第21話

ほとんどの人ならば気づかなかったことにしてそのまま通り過ぎるだろうが、鍾太郎はそれができない。帰る足を止め、階段の方に近づく。


女の子がうずくまっていた。声を押し殺して泣いている。



「なぁ、」



鍾太郎が声をかけると、その肩がビクッと震えた。驚いたように女の子が顔を上げる。涙に濡れた深緑と視線がぶつかった。


凛珠の表情がハッとして、鍾太郎が何か言うより早く、逃げるように階段を駆け上がって行く。


ぽかんと見送る鍾太郎。一体今のはなんだったのか。


いつもなら、「アカネくんどこ?」と聞いてくるはずの少女が、鍾太郎を見るなり焦ったように去って行った。たんに泣いているところを見られたくなかったからなのかもしれないが。



「……」



複雑そうに表情を歪める鍾太郎。まさか、ここ数日流れている噂を耳にして泣いていたのだろうか。


とりあえず教室に戻る。遅くなれば、良あたりに文句を言われるだろうから。


帰る途中も、さっきのことが頭から離れなかった。凛珠とろくに会話をしたことはない。別に興味もないし、アカネのことが大好きな女の子、それ以外の事は大して知らない。まぁおそらく友達はいないんだろうな。それくらいだ。



「あ、しょたくん遅〜い。」


「お前らの代わりに行ってきてやったんだろうが。アカネ、サンキューな。」



退屈そうに窓の外を眺めるアカネに、ココアと財布を渡す。「ん」と適当な返事だけで、受け取ろうとはしない。仕方ないからアカネの近くに置いて、残りの飲み物を他のメンバーに渡した。



「しょーたろーさーんきゅ。」


「しょたくんありがと〜」


「今度から自分達で行けよな。」



鍾太郎も椅子に座り、買ってきた緑茶を喉に流す。



「はぁ……」



気がつけばため息をついていた。



「なんだよ鍾太郎、お前までため息ついて。アカネみたいに退屈ってか?」



 コーヒーを煽りながら、洋平が揶揄う。



「アカネと一緒にすんなよ。俺は喧嘩できなくても退屈とか思わねぇし。」


「てめェ俺を馬鹿にしてんのか」



アカネが窓の外を見たまま、不機嫌そうに唸った。



「馬鹿にしてないっての。」


「じゃあなんでぼんやりしてんのよ。何、まさか恋煩こいわずらい?」


「それはお前だろ」



洋平を睨みながら答える。アカネに無茶な要求をしておいてよく言う。



「……さっきさぁ、飲みもん買ってきた時な。柊木に会ってさ。」


「またアカネの事聞かれたってか?」


「いや……なんか、泣いてて」



言いにくそうに言った鍾太郎に、アカネを除くその場の全員がきょとんとする。泰河の持つボトルから、危うくコーラが零れるところだった。

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