第28話

 その音を聞いてようやく、国王たちが会場の状況に気づいた。




「おお! よくぞ助けてくれた!」




 オラヴィとエッラによって、ミカエルとソフィアとユリウスは、安全な場所まで移動していた。


 ただし奪われた魔力はそのままなので、まだぐったりとしている。


 ただの氷の塊に成り果てたゴーレムを見て、アンテロが舌打ちをした。




「誰だ? 僕の邪魔をしたのは?」




 アンテロがまた銀の杖を振ろうとしたので、古都子は咄嗟に叫ぶ。




「杖を取り上げてください! 呪文を詠唱させてはいけません!」




 あの杖と呪文の詠唱が、ゴーレムを呼び出す鍵になっているに違いない。


 古都子の必死の訴えを、聞き漏らすホランティ伯爵ではなかった。


 さっと左手を伸ばして、アンテロの右手から杖を抜き取ると、大きく腕を振りかぶって、アンテロの頬を思い切り引っ叩いた。


 


「ひぎゃ!」




 情けなく、アンテロは真横に吹っ飛ぶ。


 馬を駆って領地を走り回っているホランティ伯爵と、研究室にこもってばかりのアンテロでは、筋力にも体力にも差がありすぎたのだ。




「やれやれ、兄さんにも困ったものだ。騎士たちよ、捕縛してくれ。このまま身柄を王城へ連れ帰ろう。ホランティ伯爵、申し訳ないのだが、一緒に来てくれるか。……兄さんについて、相談したい」




 がくりと肩を落とした国王は、列席していた保護者や、卒業予定の生徒たちに、騒動を詫びてから退場した。


 国王からの呼び出しを受けたホランティ伯爵も、古都子にすまないと告げて立ち去る。


 


 本来ならばダンスの後、首席だったソフィアが、三年生代表として卒業証書を受け取るはずだったが、魔力切れで倒れたままである。


 学園長はもう、卒業式の続行は無理だと判断し、ここで閉会の言葉を述べた。




「これで終わり?」


「ん」


「なんか……めちゃくちゃだったね」


「ん」




 古都子と晴臣が魔法学園に通った三年間、なんの事件もなかった年はなかった。


 日本で普通の高校に通っていたら、きっと経験しないことばかりだった。


 今日もびっくりさせられたが、これが異世界での風景なのだろう。


 古都子も晴臣も、慣れるしかないと思った。




 ◇◆◇




 古都子と晴臣は、卒業式が終わってから結婚した。


 王都にある役所へ出向き、異世界人同士であることを伝え、婚姻の届け出をだした。




 帰り道、晴臣が指輪を買った宝飾店へ行き、今度は普段から身につけられるような、シンプルな指輪を探す。


 古都子も晴臣も、お揃いで買った指輪を鎖に通して、首から下げることにした。


 ふたりとも仕事柄、指につけると傷がつきそうだったからだ。




「お揃いって、それだけで何だか嬉しいね」


「ん」


「ここがね、むずむずして、くすぐったいの」




 そう言って胸を押さえて微笑むから、晴臣は人前にもかかわらず、古都子を思い切り抱き締めてしまう。




「古都子、可愛い」


「っ!?」


 


 結婚してから、晴臣の古都子への愛情表現が、大っぴらになる。


 これまでの晴臣とのギャップに、古都子はうろたえてしまうのだが、やがてそれにも慣れていった。


 慣れさせられるほど、晴臣から愛を注がれたからだ。




 入籍した次の日には、借りた部屋を見に行った。


 そして寮から自分たちの荷物を運び、足りないものを買い、古都子と晴臣はふたりの新生活を始める。


 古都子は四月から、あのアンテロの元で働くのかと思うと悩ましいものがあったが、自分で決めた道だ。


 なるようになれ、と腹をくくった。




 しかし、いざ仕事が始まり研究室へ向かうと、研究室長は別人だった。


 拍子抜けした古都子は、こっそりと先輩に尋ねてみる。




「あの、研究室長ってアンテロ殿下じゃないんですか?」


「今年度から変わったんだ。君は運がいいよ。アンテロ室長はすごい人だったけど、とにかく気分屋で――」




 アンテロは王城の研究室からいなくなっていた。


 卒業式での事件が原因で、移動させられたのだろうか。


 おそらくだが、古代遺跡のゴーレムを研究して氷のゴーレムを生みだしたり、杖や呪文でそれらを従わせたのも、アンテロの才能の賜物だろう。


 隠居させるには、惜しい人材だったのではないか。


 そんなことを思った古都子だったが、何の心配もいらなかった。




 ◇◆◇




 半年ほど経って、古都子と晴臣が仕事に慣れてきた頃、それぞれお世話になった人たちへ会いに行き、結婚の報告をすることにした。


 まずは王都の近くにある兵団宿舎へ赴き、兵団長ウーノを訪ねると、なぜかそこには結月がいた。


 


「結月先生? どうしてここに?」


「押しかけ女房ってやつよ」




 目を丸くする古都子に、結月はいい笑顔を返した。




「結婚はしてないんだけどね。さあ、入ってちょうだい。もうすぐウーノも戻ってくるわ」




 その言葉通り、中に招かれお茶をいただいていると、仕事を終えたウーノが帰ってきた。




「よお、坊主。兵士から近衛騎士になるなんて、大出世だ。驚かせてくれるぜ」




 晴臣は、ウーノに古都子を紹介した。


 そして魔法学園を卒業後に、結婚したと報告する。


 ウーノは手放しで祝福してくれた。


 


「坊主がずっと探していた相手なんだろ? 見つかって良かったな」


「兵団長は結婚しないんですか?」




 晴臣は、ウーノの隣に座っている結月について、ズバリ訊ねた。


 すると思いがけず、ウーノは真剣に答え出す。




「俺は兵団長だろう? いつ死ぬか、分からん職だ。嫁をもらっておきながら、寡婦にするわけには……」


「いいって、私は結婚しなくても。こうして側にいられるだけで、幸せなんだから!」


「だが、どうせなら安全な仕事に就いている男と……」




 ウーノと結月が、もめ始めた。


 常日頃から、こんな感じなのだろう。


 それは何度も繰り返されたやり取りのように見えた。


 すると珍しく、晴臣が口を挟む。




「兵団長は俺に言いましたよね? 俺が強くなって、古都子を護ってやれって。俺も同じことを言います。兵団長が死なないくらいに強くなって、結月先生を悲しませなければいいんです」


 


 真っすぐな晴臣の言葉に、ウーノだけでなく古都子も結月も心を突かれた。




「なんだよ……いつの間に、そんなにいい男になったんだ? 坊主、いや、ハルオミ……お前の言う通りだなあ」




 ウーノは赤い髪をがしがしと搔きむしった。


 そして結月に向き合う。




「悪かった。俺が弱かったんだ。将来を怖がって、お前を遠ざけようとした。今更だが……結婚してくれるか?」


 


 感極まった結月は、声が出ないようで、必死に首を縦に振る。


 そしてウーノへ抱き着いた。


 そんな結月をウーノも抱き返す。


 目の前でまとまったカップルに、古都子の胸も熱くなる。


 ウーノを焚きつけた晴臣も、ホッとした顔つきをしていた。




「わあ、おめでとうございます、結月先生!」




 自分たちの結婚を報告しに来たのに、立場が逆転してしまった。


 


 その後、結月から、実は理科実験室での爆発は、自分の光魔法が暴発したせいだったと謝られたが、古都子と晴臣にとっては過去のこと、すでに気持ちの整理がついている件だった。


 巻き添えにしてしまったと頭を下げる結月に対し、ふたりとも怒りが沸くことはなかった。




 その夜は四人で、お互いを祝福し合い、美味しい食事と共に楽しい時間を過ごした。


 


 ◇◆◇




 どこまでも続く田畑の風景は、古都子に郷愁を感じさせる。




「次がフィーロネン村だね」




 三年前と違い、今やフィーロネン村まで、鉄道が伸びている。


 車窓から景色を確認していた古都子は、次の駅で降りるよ、と晴臣に声をかけた。


 イルッカおじいさんやヘルミおばあさんは、元気にしているだろうか。


 魔法学園時代は、月に一度は手紙を書いていた。


 


「この領地を治めているのが、ホランティ伯爵なんだよ」




 晴臣の中でホランティ伯爵は、アンテロに平手打ちを喰らわせた人という印象だ。


 古都子は晴臣に道中で、ホランティ伯爵に大人の女性として憧れを抱いているのだという話をした。


 


「ずっとホランティ伯爵が独身だったのは、もしかしてアンテロ殿下が更生するのを、待ってたのかな?」


「いや、それはさすがに……」




 無いだろ、と晴臣が言うタイミングで、列車は駅に着いた。


 ホームに降り立つ古都子と晴臣を迎えに来ていたのは、シスコだった。




「おかえり! コトコちゃんも、旦那さんも! 荷物は荷台に載せてね」




 シスコは荷馬車の御者席に座っていた。


 懐かしい荷馬車に揺られ、古都子と晴臣は、村民総出で準備された歓迎会の場へと連れて行かれる。

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