6.どうしてこうなったのかしら?③

「……はい?」

「是非、王太子殿下と末永くお幸せに! ご生家も私と父が反対しなければ、すぐに伯爵位へと昇爵しておりました! 全ては私の不徳の致すところ! すぐに王太子殿下に相応しい爵位を賜る事でしょう! それでは失礼致します!」

「そうだ、それで良い」


 王太子は、また唇だけで伝えてきた。けれど私は読唇術を発揮しながら心が冷え冷えとしてきて、思わず微笑みがスンと真顔になる。


 ああ、裏取引をしたのね。大方、チムニア嬢の命と引換えに、私を絶賛しろとでも持ちかけたのでしょう。


 ああ、人とはやはり汚いものね……。そうだ、チムニア嬢を追いかけて殺してしまいましょ……。


「ウェルミナ」


 王太子がクルリと私へ向き直る。


 呼びかけられて、殺意をそっと仕舞った。


 そんな私の内心などお見通しでしょうね。王太子は世の女性が倒れてしまいそうな、とろける微笑みを浮かべた。


「王太子殿下、どうされました?」


 本当は聞こえない振りをしたい。ザルハッシュ王太子が私に向かって歩み寄る事さえなければ、そうできたのに。


「陛下より、そなたの家に侯爵位を与えよと仰せつかった」

「恐れながら、伯爵となるはずだったのではありませんか?」

「不当に扱われた上に、そなたもそなたの生家もあらゆる功績を残し続けたのだから、当然のこと。今この時より侯爵となったそなたの父親からは、婚約の許しを得ている。ザルハッシュと呼んで欲しいな、ウェルミナ」

「ザルハッシュ殿下。念の為、確認させていただけますか? これはどういう事態と認識すべきでしょう?」

「ああ、相変わらずウェルミナは奥ゆかしいね。ウェルミナは先日、男爵となったチムニア嬢と未来を語らっただろう?」

「……語らった……まあ、先日のアレを、そう表現できなくもありませんね」

「いたく感銘を受けた令嬢は、とてもとても反省したらしい」

「反省……」


 むしろチムニア嬢は恐怖に支配されていましたよ?


「父親の不正も暴露し、先程発言した事にまい進するそうだ。お手柄だね、ウェルミナ。ずっと公爵の不正の証拠を探していたのだけれど、なかなか見つからなかったんだ。人の心を動かすなんて、さすが私のウェルだ……」 


 うっとりとしたお顔で私を見ながら喋るの、止めてくれないかしら? 虫唾が走ってしまうわ。


「ああ、君の虫けらを見るかのような冷たい視線。ウェルは私の胸をどれだけ焦がせば、気がすむんだい?」


 冷たいのに焦がす? 頭のネジが擦り切れたの……。


「なんて美しいお2人……」

「推せますわ」

「お2人の仲を割く者には、身分関係なく愛の鉄槌が……」

「尊死確定……」


 とっても好意的な視線と共に、囁かれるのは賞賛。


 美しいのは納得ね。

けれど押す、とは何を?

愛の鉄槌はどなたが下すのかしら?


 ソンシって初めて聞いたわ。

幾つかマスターしてある外国語の、どれにもない言葉よ。


 会場の空気に吐き気を覚えてしまったわ。どこか1人になれる場所はないかしら?

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