第3話 恋煩い
矢多辺コーポレーションのオヒィス
「晴美さん……」
晴美さんのことを考えると、何故か気持ちが落ち込む。目の前の仕事になかなか集中できなくて困っていた。
僕は夕日の見えるガラス窓から、ここB区の林立するビルディングを見つめていた。
「雷蔵さん! 今日のミーティングルームでも上の空だったわよ。しっかりしてよ」
長方形のテーブルに僕は座っていた。正面に座る河守 輝は確か24歳で去年に入社したばかりだ。美人の範囲にぎりぎりだが入っている目鼻立ちと、大らかな性格の女性で、何かと僕を標的にする。入社試験でわかったことだが、大学の成績からすると豆鉄砲でアンドロイドの破壊をいとも簡単にできそうな女性だった。
「……。ちょっと、外へと行きます。後のことは任せたよ」
「ちょっと、私はあなたの部下でも秘書でもないわよ!!」
ギャーギャー喚きそうな河守を無視して、この階のエレベーターへと向かった。
僕はもう2年間も辛い仕事をしている。
巨額な富とかは、ただ単に人に、大きな家。使用人が大勢いる。車がかっこよくて何台も乗り回せる。美人にもてる。美味しいご飯が毎日食べられる。病気になったら最先端の治療が何度も受けられる。将来の金銭的不安に無縁になる……それくらいかな。
僕は昔からそんな生活をしている。
けれども、この2年間はとても辛いんだ。
僕にも、心のようなものがあるということがわかったんだ。
目を閉じると、奈々川 晴美さんのことが頭を埋めるんだ。毎日だ……。今では僕でも手の届かないところにいる。日本の総理大臣になってしまった。
エレベーターに乗ると、携帯が鳴りだした。
僕の好きな何十年前に流行った素敵な曲が流れた。
マルー○5のラッOーストライクだ。
「もしもし」
「雷蔵さん。今、ノウハウへのC区の全面的技術提供案。スリー・C・バックアップが、云話事マンハッタンビルで可決されました」
電話の主は、僕の唯一の友人の原田だ。
原田 大輔。
年齢は確か僕より3つ年上の31歳のはずだ。
「……。そう……わかった。ありがとう」
晴美さんが決断したのなら、それでいい。
僕はそのスリー・C・バックアップを晴美さん(国)にバレない様に、できるだけ安く海外に横流しをするだけだ。そう、僕はお金には目がない。というより、人としての感情がなくて、そのかわりお金への乾きが血を欲しがる吸血鬼のように心を満たしている。時には満たしても満たしても、乾いてしまうときがある。
そんな時には、リスクの非常に高い有価証券に投資をする。
バルチャー・ファンドという仕事が僕たちの仕事だ。
値段が押し下げられていたり、危機に瀕したりしている投資商品を追い求めるファンドのことだ。
通称ハゲタカファンドとも言われている。
でも、追い求めているのは利益への可能性なんだ。
時にはあらゆるものの非合法擦れ擦れの横流しや売買もする。
どうしてかというと、全て未来での利益への可能性になるからだ。
僕は経済の神にとても近い存在でもある。
僕の父さんも神だった。
1年前に死んでしまったけれど。父さんほどの神は僕は知らない。
今日も夜の七時に会社が終わり、様々なネオンが照らすビルディングの谷間から、帰宅の道を黄色のスポーツカーで走っていた。夜風がもう11月だということを悟らせるくらいに、厳しい寒さへと変わっていた。車の名はランボルギーニというんだっけ。4座席のエストーケ(イタリア語で闘牛剣という意味)という僕の20台ある車の中で、一番気に入っている車だった。
自宅は云話事ベットタウンの西側に位置し、A区から一番遠い場所にある。昔は治安が相当悪かったのだけど、前にアンドロイドの「ノウハウ」が治安改善に全力で取り組み。今では夜道に酔っ払って寝ていても明日の朝には太陽が拝めるほどになった。
僕の家は103階建ての云話事帝都マンションの34階から66階だ。
原田は67階に住んでいる。
「お帰りなさいませ!!」
玄関を開けると、ワインレッドのスーツを着た使用人たちが僕の帰りを待っていた。白いスカーフを巻いたり、ツインテールに大きなリボンをしたりとおしゃれな姿で、みんな可愛らしい顔立ちだ。
女の人たちだけれど、実はアンドロイドだ。家庭用でもあって防犯にも適していた。
数年前に他のボディガードと一緒に特注で揃えたんだけれど、治安がよくなってからは家庭の世話をやいてくれるだけとなった。今は人間のボディガードは誰も雇わない時代になった。
「夕食は何になさいますか?」
「いつものように」
僕は3体いるアンジェ、マルカ、ヨハに言った。
34階はキッチンルームだ。大きな厨房とレストラン並みの広いテーブルが複数。
その上には一階ずつにバスルームやトレーニングジム、バー、リビングルーム、和室などがあって、それぞれ45畳の広さがある。
アンジェは白いスカーフを首に巻いてあって、茶髪で小さい顔が印象的なアンドロイドだ。マルカは大きな黄色のリボンをツインテールにつけた黒い髪だ。高身長のヨハはブルーのショートカットで、緑のスカーフをネクタイのように首から下げている。
みんな20歳くらいの年齢の容姿だ。
「また~。いつもの~お肉ですか~」
ヨハが間延びした声を発した。
輸送中の事故で頭部だけが損傷して、今の日本の技術力では修理不可能とされている。
「ああ。それと食後に、僕の部屋にいつものジントニックを持ってきてくれ」
「かしこ~まりました~」
ヨハたちがキッチンへと向かう。
僕はキッチンルームから56階の寝室へ私用のエレベーターで行くと、ライトグレーの広いクローゼットへと向かった。そこで、スーツを脱いでナイトガウンに着替えると、今度はまたエレベーターに乗って46階へと行く。
そこは広々とした大浴場だ。
だけど、僕はめんどくさいのでバスルームと呼んでいた。
中央にお湯を吐き出す口がたくさんある大きなキメラの石像。大理石の様々な浴槽にはお湯が張ってあり、華々しい香りを室内一杯に放っている。
当然、一人用ではないのだろうな。でも、僕しか入る人はいない。
僕はそこで裸になると、一日の疲れをとった。
しばらく、お湯につかっていると室内に甘ったるい声が響いた。
「雷蔵様~。ハンバーグステーキができました~」
階下のヨハの声だ。
三人のアンドロイドには様々な機器が内臓されていて、その一つに僕の家の全室内のスピーカーに音声を出力することができる機能がある。
僕はバスルームからでると、着替え室で冷たいシャワーを浴びた。
再びエレベーターに乗るとキッチンのある34階へと降下する。
機能的で大きなキッチンはその他の階にもあるにはあるが、僕はいつもは34階を使っていた。
機能美のある広いキッチンで一人で食事をしていると、
「たまには、お野菜を取りませんと……」
アンドロイドのリーダー、アンジェが心配そうに僕の顔を見つめていた。
「そうですよ。毎日お肉だけでは……。お野菜を取らないとお体に悪いですよ」
マルカも不安気な声を発した。
「僕はあまり野菜は食べない」
「そんな~。体に~~悪いですよ~~」
ヨハも心配してくれた。
多量のビタミン剤を飲んで食事を終えると、後はエレベーターに乗って56階の寝室へと行く。パソコンを立ち上げて、ジントニックを飲みながら、仕事と雑用を片付けて就寝。
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