31話 紅林さんは健康的な柔らかさ 1

「はい、2人組作ってー」


「かひゅっ」


あのさぁ、それって即死級の呪文だっていい加減理解しようよ。


学校教育だってもう百何十年でしょ?


今の形になったのだって何十年でしょ?


なら1人くらいは居なかったの?


おえらいさんに居なかったの?


その何気ない投げやりでいて生徒の自主性をアピールしつつ教師は楽でけどもそれに適応できないそこそこの数のハムスターたちにとってそれは心えぐる精神の冒涜にも優るものであってこの言葉を聞きたくないがために体育をひいては学校そのものを自主的にボイコットするようなのが一定数出てるんだって。


……こんなワードが一瞬で脳内を横切るあたり、前世の僕は相当嫌いだったんだなって分かる、突発2人組制度が。


今も、黒木さんインストールした僕の体は胃液が噴き出しそうなストレス感じてるし。


おかげで良い感じの断末魔が出てきたし。


あ、ちなみに今日はその黒木さんはお休み。


普通にカゼだって。


まぁ季節の変わり目だし、みんなちょこちょこ休んでるからね。


「えーっと……今日の出席だと奇数か」


よし。


普段の2人組を作れないであぶれた生徒がそこそこ居るからか、ようやっとに学校教育の根幹に関わる大問題について、その1%程度の理解を示した体育教師が出席簿を数えている。


ふむ、ならば良い感じに背景に紛れておいて、残ったみんなが2人組作ったタイミングで先生に相談だ。


「じゃあ先生とやろっか」ってね。


大丈夫大丈夫、うちの学年の体育担当は元スポーツ選手ってことでそれはもう鍛え抜かれたしなやかな体つきが体操に素晴らしく


「じゃ、銀藤ちゃん、組もっか」


「はい!!! ……えっ」


あれ?


「お、元気良いね! なんか良いことあった? どっかで聞いたことあるくらいな良い声してたけど」


「………………………………気のせいです」


え?


「あ、センセー。 あの子たちが3人ペア作っても良いって言ってるんですけどー」

「あらそう? それならちょうど良いわ!」


よくない。


いや、良いんだけど良くない。


良くないんだけど良いんだ。


あれ?


「よしよし、んじゃあ銀藤ちゃん、柔軟からやろー」


「…………むぇぇ……」


いやいや。


いやいややばいって。


なにがやばいって、紅林さんと全身で触れ合うとか僕の封印されし業が牙を剥きそうだからやばいんだって。


……よし。


ここは全力で黒木さんになろう。





「……いつも黒木ちゃんとやってるときより体、硬くない?」

「き、緊張してて……」


「緊張でここまで硬くなる……?」

「んん゛っ!」


やばい。


やばい。


ギャルがゼロ距離で普通にコミュニケーション取ってくるのやばい。


しかもなんか今のエロいからやばい。


やばい。


あとでかい。


何がとは言わないけど、白鳥さんには負けるけどもでかい。


でかい。


やばい。


「ふー……」

「むぇぇ……」


黒木さんバリアが無効化されつつある。


がんばれ僕。


ただでさえこの子の視線はなんか女の勘が働きそうな気がするんだ、なんとか耐えるんだ。


「……銀藤ちゃん。 そういや、もう手首治ったんだね。 あのときの銀藤ちゃん、すっごく痛がってたからてっきりもっと掛かるかって思ってたよー」


「むぇ……あ、はい。 なんか、こう……収まりが良かったとか……」

「ぷっ。 何それ、ウケるんだけどー!」


やっば、素で忘れてたわ。


しかもあの包帯とかいつ外したのかすら覚えてないっていう。


「お、収まりって……捻挫とか骨折心配してたのに、収まりって……!」


僕の真ん前でばんばんって床を叩きながらけらけらと笑ってるギャルっ子がかわいい。


そうだよねぇ、ノリの良いカーストトップ層ってすぐに笑うもんね。


すぐに笑うっていうか、すぐに笑うから人と話すのが好きになって結果的にコミュ強になってカーストの上に行くっていう正のループ?


僕的にはカーストって概念は好きじゃないんだけども、少なくとも前世の時代から人間関係はピラミッド型になっている。


外向的とか内向的とかそういうもんで、それは生まれつきが大半だからもうしょうがないんだけどさ。


「……あー、おなか痛い……息、苦しい……」


「ご、ごめんなさい……?」

「銀藤ちゃんは悪くないってぇ。 あー、笑った笑った」


この高校はとにかく自由。


それを求めたからこそ新天地で選んだだけはある。


結構な大声で、しかも床叩きながら笑いまくってたのに先生は特に叱ることもない。


授業の邪魔しない範囲ならOKっていうゆるーい校風なんだ。

ギャルがひーひー笑ってても特段怒られないっていう素晴らしい校風。


「……ふぅ。 けどさ、ありがと、銀藤ちゃん」

「……な、なにぁですかぁ……?」


噛み具合も黒木さん流。


困ったらあの子の動きをトレースするんだ。


「えーっと、そのぉ。 ……なんかこう、クラスが打ち解ける雰囲気、作ってくれて。 あ、そうそう、ドッヂボールで黒木ちゃん助けたあたりからかな?」


んん?


「ほら、あれ自体は自己だし、銀藤ちゃんにはごめんだけどさ? あれからあたし、銀藤ちゃんと黒木ちゃんと話するようになったっしょ? あれであたしの友達も銀藤ちゃんたちの友達と話すようになったからさぁ」


「あぁ……」


「ま、銀藤ちゃん的にはただボールぶつけられただけってことになるんだけどさ。 結果的にって感じ?」

「むぇぇ……」


「あたし、正直言うと黒木ちゃんみたいな子とは前からあんま話したことなかったんだ。 キョーミ自体ないって感じでさー」


だろうね。


君たちみたいなタイプは小学校高学年から急にマセて、一気にクラスの中心になるんだもんね。


「でも、話してみると……最初はめっちゃ怖がられたけど、何回か猫ちゃんへの餌付けする感じでやってみると、フツーに話せるようになってさ」


まぁ君たちみたいな上位存在から話しかけられたら断ることもできないもんね。


あと、静かなハムスターたちでも普通の学生だ、好意的に話しかけられて話してってのは本当は嫌いなわけじゃないんだもん。


「あと、あたしが銀藤ちゃんたちんとこ行くとかならず白鳥ちゃんも来るからさ、自然みんな話すようになって。 おかげで今年のクラス、たぶんみんなとしゃべったよあたし」


「す、すごいですね……」


本当にすごいね。


僕なんか例年、年が明ける頃になってようやくにクラスの全員の顔を識別できる段階だったって前世の記憶が言ってるし。


今世?


女子は全員、最初の1週間で話しかけてたよ?

中学までの話だけど。


……高校じゃあ前世みたいになるって思ってたのに、あれよあれよってことで、紅林さんの言う通りにたぶん大体みんなと1回は話しただろうしなぁ。


「むぇぇ……」とかしか言ってないのにね。


それでそこまで気にされないのは、たぶん紅林さんとか白鳥さんグループが気にしないからだ。


おかげでハムスターたちが半分くらい存在意義を失いかけてる……けど、たぶんその方がしあわせなんだろう。


誰だって仲間はずれは嫌だ。


自分から距離置く人はともかく、そうじゃない思春期の学生にとって、友達の存在は確実に嬉しいもの。


ちなみに友達が居ないと拗れるんだ。


例えば?


例えば、文化祭の日に回る場所がなくて期間中ずっと1人でさまよって、非常階段とか校舎の裏の――やめよう、前世の僕が吐血している。


「……銀藤ちゃんってさ。 あたしみたいなの、嫌い?」


「むぇ?」


おっと、ちょっと前世の僕と対話してたら話が進んでたらしい。


あれ?


話、飛びすぎてない?


しかもなんか、切れ長の目が僕を真っ直ぐに見てきてて……ちょっと怖いんだけど?


ほら、女の子って男みたいに便利じゃないから……あ、やば、ちびりかけた。


なんか知らないけど底知れぬ恐怖があるんだ。


こんな美人さんに30センチくらいの距離で見つめられるとか嬉しいはずなんだけども……黒木さんインストールしすぎたかなぁ……?



◆◆◆



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