第11話 光に触れ side:紫貴(4)
話せば話すほど、彼女は普通の女だった。
しかも俺の期待が間違ってなければ、彼女は明らかに俺に好感を持ってくれていた。俺のことを先生だと言ってみたり、タトゥーを隠さなくていいと言ったり、俺に笑いかけてくれたり……特に『紫貴さん』の響きがたまらなかった。俺のこと絶対に好きだろ、と言いたくなるぐらい大切そうに俺を呼んでくれた。
そんな風に呼ばれたら、俺はもう、ただの俺だった。
ウン、と頷くしかできなかったり、勝手に頬が緩んでしまったり、何一つ取り繕えない。
(間抜けな受け答えしかできないのに、こんな……何にもない俺なのに、なんでこの子、笑ってくれるんだろう)
彼女の前では、俺は単なる『紫貴』だ。
何の武装も、何の疑いもなく、無防備だ。こんなに丸裸で他人と対峙したことがなかった。それでも受け止めてもらえるなんてこと、考えたことすらなかった。人生で初めて感じる心地よさで、もう手放したくなかった。
(この子が手に入るなら、俺は死ぬまで嘘を突き通してやる)
だから普通の男のふりをした。この先、無数の嘘をつくことになるとわかっていたのにどうしたって止められなかった。
機内が消灯してから、俺は仕事の大半を部下に割り振り、最小限のみのマネジメント業務のみを残すように体制変換を部下に告げた。そしてそのフォローは百々目に投げた。
(……どうにかして、この子を……)
寝ている彼女の顔をずっと見ていた。いつか、俺の家でこの顔が見たいと願った。あまりにも途方ない夢物語に思えた。
なのに、――みどりは俺を選んでくれた。
初めてキスをしたとき、死ぬ前に思い出すのはこのキスだと理解した。初めて抱いたとき、欲求がどこまでも湧いてきて、抑えるので必死になった。一緒に暮らし始めればもう、見えている景色が何もかも変わっていた。
(みどりの側にいられるなら、俺は何でもできる)
実際、俺は何でもやった。
彼女との初めてのデートに行く前に敵対組織に襲われたから、相手の車のタイヤ撃ち抜いて事故らせた。みどりと買い物をしているときに尾行されたから、みどりにコーヒーを飲んでもらっている間に始末をした。街中で彼女にキスをしながら、スリーブガンを使ったこともある。
俺はいつもヒヤヒヤしながら生活していた。とても大変なのに、とても楽しくて、幸せだった。
「紫貴、またお昼寝? もう……かわいい、私のパピーちゃん」
見上げると彼女がいる。あのあたたかさ、あの日だまりが、俺の幸福の全てだった。
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