第19話

 ヨハが心配そうな声をだすと、外から突如、一発の銃声が鳴り響いた。

 ベランダへと僕たちが急いで向かうと、下の雪が積もる道路に人が倒れていた。よく見ると僕が2年前の野球の試合で戦った淀川 次郎だった。

 淀川 次郎。30代の痩せている男だ。


「あ、淀川さん。あの人、遠い場所で焼き鳥屋してて、いつも今頃帰るのよ」

 河守が玄関へと走り、階下へと向かう。

「河守様~~!! 危険です~~!!」

「河守様!!」

 ヨハとマルカが同時に玄関へと走り出した。

 僕と原田も向かった。


 底冷えする廊下へ出ると、205の部屋の銃を持った島田と弥生。その隣の部屋の2年前に野球の試合で戦った20代の広瀬が血相変えて出てきた。

 島田はベレッタで、弥生は軽量化されたサブマシンガンだ。広瀬は丸腰だった。


「なんだ!!」

 島田が辺りを警戒しながら、いきなり吠えた。

「あ!! 淀川さんが倒れているわ!!」

 外を見た弥生の悲鳴に似た声の後に、島田は寝間着のまま階下へと走る。

「どうしたんですか!?」

 広瀬も階下へと走り出す。

 僕もマカロフを抜いた。


 階下へ行くと、廊下から倒れた淀川が見えるが、その遥かB区の方角から大勢の武装したノウハウが歩いてきているのを目撃する。

 おおよそ数百体はいる。

 不気味なその集団は、手にはサブマシンガンとハンドガンを持っていた。

「なんだー!! 戦争かー!!」

 島田がノウハウの集団に向かってすぐさま発砲する。

 その前方をマルカが体を盾にすると、マシンピストルを構えて撃ちだしていた。

 淀川に向かってしゃがんでいる河守には銃を抜いたヨハが体をバリケードのようにしていた。

 ヨハとマルカが被弾していく。

 大勢いる相手のノウハウにも、青い火花を発し壊れたものがでてきた。


 まるで市街戦のような激しい銃撃戦の中、周囲の近所の人々が起き出した。弥生と原田は武器を構え廊下から身を低くして発砲を続ける。広瀬も震えながら廊下から事の成り行きを見守っていた。

 僕は生まれて初めて戦争を体験することになった。

 大量のノウハウは皆、無言で撃って来ていた。

「河守様!!」

 見ると、河上が淀川の隣で血を流して倒れていた。

 その姿を見た僕は頭の中で、突然、何かがキレた。

「このヤロー!!」

 僕の頭は目の前のノウハウの集団だけだったが、左足と腹部などに激痛が走る。数え切れないほどの銃弾が飛び交う中。突然、倒れた僕にヨハが覆い被さった。

 悲鳴と銃声が往復する中。

「雷蔵様~~大丈夫ですよ~~。河守様なら~~。藤元様の不思議な力で~~すぐに生き返りま~~す。大丈夫ですか~~」


 ハタと気が付くと、僕は廊下から叫んで丸腰のままノウハウの集団へと走り出していたようだ。


 後方のマルカとヨハが驚いて、僕の後を追ったようだ。

 撃たれた島田が倒れていた。

 ヨハが赤子をあやすように僕の頭を撫でていた。

 広瀬も弥生も撃たれていった。

 原田は室内へと駆けだした。

 僕の激昂した頭をヨハに傾けていた。

 涙が急に溢れ、ヨハの腕の中で泣き崩れていた。


「マルカ~~。近くの警察と救急車に連絡で~~す」

「了解!!」

 マルカが銃撃戦をしながら、体内の通信を使う。

 僕はヨハに守られ青緑荘の玄関まで運ばれた。

 しばらく、僕は何も考えられなかった。

 ヨハが僕の耳元で言った。

「もうすぐで~す、雷蔵様アンジェが重装備してこちらに来ますよ~~」

「河守…………」


 僕は血を流して倒れている河守を、見つめていた。


 河守の顔が見える。 

 それが、僕には笑っているように見えた。


 かなり離れたところから、大きい爆発音がとどろいた。


「雷蔵様!! アンジェが来ました!! これからノウハウの掃討作戦に入ります!!」

 マルカが叫ぶと、ノウハウがバラバラと倒れている遥か向こうからアンジェが走って来た。

 アンジェは、ロケットランチャーを三つとアサルトライフル三丁を抱えている。

「ヨハ!! 雷蔵様を病院へ!! 藤元様は怪我人は治せません!!」

 遠いアンジェはそう叫ぶと、不可視高速作業をとった。

 手にしたロケットランチャーの一つをマルカに投げたのだ。マルカがキャッチすると、ノウハウの集団目掛けて撃ち放った。


 ヨハは僕を持ち上げて、青緑荘の隣の駐車場へと猛スピードで走った。

 瞬く間にスカイラインの座席に僕は優しく座らせられる。


「雷蔵様~~。止血剤と痛み止めです~~。お飲みください~~」

 僕が激痛の中、ゆっくりとした動作で薬を水なしで飲み込むと、ヨハはニッコリ笑って車を急発進した。

 僕は痛み止めのために急に眠くなりだした。

 目を閉じていても河守の笑う顔が、脳裏に浮かんでいた……。

 

 再び目を開けると、云話事・仁田・クリニックの救急外来に着いていた。すぐに、ヨハに内臓された体内通信で連絡を受けた救急隊員によって集中治療室へと運ばれる。

「大丈夫ですか~~」

 ヨハの間延びした甘ったるい声が僕の耳に残った……。


 僕はこれからも、死は怖くはない。でも、河守の笑顔がもう見れなくなるのは何故か……とても……怖かった……。

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