第25話

「結婚して欲しい」




 いろいろ考えたが、結局はストレートな言葉になった。




「え、晴くん、それって……」




 突然、求婚されて、古都子の焦燥もかなりのものだ。


 五月になって、晴臣からプレゼントを渡したいと言われ、素直に喜んでいた古都子。


 だが今は、あまりの事態の急変について行けてない。




「今すぐじゃなくて、卒業したらって話だけど」


「あ、ああ、そうよね、卒業……」


「この世界では、18歳から結婚していいらしい」




 晴臣は懐から、指輪の入った箱を取り出す。


 宝飾店の店主から、一般的な女性の指のサイズにしてありますが、サイズの変更はいつでも可能ですと言われている。


 一般的な女性の指のサイズも、古都子の指のサイズも知らない晴臣は、全てを店主に託した。


 そして宝石は、ダイヤモンドを選んだ。


 日本では、結婚指輪と言えば、ダイヤモンドだったはずだ。




 晴臣は古都子の前で、ぱかりと箱を開ける。


 そして指輪が見えるようにして、それを差し出した。




「ずっと古都子が好きだった。5歳のときから」


「っ!!」


 


 古都子の瞳に涙が満ちる。


 晴臣は古都子のヒーローだった。


 それこそ5歳のときから、古都子だって恋い慕っていたのだ。




「わた、私も、5歳の、とき、からっ!」




 返事をしようと思うが、声が震えてままならない。


 だが晴臣は、古都子の意思を、正確に受け取ってくれたようだ。


 ふんわりと微笑むと、箱ごと指輪を、古都子の手のひらに押しつけて来た。




「ん」


「これ、もらっていいの? すごく、高そうだけど……」


「ん!」




 さっきまで流暢に話していたが、両想いになった途端、晴臣の語彙が死んだ。


 真っ赤な顔をしたふたりを、春の陽気が温かく包む。


 すでに学園の中では公認の仲だったが、ようやく正式に恋人同士となったのだ。




「晴くん、指輪、はめてくれる?」


「ん」




 そっと古都子が左手を差し出し、晴臣はその薬指へ指輪を通す。


 店主に任せて間違いはなかったようだ。


 指輪は古都子に誂えたようにぴったりだった。




「嬉しい。すごく嬉しいよ、晴くん」




 涙を流す古都子がいじらしくて、晴臣はたまらず抱き締めた。


 そしてさんざん迷った末に、そっと古都子の唇にキスをした。


 たった一瞬、触れ合っただけだったが、全身の血が沸いたように熱くなり、晴臣はそれからの記憶が曖昧だ。


 しかし、古都子も同じ状態だったので、何の問題もなかった。




 ぎくしゃくしながら、ふたりは手を繋ぎ、寮までの道を歩いて帰った。


 これからは古都子の誕生日が、ふたりの記念日となる。


 


 ◇◆◇




「おめでとう、コトコ。無事にハルオミと恋人同士になったみたいね」


「ありがとうございます、ソフィアさま」




 次の日、まだ何もしゃべっていないのに、ソフィアに見抜かれた。


 指輪だって、高価なものだからと、寮に置いてきたのに。




「あの、どうして分かったんですか?」


「ピンク色のオーラが出ているのよ」


「え!?」


 


 古都子は、自分の周りを見渡す。


 しかし、どこにも色はついてなかった。


 


「卒業式でコトコをエスコートするのは、ハルオミに決まりね。今後のダンスの授業は、なるべくハルオミとペアになるといいわ。踊り慣れた相手の方が、本番で緊張しなくて済むから」




 魔法学園の卒業式には国王も列席し、その御前で男女がペアになってダンスを踊る場面がある。


 そのため、三年生は授業の中でダンスの練習をするのだ。


 ちなみに、ソフィアはオラヴィと、ミカエルはエッラとペアを組むそうだ。


 ダンスの間だけ、護衛対象を入れ替えて、警備を続けるのだとか。




「私、ダンスの授業を、とても楽しみにしているのよ。……オラヴィと踊れる機会は、こんなときしかないから」


 


 ソフィアの最後の言葉は、小さすぎて古都子には届かなかった。




 ◇◆◇




 古都子たちが魔法学園を卒業するには、試験を受けて合格する必要がある。


 試験はこれまでの学習の集大成とも言えるもので、己の魔法の属性をどれだけ理解し、いかに駆使できるかを証明しなくてはならない。


 


「証明って難しいなあ。審査する先生が、はっきりそれと分からないと、駄目なんだよね?」


「何らかの役に立てば、いいんだと思う」


 


 放課後の教室に残った古都子と晴臣は、どんな魔法をつかおうか頭を悩ませていた。




「俺はドーンと雷を落とすぜ! それで電池を満タンにするんだ」


「ミカエル殿下のは、派手なんだか地味なんだか、よく分かりませんよね」




 ミカエルの案に、オラヴィが突っ込む。




「エッラは、牛の丸焼きをつくると言っていたわね。会場を焼かないようにね」


「鶏は消し炭になったんですけど、牛なら大丈夫だと思うんですよ!」


 


 ソフィアの質問に軽快に答えているエッラには、不安しかない。




「私は草魔法で、成長の速い農作物を開発しているの。将来は研究職に就きたいから、新しい技術を生み出せるという部分を、試験でアピールしようかと思って」




 ソフィアが恥ずかしそうに打ち明ける。


 周囲からは女王にと望まれているが、本人の希望は違うようだ。


 古都子は、同じ研究者を目指すソフィアの言葉に、ヒントをもらう。




「研究者になるには、試験でのアピールが大切なんですね」


「就職先は、本人の希望と試験の結果が考慮されるわ。コトコも研究者を目指しているの?」


「はい、できれば王城の研究室に所属したいと思っています」




 ミカエルとソフィアが、顔を見合わせる。


 そして同時に、「あのアンテロ伯父さまの?」と呟いた。




「晴くんが王城の騎士になるなら、私も同じ職場がいいなと思って」




 隣に晴臣がいるため、どうしても古都子の顔は赤くなる。


 オラヴィとエッラは微笑ましくそれを見ているが、ミカエルとソフィアの反応は違った。




「コトコの土魔法はすごいから、就職もそれを活かした方がいいとは思う! だけど……」


「あそこを研究室と言ってもいいのか、どうか……。それは、人によって評価が分かれるでしょうね」




 つまりふたりとも、職場にするのは微妙だと言いたいのだ。


 ホランティ伯爵から、王城の研究室の能力は高めだと聞いていた。


 つまり問題があるのは、王兄アンテロなのだろうか。


 古都子が考えていると、教室の戸締りをしに、ユリウスがやってきた。




「そろそろ鍵を閉めるけど?」


「ユリウス先生、大変なんだ! コトコが、アンテロ伯父さまの研究室へ、所属したいんだって!」


「あの研究室がどういった環境なのか、コトコに説明してあげてください」


 


 訴えるミカエルとソフィアに、ユリウスは首を傾げる。




「いいことじゃないか? あの研究室はなぜか年中、人手不足だと聞いている。きっと兄上も、即戦力となるコトコの加入を喜ぶだろう」


「そうかもしれないけど! アンテロ伯父さまの思考回路は、独特だよね?」


「あの人格に慣れるには、相当の時間がかかると思います。退職者が多い理由はそれですよ」




 しかし、ユリウスはそこまで問題と捉えていないようだ。




「アンテロ兄上は、ちょっと研究者気質なだけじゃないかな?」


「あれが、ちょっとおおおお!?」


「ユリウス先生は兄弟として過ごした年月があるから、分からなくなってるんだわ」




 驚愕するミカエルと、嘆息するソフィア。


 


「興味のあるものしか開発しないけど、開発したらすごいだろう?」




 アンテロの肩を持つユリウスは、その成果を褒める。


 人間性は別として、研究者としては立派だと言いたいのだろう。




「合う合わないは、人によると思うよ。コトコは案外、アンテロ兄上と気が合いそうだ」


「そ、そうでしょうか?」




 渋い顔をしているミカエルとソフィアには申し訳ないが、ユリウスに勧められたので、古都子は目標設定をそのままで行くことにする。




「そうだ、ハルオミ、卒業試験は全力を出していい。これまで、こそこそと闇魔法をつかわせてしまって、悪かったね」


「いえ、身を護るためだったので」




 これまで晴臣は、実技の授業中も、もやもやした影を揺らす程度の、初歩の闇魔法しか使わなかった。


 それは、正確な魔法のレベルを察せられると、他国から狙われる可能性が高くなるからだ。


 ユリウスに言われて力量を制御していたが、さすがに試験は本気で挑んでいいようだ。




「さて、じゃあ鍵を閉めるよ。みんな、教室の外へ出て」




 そしてその場はお開きとなった。

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