35話 黒木さんの中に入った 1
「こ、こういうときって『粗茶ですが』って……」
「やー、要らないんじゃないかなぁ。 それより寝てて? ね?」
すすす、と、買い置きらしいお茶――のペットボトルを渡される僕。
……それは黒木さん用のだからあげちゃだめでしょ……?
そんな僕は黒木さんを攻略済みだ。
そう、ここはなんと、黒木さんの家――しかも自室。
つまりは黒木さんの中も同然。
……じゃない、これはお見舞いだお見舞い……。
「ふぅ…………」
「………………?」
「なんでもない……ちょっと自己嫌悪がね……」
午前は紅林さんとくんずほぐれつ、放課後は密室でのないしょ話――帰りに担任に捕まってプリント渡せっておつかい。
おつかいは慣れてるし、マイベストフレンドの黒木さんのためとあっては片道30分の道草も悪くはないよね。
「ごごごめんね銀藤さん……わたし、昨日熱出てたから汗かいてて……か、換気とか……」
「ううん、気にならないよ」
「とっても良い匂いだよ」なんて言ったらどんな顔するのかなって嗜虐心をくすぐるくらい、病弱美少女に変貌している黒木さん。
なんでも自宅で1人寝てたらしく、家には誰も居ないんだとか。
ふふ……今世の僕は女の子だからね。
男なのに女の子の部屋へ無警戒かつ無料かつ無制限に入ることのできる特権を活かさなきゃね。
昨日からずっと寝てたらしく、髪の毛は普段以上にぼさぼさ、ビン底メガネさんの代わりは防御力低いから普通に彼女の小動物系かわいさが露出してるし、パジャマはお母さんのセンスってことでかわいい系なのにサイズあってなくてだぼだぼ。
しかも首元のボタン外れてるから肩が半分出てるとかいう「食べて♥」って具合。
いやぁ、これ、僕が男の肉体で招かれてたら今ごろ大変だったね。
しかも黒木さんの汗が、リスっぽい匂いが充満してる部屋だもん。
そりゃあ喜ばないはずがないよね?
「あ、あんまり見ないでくれると……」
「ごめんごめん。 えっと、じゃあプリントだけど……」
家に入れてくれたのも、熱がすっかり下がって楽になってるかららしく、「せっかくだから上がって……?」「え? 食べて良いの?」「いいの……♥」みたいなやりとりして上げてもらった僕。
煩悩まみれなのは脳内に閉まっとくとして、あずかってきたプリントを種類別に渡していく。
風邪で頭回ってないだろうから、手短に。
寝込んでたんだし、どうせ出せなくても元気になってからでOKだろうし。
「テ、テスト……まで……あぅ」
「これは先生に文句言ってね。 そのまま私に渡してきた先生にね」
「銀藤さんと黒木さんは仲が良いから良いよね?」とか言って普通に渡してきたからね、あの担任……こういうことの積み重ねで不登校になる子が居るってのにね。
先生になる人だ、そもそもコミュニケーションに難を抱える生徒のことなんて理解できないんだ。
人種が違うんだ、そりゃあしょうがない。
「それに、点、別に悪くないじゃん」
「ぎ、銀藤さんが分からないところ、直前に教えてくれたから……」
思春期ってのはなんでも気になるお年頃。
小テストとかでさえ一喜一憂するかわいいいきもの。
どうせこんなのは大人になった瞬間に意味がなくなるのにね。
学校教育って何だろうね。
「それからこっちのは明日までが期限のだから、もし今書けるなら私が持ってくよ。 治りかけって無理しないで寝てた方が良いらしいし」
「う、うん……」
ただでさえジャンガリアンハムスターでふにゃふにゃしてる黒木さん。
風邪でだるいのと疲れてるのとで、普段以上に柔らかくてつまりはおいしそうでああおいしそう。
「……?」
こてんと首をかしげる黒木さんがとってもおいしおっといけない。
こういう子はパーソナルスペースがすっごく広くって、近寄らせてもらうのにも相当慣れてもらわないといけないし、ましてやその巣穴なんてのはよっぽど仲良くならないとダメなんだ。
だから攻略難易度は高い――ってことは特になくって、受け入れる友達の数が少ない分、友達認識になったらするすると胸元に入り込ませてくれるんだ。
そんな彼女の信頼を裏切るわけにはいかない。
僕は紳士だからね。
今は淑女だけど。
「……あ、あの、銀藤さん……」
「ん?」
「い、嫌だったら良いんだけど……」
もぞもぞとしている愛くるしい小動物がここに1匹。
ダメ、これは食べちゃダメ。
これは食べちゃダメなハムスターなの。
そういうことやってたから中学は崩壊したんだ。
「……あ、紅林さん……とか、白鳥さん……とかには、わたしみたいに話すのに……わ、わたしたちには普通に話せるよね……」
「あ。 ……うん、えっと、ああいう……明るい子ってさ、話しづらくって」
「わ……! ぎ、銀藤さんでもそうなんだぁ……!」
僕の返事に目を輝かせている何このかわいい生き物被捕食者として完璧でしょ。
「そ、そうなの……は、話すのもすごく速いし、なのにわたしは返事、すぐに返せないし……変な顔されるし……」
「分かる。 ああいう子たちって会話のピンポンが上手なんだよ」
「ピンポン……あ、なるほど……」
「テニスとかのラリーみたいな感じ? 1日中1年中話してるから考えないですらすら話せるんだよね」
まぁ何も考えてないとも言う。
特に紅林さんみたいなギャルたちって、基本、外からの情報にオウム返ししてるだけだし。
白鳥さんとかも、生徒以外にも先生とかと話し慣れてるから大人びた感じになってるし。
「や、やっぱり、あんな風に話せないと……銀藤さんから……」
「?」
なんでそこで僕の名前?
「……も、もっと上手に話せた方が良いかなぁ……?」
「んー。 世渡り的にはそうだけどね」
イベント:悩み相談。
カゼで弱ってて思考回路も落ちてて、しかも自分の部屋の中に入れてるってのでもはやパーソナルスペースは消失。
普段からハムスターたちと一緒に群れてるのも効いてるね。
「でも、私は好きだな」
「――――――――う゛ぇっ!? ……けほ、けほっ」
え?
なんで急にむせてるの?
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……っ、ただちょっとせき込んだだけ……」
「帰った方が」
「大丈夫だからっ……!」
お、黒木さんの音量が普段の倍に。
ちなみに倍になってもようやく普通の子の8割くらい。
そこがまたかわいいんだ。
こう、さ?
分かるでしょ?
内気なハムスターとか、自分だけに懐いてくるハムスターとか好きでしょ?
まぁ大丈夫だって言うんなら続けとこ。
風邪のときに両親が家に居ないのは寂しいからこそ入れてくれたんだろうし。
「それで……その。 ………………す、す……すき、って」
「うん。 私も黒木さんと同じように、静かなのが好きだから」
「…………………………あ、そういう、すき……」
なんかぐわっとなったと思ったら肩どころか体を落としているハムスター。
「? 何か言った?」
「ううん! わ、わたしも……すき!!」
けどまた復活した。
けど顔が真っ赤。
「うんうん、分かったから横になってね。 あと大声出すとノド痛いよ」
なんだか熱っぽくなってるし、どうどうとなだめながらベッドに腰掛けていた彼女を横にならせる。
インドアだと体力ないからなー。
こじらせると1週間とか……この小動物と会えないとか損だもん。
「あの子たちみたいにおしゃべりも上手でおしゃれも上手、自分の魅力を活かす方法を知っててぶいぶい言わせてる子は……そりゃあ輝いてるけどさ。 黒木さんも、普通にかわいいし」
「かわ゛っ!?」
「ほらほら横になって」
なんかやっぱ熱ぶり返してるんじゃないこの子?
さっきから急に反応が激しいもん。
普段なら間違いなく見ることのできない超レアな感じに。
◆◆◆
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