涙の魔術師と裏切りの神々

G3M

第1章 白猫

第1話 再会

 雨の降る夜だった。住宅街の一角にある寂れた公園に、一人の少年が現れた。薄暗い片隅に、人の背丈ほどの石が置かれている。少年はまっすぐ石に近づいて、もたれかかった。薄汚れた上衣は雨に濡れて水が滴っている。


 少年は石に手をついて、顔を近づけた。


 石の中から微かな心の声が聞こえた。「あなたは?」


「ぼくだよ。忘れたの?」と少年が返事をした。


「まさか、そのお声はご主人様!なぜここに!」と石の中の声。


「君に会いに来たんだ、白猫」と少年。


「戦死されたと・・・」と白猫。


「あの時は死んだんだ」と少年。


「なぜ子供の姿に。しかもひどいお怪我を」と白猫。


「また生まれたんだ。転生だよ。珍しくないだろ。この生での仕事が終わったから、あの世に帰るんだ。でもその前に君に会いたくてね」と少年。


「うれしい・・・。身に余ります、私ごときに・・・」と白猫。


「ありがとう。喜んでくれるんだね」と少年。


「もちろんです。ずっとお待ち申しておりました・・・」と白猫


「ぼくが死んだのに?」と少年。


「はい・・・。物の怪に過ぎない私には、この世に行くあてなどありません。お待ちしているうちに力尽き、通りすがりの術者に石に閉じ込められて・・・」と白猫。


「苦労かけたね」と少年。


「もう、報われました。お目にかかれるなど、もう二度とかなわぬ夢かと・・・」と白猫。


「ぼくもだよ、会いたかった、愛しい白猫」と少年。


「ああ、ずっとお慕い申しておりました」と白猫。


「お前だけだ、そうまでぼくのことを思ってくれるのは」と少年。


「私ごとき物の怪の分際にもったいないお言葉・・・」と白猫。


「それより申し訳ないな。こんな土砂降りの雨の下で。お前には何もしてやれない」と少年。


「こんな、化け物のなれの果てのなのですよ、私めは・・・」と白猫。


「そんな言葉はもういい。それより、もう立っていられないんだ。体を支えてくれないか、白猫」と少年。


「はい?」と白猫。


「早く出てくるのだ」と少年。


「なぜ体が?」と白猫。


「術を解いたのだ。私を誰だと思っている。はやく・・・」と少年。


 白猫は石の中から姿を現した。「ご主人様!」


「ありがとう。こうやってお前に抱きかかえられて死にたかったのだ」と少年。


「私のこの体は?」と白猫。


「私の望みをかなえるために物質化したのだ。悪いな、私のわがままに付きあわせて・・・」と少年。


「私に本物の体なんて、ご主人様に触れられる体を頂けるなんて・・・」と白猫。


「頼む、強く抱きしめてくれ。最後のときを、お前の胸の中で・・・」と少年。


「ご主人様!」と白猫は叫んだ。眦を決した白猫は強く少年を抱きかかえた。ふわりと身をひるがえすと、銀色の長い髪をたなびかせて風のように街を走りぬけていった。

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