聖女に転生したけど無能だと言われ追放されました。でも今は聖女の力で魔物を癒し、知識を与え彼らと仲良く暮らしています!なんだか王国が大変そうですがもう私は知りません。

やこう

プロローグ 『聖女追放』

 気がつくと、私の目の前には広がる見慣れない光景。


 あまりの美しさにしばし呆然としていると、突然何人かの甲冑をまとった騎士たちが近づいてきて、私に頭を下げた。


「──聖女様、よくぞお越しくださいました。あなたはこの国の希望です」


 ……え、聖女様?私?まさかと思いながらも、どうやら本当に私は異世界に召喚されて、ここで「聖女様」として迎えられているらしい。


 さっきまで日本にいてブラック企業で働かされ続けていた私。あの激務から解放され異世界で聖女として生きていくことになるのだろうか。

 あまりまだ現状把握は出来ていないが自分がここの人たちに歓迎されていることは確かだった。


「聖女様、どうぞこちらへ」


 騎士たちに導かれ、王都の中心にそびえる城へと案内されると、城の大広間にはたくさんの貴族や騎士、そして美しい衣装に身を包んだ王族らしき人々が集まっていた。

 皆、私に期待に満ちた視線を向けている。


「聖女様がいらっしゃったことで、この国の安泰は約束されたも同然です。どうかその力を、我らのためにお見せください」


 王宮にいる大勢の人々が深々と頭を下げ、その中には若くて美しい騎士たちもいて、内心少し緊張する。


 でも、こんな風に皆に必要とされるのは嬉しい。

 異世界に来たのも、何かしらの意味があるのかもしれないし、もしここで本当に「聖女」としての役割を果たせるのなら、こんな光栄なことはない。


「わかりました、私の力をお見せしましょう」


 そう言って、教えられた通りに祈りを捧げるような形で目を閉じ、両手を前に差し出した。


 心を落ち着け、全身に力を集中させるように。


 頭の中で「癒しの力よ、来い!」と願うと、体の内側から温かいエネルギーが湧き出してくるのを想像してみた。

 しかし──何も起こらない。


 あれ、どうして?もう一度、深呼吸をして気を取り直し、集中してみる。

 何度も、何度もやってみたけれど、私の手には一切の光も、癒しの力も現れない。


「あれ……?」


 ざわざわと場内が騒がしくなる。

 すぐ横にいた騎士がひそひそと何かを言っている声が耳に入ってきた。


「これが……本当に聖女様なのか?」


 その声をきっかけに、他の人々からも次々と疑問や不安のささやき声が漏れ始める。


「もしかして、召喚に失敗したのではないか?」

「偽者ではないのか?」


 そんな声が耳に突き刺さるように響く。


 私は、ただただ焦りを感じていた。

 どうして力が発揮されないのか。確かにこの体に何かしらの力が宿っている、そんな感じがする。


 まだ慣れていないからだよね?今はたまたま、発揮できないだけだよね?


「きっとそのうち力が使えるようになるはずです……」


 震える声で言い訳をする私に、周囲の反応は冷たい。


 温かい歓迎が、いつの間にか冷ややかな視線に変わっているのがわかる。


 期待されていた立場にいることが急に怖くなる。

 それでも、いつか力を発揮できる瞬間が来ると信じたかった。私が役立たずな聖女なんて、そんなの信じたくない。




 ******




 聖女として王都に召喚されたものの、癒しの力が発揮できないまま数日が経った。

 毎日、城で祈りの練習をさせられるが、力は一向に現れない。


 私を見つめる視線も、初日の歓迎ムードから冷ややかなものに変わっていくのがわかる。

 何度も祈り、力が発揮されるのを待ったが、結果はいつも変わらない。


「今日もダメでしたね」


 周囲の使用人たちは、私を避けるように距離を取る。

 王族の人々や貴族も、私が視界に入るたびに露骨に顔をしかめるようになった。


 初めて癒しを試したあの日、周りの人々が失望とともに私を冷たく見つめた視線を、嫌でも思い出してしまう。

 聖女として、癒しの力が役に立たない私は、ただの異物のように扱われ始めた。


 そんなある日の朝、とうとう王族から呼び出される。

 玉座の間で告げられたのは、信じられない言葉だった。


「──君には…何の役にも立つ力がない。これ以上、城にいても仕方あるまい。異世界から来てくれたことには感謝するが、聖女としての役目を果たせないのであれば……去ってもらおう」


 その冷酷な言葉に、全身が凍りつく。

 王の顔は無表情で、まるで目の前にいるのが人間ではなく、ただの荷物であるかのように冷たく見えた。

 そんなのあんまりだ。勝手に私のことを召喚しておいて、使えるだけ使おうとして使えなかったら捨てる。


「これ以上、みなさんにご迷惑をかけるのは…」


 とつい口走るが、その瞬間、取り囲んでいた騎士たちが私を無言で取り押さえ、広い森の外れまで強引に連れて行くことになった。


「え、ちょっとお待ちください──」


「さようなら聖女様、いや、異世界の哀れな女」





 ******





 馬車に乗せられて運ばれる間、私はただひたすら震え、泣きたくなるのをこらえていた。


 こんな形で異世界での生活が終わるなんて、思ってもみなかった。

 聖女として役立たずだと決めつけられ、何も成し遂げることなく放り出されるなんて。

 せめて何か力が発揮されれば……そう思って何度も祈ってみたのに。


 目的地に着いた途端、騎士たちは私を馬車から乱暴に降ろし、その場に置き去りにして去っていった。


 辺りを見回すと、そこは見渡す限りの木々が生い茂る深い森で、人の気配は一切ない。

 どうやら王都からかなり離れた場所らしい。

 かすかに騎士たちの足音が遠ざかっていくのを耳にしながら、私はその場に立ち尽くしていた。


 もう誰も助けてくれない。

 王宮の人々も私のことなど、すっかり見限ったに違いない。


 不安と絶望が一気に押し寄せ、とうとう私はその場にしゃがみ込んでしまった。


 前世では会社員として地味に生きてきたけれど、異世界で聖女に転生して、初めて人に頼られる立場になったことが嬉しかった。でも、あの希望も今や遠い記憶でしかない。


「私……なんのためにここにいるの…?」


 異世界で何か役割があると思っていたけれど、今の私はただの異物でしかない。

 王国が期待した「聖女」としての力がなくなった時点で、私の存在価値もなくなってしまったようだ。


 何の力も発揮できず、結局は異世界の人々にも見放されるだけの存在だったなんて。


 薄暗くなり始める森の中、私は孤独に包まれ、絶望のあまり涙を流した。周りには誰もいない。


 森の中には不気味な静寂が漂い、時折、木々の隙間から冷たい風が吹き抜けていく。

 怖い、寂しい、どうしようもない不安が胸に広がり、ただ一人で夜を越さなければならないという現実に、耐えられそうもなかった。


 ──それでも私は泣き続けるしかない。

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