第23話

「何がどうなっているんだ?」




 あまりの惨状に、ユリウスは頭を抱える。


 この学年の引率をしていると、なぜか無事では終わらない。




「海の怪物が、金の杖を欲しているのです」


「でもリリナさんは、それを手放したくないみたい」




 古都子とソフィアの説明により、ユリウスも現況を把握する。


 ぎゃあぎゃあと喚くリリナと、それを大人しくさせようとする海の魔物。


 いつの間にか多くの生徒も集まり、砂浜は大混乱となる。




「ここは、ソフィアとミカエルの合わせ技でいこう。ソフィア、海草を出してリリナの手を覆って」




 ユリウスの指示に従い、ソフィアは草魔法を発動する。


 リリアが金の杖を握る手に、シュルシュルと昆布のようなものが巻き付いた。




「なによこれ! ヌメヌメするんだけど!?」




 リリナの苦情をソフィアは無視する。




「ミカエル、あの海草を狙って小さな雷を撃ちなさい。決して、手には当てないように」


「難しいなあ。ドーンとぶっ放すのが好きなんだけど」




 しぶしぶミカエルは指先に、静電気ほどの雷を起こす。


 大暴れしているリリナを目がけ、それをぽいっと投げた。




 バチバチバチッ!




「あ、熱い!」




 雷の起こした熱によって海藻の水分が蒸発、驚いたリリナが握っていた手を開いた。


 金の杖は、ぷすぷすと煙をあげる海草と一緒に、ぼちゃんと海の中へ落ちる。


 海の魔物はすかさず金の杖を拾い上げ、嬉しそうに撫でまわす。


 そしてリリナを放り出した。




 無造作に浅瀬へ捨てられたリリナは、叫びながら起き上がる。




「返しなさい! それは私のよ!」




 しかし、お目当ての金の杖を手にした魔物は、すでにリリナへの興味を失っている。


 そして長い触腕を、そっと砂浜に伸ばした。




「え? 子どもがいる?」




 今まで誰も気がつかなかったが、大きな魔物の腕の先端に、小さな魔物がよじ登ろうとしている。


 大きさはまったく異なるが、姿かたちは同じだ。


 小さな魔物は手の中に抱えた髪飾りとブレスレットが邪魔をして、なかなか大きな魔物の腕に掴まれない。




「あ、待って! それはもしかして!」




 古都子は、小さい魔物へ駆け寄った。


 そして間近で確認して、それが晴臣からもらった誕生日プレゼントだと分かる。




「どうしてここに? ちゃんと荷物の中へ仕舞ったはずなのに……」




 顔色を青くする古都子の横から、すっと晴臣が前に出た。


 そして小さな魔物へ、一枚の金貨を差し出す。




「これと交換してくれないか?」




 果たして魔物に言葉が通じるのかどうか。


 生徒たちが息を飲む中、小さな魔物は手の中の髪飾りとブレスレットと、晴臣が提示する金貨を何度も見比べる。


 髪飾りとブレスレットは砂にまみれ、巾着から取り出されたばかりの金貨のほうが、より輝いて見えたのだろう。


 小さな魔物は髪飾りとブレスレットを、晴臣に差し出した。




 おおお!




 どよめきが起きる中、髪飾りとブレスレットを受け取った晴臣は、小さい魔物が伸ばしている腕へ金貨をのせる。


 丸い金貨をたくさんの手で嬉しそうに抱き締めた小さな魔物は、大きな魔物の触腕に絡めとられると、静かに海の中へと帰っていった。


 


「いい話だなあ」


「何を言っているのよ、ミカエル。これは事件よ?」




 ミカエルを注意しているソフィアの言う通り、海の魔物がこんな浅瀬に現れたのは大事件だ。


 わいわい騒いでいる生徒たちと、暴れているリリナを落ち着かせているユリウスと、場は混迷していた。


 そんな中で、晴臣は古都子へ、髪飾りとブレスレットを返す。




「泣かなくていい」


「ありがとう……晴くん。もしかして、失っていたかもしれないと思うと……」


 


 これは大切なものだから、と古都子は嗚咽をあげて泣きじゃくる。


 晴臣はそんな古都子の泣き顔を、ほかの生徒から隠すように抱き寄せた。


 背中をさすり、古都子が落ち着くまで、晴臣はそうしていた。




 生徒たちの動揺を考慮して、体験学習はその時点で打ち切られた。


 それにショックを受けたのはミカエルだったが、おそらく諸悪の根源もミカエルなので、ソフィアは慰めないことにした。


 こうして、二年生のメイン行事は幕を下ろしたのだった。




 ◇◆◇




 古都子たちは、図書室でレポートをまとめていた。


 海での体験学習が中途半端なまま終わってしまい、不明なところは本の知識で補うことになったのだ。


 せっかくなので古都子は、海で出会った魔物について書いている。


 親子で目撃される例は少なく、できるだけ覚えている内容を文章にして残そうと思った。


 


 そんな中、ユリウスからの呼び出しがかかる。


 古都子と晴臣、ミカエルとソフィア、オラヴィとエッラは教務室へと向かう。


 きっと聞かれるのは、体験学習で起きた出来事に関してだろう。


 なにしろ、リリナが襲われている場面に、真っ先に駆け付けたのはこの六人だ。


 


「ユリウス先生、失礼します」




 ソフィアが声をかけると、中から扉が開かれる。


 そうして招き入れられたユリウスの教務室では、やはり予想していた通り事情聴取が始まった。




「君たちが見たことを、そのまま話して欲しい」




 ユリウスはペンを持ち、書きつける姿勢をとっていた。


 話す役を買って出たのはソフィアだ。




「私たちは波打ち際で、海の生きものを観察していました。そうしたら、後方から叫び声というか呻き声が聞こえたんです」




 残りの五人が、頷いて同意を示す。




「声の方を振り返ると、大きなイカがいました。そしてその腕に、リリナさんが囚われていたのです」


「そのときにはすでに、魔物はそこにいたのだね?」




 ユリウスの質問に、今度は六人が頷く。


 


「私たちは近くへ駆け付け、リリナさんを救出できないかと考えました。コトコが、あれは海の魔物だと教えてくれて――」


「なるほど、そして私が見た場面へ繋がるのか」




 ユリウスがペンを置いて顎を撫でる。


 そして古都子へと視線を移す。




「コトコ、君の髪飾りとブレスレットが現場にあった。あれはそもそも、どこにあったものだろうか?」


「ジャージに着替えた部屋です。ハンカチに包んで、荷物と一緒にしていました」


 


 あれから何度も記憶を辿ったから間違いない。




「実はね、そのハンカチを盗んだ者がいる。こんな事態になって、怖くなったのだろう。私に自訴してきたんだ」




 ユリウスが身を乗り出し、小さな声で続きを話す。




「その者は、リリナに唆されたと言っている。コトコ、リリナの恨みを買った覚えはあるか?」


「あ、ありません」




 以前、牽制の意味で釘を刺されたことはあるが、リリナとの接触はその程度。


 中学生時代は、晴臣を巡ってトラブルもあったが、それも今は昔だ。


 首を横に振る古都子に代わり、オラヴィが手を挙げて発言をする。




「ユリウス先生、僕は見ました。リリナ嬢がコトコへ対する悪態をついているところを」


「それはいつ、どこでだった?」


「海行きの列車内です。リリナ嬢と一緒に座っていたミカエル殿下が、コトコたちの席へ移動した際に、コトコがどこまでも邪魔をすると罵っていました」




 古都子はきょとんとしている。


 邪魔をしたつもりがないのだから、当然だろう。




「ふむ。この場合、悪いのは女心を理解していないミカエルだね。リリナはコトコを、恋のライバルと思ってしまったのだろう」


「えええ!? そんな馬鹿な……」




 ミカエルは、尊敬しているユリウスに手厳しく指摘され、オロオロしている。


 ソフィアが大袈裟に溜め息をついてミカエルを叱った。




「だから言ったでしょう、リリナさんとは関わり合うなと。もっと王族としての自覚を持ちなさい。甘い言葉に簡単に騙されて、いい様に利用されるばかりじゃ駄目よ」


「だって、海の話が聞きたかったんだよ……」


「その結果、どうなったの?」


「コトコに迷惑をかけた……」




 ミカエルはすっかりしょげてしまった。


 


「コトコ、ごめん。俺が至らないばっかりに」




 頭を下げるミカエルに、古都子は慌てる。


 


「いいえ、ミカエルさまが悪いとは思っていません。泉さんは、その……以前からそういう傾向があったというか」


「そうよ、一年生のときから、なぜかコトコを敵視していたわ」


「……実は、この世界に来る前からなんです」


「まあ! そうだったの」




 古都子とソフィアのやり取りを聞いていたユリウスが、書付けを見ながら零す。




「リリナの悪意はこれで確定だな。本人はだんまりを決め込んでいるから、いよいよハーカナ子爵を呼び出すしかない。海の魔物がどうしてあの場所に現れたのか、手がかりが見つかるといいのだが」

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