私を見つめた。どうやら彼には、私の複雑な気持ちが伝わっていないようだ。


 メルは素直で純粋な魔物だから、きっと人間に助けが必要なら手を貸すものだと思っているのだろう。でも、私は違う。


「私はもう、あの人たちには必要とされていないし、ここでの生活があるから」


 その答えを聞くと、メルは小さく頷き、「そうなんだね…」と理解したように呟いた。

 彼にとっても、人間の世界は遠い存在なのかもしれない。

 私を見棄てた彼らのために動く義理が私には無い、それはそうなのだが、胸の中にはなんとも言えない感情が渦巻いているのは確かだった。


 


 ******




 

 その日の夜、私は一人で焚き火のそばに座り、メルたちが語っていた王都の状況を思い返していた。


 王都の人々が私の力を必要としている今、私は遠い森の中で平穏な生活を送っている。

 それが幸せなはずなのに、心の奥にはほんの少しだけ罪悪感のような感情もわだかまっていた。


「助けてほしい……だなんて、あの時は見捨てたくせに」


 自分に言い聞かせるように呟いてみるが、完全に割り切れない部分が残っている。


 でも、今の私は魔物たちとこの森での生活を大切にしている。王都に戻る理由も、義務もない。


 やがて、ティオが焚き火のそばにやってきて、私の隣に静かに腰を下ろした。

 彼もまた、リスたちの話を聞いていたようだ。

 彼は少し私の顔を見て、柔らかな声で語りかける。


「君は心が優しい。だから、過去のことが気になるのだろう」


 ティオの言葉に、私は少しだけ目を伏せた。

 王都に裏切られた私には、今さら彼らに手を貸す義務はないと自分に言い聞かせているつもりだったけれど、ティオには全てを見透かされているような気がする。


「私は……この森で生きていくって決めたから」


「それでいいと思う、私は君の意見を尊重する」


 再度言葉にして自分に言い聞かせると、ティオは小さく頷き、静かに焚き火の炎を見つめた。

 その視線は、私をそっと後押ししてくれているようで、どこか安心感を与えてくれる。


 その夜、森の仲間たちが私のそばで静かに眠る姿を眺めながら、私は決意を新たにした。


 王都がどれだけ混乱し、私の力を必要としたとしても、もう戻らない。ここには私の新しい仲間がいて、居場所があるのだから。





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