第9話 再びの会合/怪物


 一昨日の訓練の疲労が尾を引いて体中が重い。何とか体を動かし、リビングに用意されていた朝食を済ませ、ベットで横なり体を休ませる。


 動きながらの能力の併合は、まだ、早かったか。先生からは休めと言われているけど、俺としては、早く次の訓練がしたい。でも、こればかりは、先生が休めと厳命している以上は従うしかないな。明日からは、想像力イマジナリーの実践技術の訓練だ。今は疲労を取ることだけに注力しよう。


 体中の疲労に導かれるように意識を手放す。


 それから数時間が経っただろうか。太陽が傾き、夕暮れと呼べるような時刻。破壊音と同時、全身への強烈な衝撃で意識が覚醒した。浮遊感の中、混乱した脳を冷静に戻し、現状を確認する。


「は?」


 何が?!そんなことはどうでもいい!現状確認だ!額から出血。他には全身のいくつかに打撲あり。骨、筋肉に異常なし。現状、空中。横方向に吹っ飛びながら落下中。受け身を取らないと!


 能力を発動し、家から10m吹っ飛んだあたりで受け身を取り、体へ被害を最小限にするように着地する。すぐに体勢を整え家の方を向くとそこには、頭がなく、頭が本来あるはずの部分は、首のあたりからか触手のような物が10本生えた化け物がそこにいた。

 血によって赤く染まった視界の中で、何となく感じ取る。嗅覚が、殺気を感じる触覚が、本能が叫ぶ。コイツだと。血肉が燃えた悪臭をただよらせ、馬の脚と胴体にケンタウロスのようにクマのような胴体がつながり。今こそ頭はないが鹿の頭が縦に割れて牙を生やしていた化け物の姿が重なる。爪にこびりついた血と肉が腐った匂いが理性を、正気を削る。


 オマエハ……そうか。俺を追ってきたのか。熱心なこった。


 能力が、全身の感覚があいつと俺の力の差を伝える。絶望的な差。人間の赤子と巨大な像と同等の力の差。生物としての本能が逃げろと体中を伝達する。それらを憎悪が押しつぶす。そして、一歩前へ背中を押す。衝動に飲まれながら思考は不思議とクリアだった。









 2体の間に挟まる僅かな空白。













 


「殺す!」

「#&%#$){}+L(!!!」


 俺と奴の咆哮が重なる。かつてないほどクリアな思考は、強固な想像をもって全身の力を足へ伝達する。もはや人間なのか疑しいほどの加速と速度を伴って、その一歩を生み出した。

 全快速の中で、一緒に飛ばされていた斧を拾い上げる。残り2m。右へ進むようにフェイントを入れ、左へ進む。さっきまで体があった場所を触手が通り過ぎる。化け物の左脇を通り過ぎながら熊の胴体に斧を振るうが、金属同士が衝突したような音と共に斧が弾かれる。斧が弾かれた崩れた体勢をすぐに戻し、林の藪の中に逃げ込む。


 皮が硬すぎる。今の俺じゃ、胴体にいくら攻撃しても傷を与える事も出来ないな。なら、先生に切断されてそのままになっている首があった場所ならいけるか?どっちにしても他に攻撃が通りそうな箇所はなさそうだ。それに能力の併用は、今の俺の頭が長くはもたない。短期決戦で決着をつけないと負ける。かといって、能力なしは、触手の動きやらを見切れなくなって死ぬ。つまり、短期決戦を賭けた奇襲以外に方法はない。


 木々の間を縫うように駆け抜けながら狩るために頭を回す。

 

 そのためには、野原じゃ駄目だ。馬の脚がある以上、障害物が多い場所じゃなきゃまず速力で負ける。戦うならここみたいな障害物が多いところに誘い込む。触手の射程は、さっきの攻撃からして距離的に10mない程度。いや、油断はしない。15mぐらいと考えとくべきだな。腕力は家を一撃で半壊させたあたり食らえば即死。現状威力がわかってないのは、触手の刺突ぐらいか。といっても食らえば致命傷は変わらなそうだ。


 地面を蹴る蹄の音が耳に入ってくる。


 来た。まっすぐ俺を追ってきてる。一発勝負。失敗したら次はない。


 木の陰に姿を隠し、奴が来るのを待つ。蹄の音が少しづつ迫る。化け物が隠れている木の手前で隠れた木から飛び出す。飛び出してきた俺へ反射的に触手で俺を貫こうとするのを一歩前踏み込み回避し、腕の間合いに踏み入る。

 間合いに踏み込んだ俺を引き裂こうと腕を振り上げるが、振り下ろす事が出来ない。頑強な縄に腕を絡み取られ空中に固定される。


 残念!ここは一昨日までレベル4の訓練に使われてたトラップ地帯だ!これで腕は封じた!


 2本の触手が貫かんと俺の体へ迫る。まっすぐ迫る触手の片方を右足をわずかに右へ置き、軸足として回転しながら避け、もう片方の触手へ斧を振るい、触手を切断する。

 切断された痛みによる一瞬の硬直と反射的に戻そうとする動作を見落とさない。切断した触手を掴み、戻そうとする力を利用し、一気に間合いを詰める。

 間合いが無くなり、奴の頭上。9本の触手が突き出される。まず、空中で体勢を変え回避可能なもの以外で即死する触手を斧で弾く。残り7本、体を僅かに捻り足を下へ向け回避する。残り3本が左上腕、右ふくらはぎ、左太ももを抉る。激痛で体の動きが鈍くなるのを思考で黙らせ、頭につながっていた断面に向けて斧を刺す。肉へ食い込む音と一瞬の痙攣のすぐ後に触手が垂れる。

 俺は地面へ落下し、打ち付けられる。抉られた箇所から血が大量に零れる。意識が遠くなるように感じる。


 まだ、終わってない!これで死ぬなら先生の一撃で死んでる。まだだ!こいつは生きている!殺すんだ!ここで!


 垂れた触手が再起動するかのように動き出し、斬った触手も切断面から再生を始めた。対して俺の体は満身創痍。体の三か所を抉られ、即死を避けたにせよ致命傷に変わりなく。失血の影響で意識は朧気、脳の機能も落ち始めていた。


「ハァッ、ハァッ」


 息が上がる。酸素を脳へ回そうと肺が必死に空気を取り込もうとするが、血が足りずそれもまともに脳へと行かない。思考がまともにできない。指先から徐々に感覚が抜け落ちていく。


 ここで終わりなのか?こんなところで?かた、きすら……こ、ろせず?い、やだ。おわ、わるのは、いや……だ!


 意思とは無関係に意識は、微睡みへと引きずり込まれていった。




――――


「……コロス……コロス」


 意識はない。ただうわ言のように同じ言葉を繰り返しているだけに見えるにくかいは、動かないはずの四肢を動かし、体液を流しながら化け物と対峙する。

 ただ、奴からしたら変わらないただの死にかけの肉塊それ以上も、それ以下もないはずなのに全身を包む死の予感。それが一歩踏み込んではいけない怪物の巣に踏み入ってしまう呼び水となった。

 再生を終えた触手で死に体を穿たんと迫る。ピクリとも動かない四肢を見て安堵するはずだった。死に体を貫くはずだった触手は、左肩口から生えた5本目の四肢によって握り潰されていた。


「##**}「;?;・@!”!!!!」


 握り潰されたことを認識し、遅れてやってきた痛みに叫び声を上げる。痛みの報復か、脅威としたのかは、わからないが、残りの触手で殺そうと再び死に体だったはずの奴がいる所へ意識を戻すと血だまり以外何もない。

 突然、支えを失ったように右へ倒れる。自身の右側2本の脚と腕の違和感に気づき、見るとあらぬ方向にひしゃげ、折れた骨が肉を突き破っていた。認識を終えぬまま左足も同様にひしゃげる。

 背後からそれをやったであろう怪物が水らしき音を滴らせながら目の前へと現れる。使えなくなった両足の代わりに別の新たな足で地に立ち全身を自身の血と返り血で濡らした怪物が見下ろす。目の前の自身を超える化け物に全身が、強張り動く自由を奪われたかのように動かない。その瞳が映す衝動狂気は、真にどちらが狩る側か決定付け、怪物として格を見せつける。

 怪物は手に持った釘を胸に打ち込み、釘の頭に触れる。そして霞むような小さな声が発せられた。


「パイル……バンカー」


 小さな釘は、その声をトリガーにしたかのように肥大化し、熊のような胴体と馬のような胴体を一本の巨大な釘が貫き、串刺しにした。何かが砕けるような音と共に1匹の化け物の火は潰えた。

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