第11話 生意気なガキ

「どうして僕の名前を知っているんですか?」


 再度問われた質問に、どう答えようか迷ったが、まずは電車に乗ることが先決である。


「電車の時間もあるし、電車を待ちながらでも説明するね」


「ワカリマシタ」


 なぜかカタコトの返事が来たが、気にせず私は駅のホームに向かい歩き出す。後ろを振り返ると、彼も私の後をついてきた。


 改札を抜けて駅のホームに歩いていこうとしたが、翔琉君はどこに住んでいるのだろうか。いや、彼がどこに住んでいるのかなど明白だ。何せ、あの男の息子である。別居だという話も聞かないので、一緒に住んでいるのだろう。同じ方向の電車に乗ることになってしまった。


「見間違いでなければ、あなたは浅羽季四李先生ですか?」


 一緒に階段をのぼり、同じ電車を待つために、ホームに設置されているベンチに腰掛ける。私はベンチに腰掛けたのに、翔琉君は腰かけようとせず、私に質問を投げかけた。思わぬ質問に言葉が詰まるが、ここでごまかしても仕方ない。肯定とともに私だとわかった理由を尋ねることにした。


「ご名答。確かに私はそのペンネームで作品を世に出しているけど、どうして私の素性がわかったのかな?」


「ただの勘、ではダメですか?いや、それは無理がありますね。きちんと説明しますから、先にあなたが僕のことを知っている理由を教えてください。その後に僕もきちんと理由をお話しします」


「先に私から説明させるのね。まあ、別にいいけど、このままここで話していたら長くなりそうだから、電車に乗ってからでもいいかな。翔琉君は確か、ここから五駅先の駅で降りるんだよね」


「はあ、その発言はどうかと思いますよ」


 高校生にため息をつかれてしまった。ため息をつかれた理由を考えてみると、すぐに自分の発言が間違いだったと気づく。名前を知っていて、しかも住んでいる場所まで把握されている。しかも、その相手は自分とは初対面。これはもう、ストーカーになってしまう。慌てて弁解すると、どんどんやばい方向に話が進んでいく。


「ええとね、私には高校生の姪がいて、その子から入学式の写真を見せてもらったの。そこに君のことが映っていて、ほら、翔琉君って、イケメンって言われない?私はかっこいいなと思って、印象に残っていたの」


「ふうん。それで?」


「それでと言われても、そう!思い出した。君が声優の神永浩二に似ているなと思ったんだよ!入学式の日に、REONAさんが来ていたと言っていたから、それでピンと来たんだ。君は彼らの息子だと。昔、君のご両親と仕事をしたことがあって、家がどの辺にあるのか知っていたんだよ!」


「なるほど」


 先ほどから、私の説明に言葉少なに返事をする少年に、なぜか私の方が焦ってどんどん言葉が口から出てくる。


「ていうか、ごめんね。見ず知らずの人から、いきなり名前を呼ばれたら気持ちが悪いし、不審者に思われても仕方ないね」


「いいえ、僕もあなたのことを知っていましたから、お互い様です」



『三番線に列車がまいります。黄色い線の内側までお下がりください』


 話していると、私たちが乗るべき電車がホームにやってきた。駅のアナウンスが入り、電車が停車してドアが開く。


「話は電車の中でしましょう」


「ソウデスネ」


 今度は私の方がカタコトの返事をして、私たちは電車に乗り込んだ。時刻は午後七時過ぎで、部活終わりの高校生や、仕事終わりのサラリーマンなどが次々と電車に乗り込んでいく。翔琉君と話すのに夢中で、ホームに人が結構いたことにも気付かなった。


 電車に乗り込むと、運よく二人分の席が空いていた。急いで席を確保すると、少年も私のすぐ隣の席に座った。


『まもなく電車が発車します』



「つかぬことをお伺いいたしますが、その姪というのは、柚子さんですか?」


 電車が発車してしばらくすると、翔琉君の方から話しかけてきた。あたりを確認すると、電車の椅子に座りきれずに立っている人がいる。目の前にもサラリーマンらしき人がつり革を持って身体を支えていた。ここで下手な発言をしたら、注目されること間違いなし。言葉に気をつけようと思いつつ、言葉を返す。


「個人情報のため、そこはお答えできません」


「いや、すでに僕のことを知っているから、それは通じないと思いますけど」


 さて、どう答えたら、柚子との間に問題が起きないだろうか。必死に考えていると、ふっと隣で笑い声がした。


「そんなに困ることはないでしょう?高校生の言葉にそんなに動揺しないでください」


「ど、動揺なんて」


「僕の家にきますか?」


「遠慮します」


 どうにも先ほどから、彼のペースに流されてしまっている。高校生の男子生徒に思うように話を進められてしまっている。自分の娘ほどの年の差があるのに、それは屈辱である。それなのに、さらに彼は話を進めていく。


「遠慮する必要はないでしょう?すでにお互いの素性は割れていますし、なんなら、僕の両親とあなたはすでに会っている。断る理由はないと思いますが」


「いやいや、断ります。普通、今日の夕方、出版社で別れて、夕食に誘われたのを断った身で、その後にそのお宅を訪問できますか?よほどの神経の持ち主ですよ。私はあくまで常識を兼ね備えた一般市民です!」


 まさか、この少年の家に招かれるなど思うはずがない。そのまさかが起ころうとしていて、つい、興奮気味に断りの言葉を吐いてしまう。


「大声出さなくても聞こえます。周りの人が驚いていますよ」


 はっと口を押えて周囲を見渡すと、当然、私たち以外にも人は乗っている。私の大声に興味を持ったのか、はたまた親子でもない高校生と大人の女性が並んで座っているのが興味深いのか、乗客にじっと見つめられてしまった。目の前のサラリーマン男性も迷惑そうに私たちに視線を向ける。


 しかし、こんな状況を作り出した張本人は、悪びれることなく、冷静に私の言葉をたしなめる。これではまるで、私が子供で彼が大人みたいだ。


「と、とにかく、私は、今日はこのまま家に帰ります。翔琉くんも両親に迷惑かけないようにさっさと家に」


「両親は僕のことを心配していませんよ。だから、一日くらい外泊しても問題ないです。そうだ、先生がうちにきてくれないのなら、いっそ僕が先生の家に泊まるというのはどうでしょう!それなら、文句はありませんよね。先生は独身で、彼氏もいないでしょう」


 良いアイデアだと手をたたいて自分の言葉に酔いしれる彼に対して、大きなため息がこぼれてしまう。この勝手くそのいい性格は父親譲りだろうか。それとも、アニソン歌手として名をはせた母親の性格だろうか。どちらにせよ、芸能界を生き抜いてきた両親のたくましさをこの子は受け継いでいるのは確かだ。この図々しさはそれしか考えられない。


「問題だらけです。ああ、私の最寄り駅は次です。今日のことはどうか、両親には内密に。まさか、自分の息子と会っているなんて知られたら、お互いにまずいでしょう?」


 私が降りる駅が近づいてきたため、降りる準備として席を立つ。すると、彼も同じように席を立つ。嫌な予感がしたが、平静を装い、彼の行動の真意を探る。


「私はここで降りるんだけど、翔琉君が降りる駅ではないよね?家に帰るんだ」


「いえ、僕も今日はここで降りることにします。言ったでしょう。僕は今日、先生の家に泊まりますと」


 最後の言葉はさすがに周囲の人に聞かれるとまずいと思ったのか、わざわざ私の耳もとでささやいてきた。


「ううう。その声はダ、ダメ」


 ささやかれた声は、若いころのあの男にそっくりだった。甘くて、色気を含んだハスキー声に思わずうっとりと感じてしまうのを必死で抑え込み、拒絶しようと彼から距離を取る。


「じゃあ、じゃあね。翔琉君」


 ちょうど電車のドアが開き、慌てて電車を降りた私は、後ろを振り返ることなく、全速力で改札口に向かって走り出す。


「はあはあ。何とか駅を出たけど、ここまでくれば」


「ここまでくればなんですか?」


「な、さすが高校生!」


 駅を出てだいぶ走ったところで、ようやく走るのを止めて、ゆっくりと歩き出しながら息を整えていたら、やはりと言うべきか、彼が後ろからついてきた。高校生と四十歳越えのおばさんでは、体力で勝てるわけがない。追いつかれるのは半ばあきらめていた。どんなに説得したところで、彼はもう、私の家に来ることをやめるつもりはないだろう。


「仕方ない。私に手を出さないと約束するのなら、家に泊めてもいい。幸か不幸か、明日は土曜日で学校は休みでしょ」


「僕としては幸運ですけど、確かにあなたにとっては不幸でしたね」


 にっこりと、爽やかな笑顔で言い切られると、怒る気力もわいてこない。


「わかったから、迷子にならないようについてきなさいよ。迷子になられて警察に補導されたら、それはそれで厄介でしょ」


「お人好しですね。先生は」


 彼の言葉を無視して、私は家への道のりを早足で進んでいく。しかし、身長は彼の方が高いため、私の早足も大した意味はなく、彼は悠々とした足取りでついてくる。空を見上げると、きれいな満月が見えていた。


 こうして、私はあの男の息子を自分の家に招き入れるのだった。

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