1.集められた5人のいじめられっ子たち① 目が覚めたら見知らぬ教室だった

 秋海あきうみ拳太けんたが目を覚ますと、そこは見知らぬ教室だった。

 拳太がいつも通っているサクラ第2小学校の5年3組の教室じゃない。

 教室には机と椅子が5組あった。拳太はそのうちの1台の机にふせって寝ていたようだ。


 教室の中には拳太以外に4人の人間がいた。

 そのうち3人は、それぞれの机にふせったまま起きる様子がない。

 残りの1人は、教室の扉の近くに立つ、見知らぬセーラー服姿の少女だ。


(セーラー服だし中学生? ここって小学校じゃなくて、中学校なのかな?)


 彼女は拳太を数秒観察してから言った。


「目が覚めた? キミ、名前は? 小学生かしら?」


 少女の鋭い口調に、拳太はちょっとだけ萎縮してしまった。

 拳太は無意識のうちにポケットの中のお守りをギュッと握りしめた。

 神社やお寺で作られたお守りじゃない。妹の優衣ゆいお手製のお守りだ。兄妹で交換した、2人だけのお守りである。

 優衣の笑顔を思い出すと、拳太の心も少しは落ち着いた。


「ぼくは秋海拳太。サクラ第2小学校の5年生……あなたの名前は? ここはどこ?」

「ああ、ごめんなさいね。年下相手とはいえ、自分が名乗りもせずに相手の名前を聞こうとしたのは失礼だったわ。私は玉村たまむら夏風なつかぜ。中学2年生よ。ここがどこかはこっちが聞きたいくらいね」


 夏風はやれやれと両手をふってみせてから、さらに拳太に聞いた。


「気絶する前のことを、拳太くんは覚えているかしら?」


 拳太はちょっと首をひねった。


「ぼく気絶していたのかな?」

「あら違うの?」

「眠っていただけかと思っていた」


 夏風は「なるほど」とうなずいた。


「たしかにどちらか微妙なところね。なんだか頭痛もするし、睡眠薬を使われた可能性もあるか」

「ぼくもちょっと頭が痛いかも」

「ちなみに私の最後の記憶は、下校するために校門を出たところよ。そこでいきなり記憶が途切れて、気がついたらそこの席で寝ていた」


 夏風は誰も座っていない机を指さした。

 拳太は痛む頭を押さえながら記憶を呼び起こそうとがんばった。


「ぼくは放課後、クラスメートに追いかけられていたんだけど」

「ふーん、友達と鬼ごっこでもしていたの?」

「そんなようなもんだよ」


 拳太は曖昧にうなずいておいた。

 見ず知らずの女子中学生に『クラスのみんなにいじめられている』なんて恥ずかしくて言いにくかったからだ。


「で、校門から歩道に飛び出したんだけど……その瞬間から記憶がないよ」

「つまり、私と同じく拳太くんも校門を出た瞬間に意識を失ったわけか」

「うん、そうだよ」

「気絶か寝たかはこのさいどっちでもいいわね。いずれにしても誰かに意識を失わされて、誘拐されたんだと思うから」


 殴られて気絶させられたとしても、睡眠薬で眠らされたとしても、誘拐されたのは変わらないと夏風は考えているようだ。


「ここってどこの学校なんだろう?」

「拳太くんの学校じゃないのよね?」

「違うよ。夏風さんの学校じゃないの?」

「私の中学校の窓に、あんな鉄格子ないわよ」

「鉄格子!?」


 言われて初めて、拳太は窓を見た。

 窓ガラスの外側には、夏風の言うとおりまるで牢屋のような鉄格子がはまっていた。


「ひょっとして、高校や大学の教室だと、窓に鉄格子があるのかな?」


 夏風は苦笑した。


「さすがにそれはないと思うわよ」

「だよね」

「ちなみに、教室入口の扉には鍵がかかっていたわ。窓も開かなかった。鉄格子があるんじゃどのみち窓からの脱出は難しいでしょうけど」

「ぼくが起きる前に確かめたんだ」

「当たり前でしょ。誘拐されて閉じ込められたんだから」


 夏風は当然のように答えて、さらに続けた。


「だから、誘拐犯が戻ってくる前に、扉をぶち壊して脱出すべきだと思うんだけど、拳太くんも手伝ってくれるかしら? 小学生とはいえ男の子だし多少の戦力にはなるでしょ」


 やはり、夏風は自分たちが誘拐されたと確信しているようだ。


「扉を壊すって、ちょっと乱暴じゃない?」

「誘拐の方が乱暴よ」


 それはそうだが、拳太にはどうにも違和感があった。


「でも、本当に誘拐なのかな?」

「この状況で、他の理由が考えられるとでも?」

「そう言われると困るけど……でも、ぼくなんかを誘拐してもしょうがないと思う。それに誘拐した相手をこんな風にどっかの学校の教室に放置するかな」

「たしかに疑問は多いけど、考えるよりも脱出する方が先決じゃないかしら?」

「だとしても、脱出の前に、他の3人も起こして意見を聞いてみない? 大人もいるみたいだし」


 未だ起きない3人のうち、1人は成人男性に見えた。背広を着ているし背丈も高い。

 もう1人は女の子だろう。髪は長くてハデハデなピンク色だ。

 最後の1人は小学生だろう。拳太よりも背が低そうだ。低学年かもしれない。スポーツ刈りだからたぶん男の子だ。


「3人のうちの誰かが誘拐犯の可能性も考えられるわ。だったら起こさない方がいい」

「誘拐犯が被害者と一緒にこんな風に寝ているのは不自然だと思うよ」

「たしかに一理あるわね」


 夏風がうなずいた時だった。背広姿の男性がうなり声と共に顔を上げた。


「うーん、あれ? 僕、会社の正門から出て……それから……ここ、どこだ?」


 どうやら彼も、拳太たちと同じく状況が分かっていないらしい。

 彼は周囲を見回した後、拳太と夏風にたずねた。


「キミたちは誰? ここって、小学校か中学校の教室かい?」


 拳太と夏風は、自分たちの氏名と学年を男に教えた。

 男はうなずくと、自分も名乗ってくれた。


「僕は笹倉ささくら昭博あきひろ。23歳の会社員だよ。それで、これってどういう状況なのかな?」


 夏風が昭博に状況を説明し、協力を依頼した。


「そういうわけだから、扉を壊すのを手伝ってくれないかしら?」


 だが、昭博は及び腰で答えた。


「うーん、僕あんまり力持ちじゃないし……そういうのは若い2人に任せたいかなぁ」


 この言葉には拳太もあきれてしまった。

 いくらなんでもこの場面で、小中学生に任せる大人というのはどうなのだろうか。

 夏風も拳太と同意見らしく、キレ気味で叫んだ。


「ちょっと! 大人なんだからしっかりしてよ!」


 すると、昭博はビクっと身をすくませた。


「そんなに怒鳴らないでよ。部長に怒られているみたいで恐いよ」


 夏風はあきれと怒りが入り交じった表情を浮かべて吐き捨てた。


「情けない大人ね」

「えへへ、ごめんねぇ」


 ペコリと頭を下げる昭博を見て、拳太もあきれかえってしまった。


(だ、ダメだこりゃ)


 拳太はこれまでの人生で、こんなに頼りにならない大人に出会ったことがない。

 拳太と夏風がヤレヤレとため息をついた時、ピンク髪の少女も目を覚ました。

 彼女もまた混乱している様子だ。


「ちょっとぉ、ここどこよぉ? なんなの、これぇ? 意味がわかんなーい」


 夏風が彼女にも自分たちの名前と状況を説明した。

 彼女は驚いた顔でパッと立ち上がった。


「えー、なにそれ? マジで意味不明じゃん」

「とりあえず、あなたの名前も教えてもらえるかしら?」

「あ、ゴメン、ゴメン。アタシの名前はいちごちゃんよ。よろしく」


 夏風は露骨にげんなりした顔になった。


「いちごちゃんって、あのねぇ……」

「しょーがないじゃん、そういう名前なんだからさ」


 露骨に嫌そうな顔をしている夏風に代わって、拳太が質問した。


「それって本名?」

「そーだよ。拳太くんと同じ小学5年生」


 夏風がさらにいちごにたずねた。


「いちごが名前だとして、名字は?」

明夜みようや。明るい夜って書いて『みょうや』よ」


 最後の幼い少年が目を覚ましたのは、その時だった。


「あれー、ここどこ? お姉ちゃんたち、だーれ?」


 夏風が答えた。


「私は玉村夏風、中学2年生よ。そっちのお兄ちゃんが秋海拳太くんで、ピンクのお姉さんが明夜いちごちゃん。2人とも小学5年生。最後にそこの情けないオジサンが笹倉昭博さんよ。キミの名前も教えてくれるかな?」


「ボクは足利川あしかがわヤマト。小学3年生だよ。なんでボクこんなところにいるのぉ?」


 拳太と夏風はヤマトにも状況を説明した。


「えー、じゃあボクたち誘拐されちゃったの?」


 拳太はうなずいた。


「たぶんそうだと思う」

「そんなぁ。やだよぉ。パパぁ、ママぁ」


 ヤマトは大声で泣き出してしまった。

 拳太はヤマトの肩にそっと手を乗せた。


「大丈夫だよ。ヤマトくんのことはぼくらが守るからさ」

「ほんとぉ?」

「ホントホント。だよね、夏風さん」


 だが、夏風は肩をすくめた。


「ここまでわけの分からない状況だと、私はそこまで安請け合いできないわね」


 小さい子にはもう少し優しくしてあげればいいのにと、拳太は思ってしまう。

 と、その時だった。


 ゴロゴロ、ドッカーン!


 カミナリのような轟音が響き、教室全体がまばゆい光に包まれた。

 拳太はまぶしさのあまり目をギュッとつぶった。

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